恩返しは夢の中で
足りない部分も多いですが、初めて書いてみた短編小説です。
リン……リリン……。
「待って! 」
音のなる方へ今日も走って向かう。
風鈴のように綺麗な鈴の音。
綺麗な毛並みをした黒猫の首元に輝く、金色の鈴の音。
この妙に洗練された美しさを持つ黒猫は、いつも私をあの人の元へ導く案内役だ。
「一華」
黒猫を抱き抱えながら私の名前を呼ぶのは、背が高く、色白な肌に、黒猫と同じ真っ黒な髪色が良く似合う男性。
(やっぱり今日もいた!)
嬉しさが胸を苦しくさせる。
あぁ、やっぱり私、柊一華は彼が好きなんだと。
「一華の顔がまた見れるかなと思って今日もここに来ちゃった」
黒猫の頭を撫でながら私に微笑む。
「私も、また会えるかなって…」
こうして会うのは今日が3回目。
未だに目を合わせると、自分の顔が熱くなっているのが分かる。
たわいも無い話しをするだけで私の気持ちは幸せに満たされる。
これは私の夢。
そう……現実では無い夢の世界。
彼が夢に出てくるのは、私の頭が彼を忘れたく無いからなんだろう。
それでもこの夢が見れる間は、この夢の時間だけはしがみついていたい。
この胸の高鳴りも今だけは現実と思っていたい。
一一初めて彼が出てくる夢を見たのは1ヶ月前だった。
綺麗な黒猫を見かけて、ふと私は追いかけていた。
坂を登り、辿り着いた先は懐かしい公園だった。
(あれ、ここ)
懐かしい光景に色々な感情が蘇る。
思い出に浸っていると、遠くから誰かがこちらに近づいてくる。
見覚えのある姿。
誰かに似てる……けど……
(まさかそんな……!!)
私は突然のことで言葉が出てこない。
相手もこちらに気づいたのか、驚いているようだった。
2人の時間が止まり、お互いの思考も停止したのだろう、目を合わせたまま沈黙の時間が流れる。
しばらくお互いを見つめ、沈黙を破ったのは相手だった。
「一……華……」
信じられないというようにこちらに1歩ずつ近づき、私をギュッと抱きしめた。
抱きしめたその腕は震えていた。
「あ……あの……黒崎先輩……」
そこには7年前に消えた黒崎愁の姿があった。
7年振りの黒崎先輩に、私は思考回路が追いつかずただ涙が頬をつたう。
突然のことに戸惑い、私は体が動かない。
黒崎先輩も我に返ったように
「あっ……ごめん……! つい……その……」
そう言いながらゆっくり抱きしめていた腕をほどいた。
しばらく見つめ合い沈黙の時間が流れる。
私はそんな彼を見ながら微笑んだ。
やっとのことで声を振り絞り
「……もう会えないと思ってました」
そう呟いた。
私は会ったら言いたいこと、聞きたいことがたくさんあったはずなのに、そんなこと頭から全て飛んでしまったようだ。
本当はただこの人に会いたかったのだ。
2人は気づけばあの公園のベンチで昔のように話していた。
何時間話しただろう、私は時間なんて忘れ、彼との時間が永遠に続けと願った。
しかし、ふと黒崎先輩の顔が寂しそうな顔に変わり
「……また……来ていいかな……?」
少し寂しそうな笑顔で私に問いかけた。
私は一瞬考え、答えようと顔をあげたその時、目が覚めてしまった。
"パッ"
目が覚めた時、現実と夢の狭間が分からず混乱したが、いつもの見慣れた部屋に現実を突きつけられた。
「……え……夢……? 夢……か……そうだよね……」
胸の鼓動は収まっていないのに、抱きしめられた感覚も残っているのに、、
私は目が覚めるまで夢だと気づかなかった。
そして夢だと気づいた途端幸せだった気持ちは虚無感に変わったのだった。
もう一度彼に会える夢を見たいと願っても、やはり夢は夢に過ぎないと諦めていた矢先。
再び会えたのはちょうど1週間が過ぎた時だった。
リン……
(この音、もしかして……)
振り向くとあの時の黒猫がこちらを振り返り、まるで着いてきなさいと言っているようだった。
私は迷いもなく走り出した。
夢でも構わない。彼に会えるのなら。
こうして私は、彼に会えるのはあの黒猫が現れる時だとなんとなく感じとり、その時だけは夢だと気づかないフリをして現実から目を背け彼に会いに行った。
2度目に会った時、黒崎先輩からの言葉に違和感を感じた。
(夢なのに、どうして私が知らない黒崎先輩のことも知ってるんだろう)
黒崎先輩にしか分からない黒崎先輩の気持ちや、過去のことを会話の中で話している違和感。
(夢だから、私が勝手に思い込んでることを話させているのかな……)
しばらく話したあと、黒崎先輩が真面目な顔をして私の方を見つめた。
「これが夢じゃなかったらな……。なんて……俺、夢の中で何言ってるのかな……」
私は黒崎先輩の言ってる意味が分からなくて俯いた時、また目が覚めてしまった。
"パッ"
「……どういう意味……ですか……?」
また目が覚めてしまった。
先輩も夢の中のような言い方。
夢で無くなって欲しいと思う私の願望かもしれない。
私には先輩に聞かなくてはいけないことがある。
今度こそ聞かなければ、現実は違っても夢の戯言でも、彼の口から聞ければもしかしたら私の気持ちは晴れるかもしれない。
7年前どうして何も言わずいなくなったのか。
【7年前】
私達は中学校は別の学校だった。
ただ、たまたま通っていた塾が同じだったのだ。
塾の時間が一緒で、部屋が隣だったのでよく見かけていた。
最初の印象は背の高い無愛想な男の人がいるというただそれだけ。
初めて意識したのは、帰り道に野良猫に餌をあげている所を見かけた時だと思う。
いつもは笑わない人が猫に笑いかけている姿がとてもキラキラして見えたのだった。
ーー3度目の夢
「…………華?……一華」
「……え、あ、ちょっと考え事してました」
(私の淡い期待が見せた妄想だと思われても、夢を見てるのは私なんだから、例え自己満足でもいい)
そう言い聞かせた。
「黒崎先輩にどうしても聞きたいことがあって……」
「……?」
「7年前のあの日、どうして私に何も言わずイギリスに行ったんですか……」
「……から」
「え?」
「終わらせたくなかったから……。あの公園で12月25日会って欲しい。18時待ってるから」
"パッ"
どういう意味か聞きたかったが、また私は夢から覚めてしまったらしい。
彼を忘れることが出来ないのは、しっかりと終わってないからなんじゃないかと、そう思ってた。
彼の口から終わりを告げてくれたら前に進めると。
3回目の夢から覚めた後、私は昔の事を思い出していた。
黒崎先輩とは、お互い学生だったことや田舎だったこともあり、そんなに出かけた記憶も無い。
塾の帰りに公園で何時間も話していたのが1番の思い出だ。
「オレと付き合って欲しいです」
塾の帰り道、あの公園で、黒崎先輩に告白をされた。
私にとってあれが1番の幸せだったのかもしれない。
中学1年生の私には、付き合うなんてよく分からなかったが、この人と一緒にいたいと思った。
塾は週に2回、部屋は別だが終わる時間がほとんど同じだったのでいつも一緒に帰った。
何も無い帰り道、1人で歩けば20分程度の距離は2人には短かった。
公園に寄って何時間も話すのが日課になり、学校のことや勉強のことをたくさん話した。
お互い部活に入っていいないことが良かったのかもしれない。
唯一出かけたのは2年目の記念日に行った、ショッピングセンターとイタリアン料理のお店だけ。
(あれはクリスマスだったなぁ……)
もうすぐ迫り来る12月25日をカレンダーで確認しながら思い出す。
いつも塾の帰りに話すか、お互いの家にたまに遊びにいくくらいだったのに、初めて2人で出かけることに自分でも驚くくらいに心が弾んでいたのを覚えている。
でも先輩は受験生だったこともありあまり遅くまでは居られなかった。
私の好きなピザが美味しいお店を見つけてくれて2人で食べに行って、その後軽くショッピングをした。
帰り道先輩は何か言いたそうな顔をしていた。
「……一華……」
「……?」
"プルルルルル…プルルルルル"
携帯が鳴り先輩は「電話出ていいよ」と言って少しホッとしたような顔をした。
親から迎えに行こうか、という電話に大丈夫と言い電話を切って「先輩何か言いかけましたか?」と聞いては見たが、なんでもないとそのまま話しは流れてしまった。
「今日は本当に楽しかったです」
公園のベンチで座りながら、今日の思い出を振り返り2人は見つめ合ってキスをした。
「一華、大好きだよ」
今思えばあの時大好きと言った先輩は、悲しそうな目をしていたのかもしれない。
その後先輩が高校にあがると同時に連絡が着かなくなり、先輩の友人から3年間イギリスに留学に行ったと聞かされた。
私は真っ先に先輩の友達である、橘陽人先輩に聞きに行った。黒崎先輩と遊んでいて私もよく会ったことがあった。しかし橘先輩も連絡先は知らなかった。
「一華ちゃん、ごめんな」
家族も引っ越したと聞いて、私は絶望に陥った。
私は中学3年生で受験にも身が入らず先輩のことだけを考える日々を送った。
元々学力が低いわけでは無かったので、目指してる大学に入り今年は卒業の年。
丁度来年からの就職が決まった所だった。
(12月25日か……予定も無いし……)
カレンダーを見て来週の予定表にそっと丸をした。
(夢の中で言われたことを本気にするなんて馬鹿だなぁ)
先輩が夢で言った12月25日当日、私は久しぶりに公園に寄ることにした。
(あの日依頼この道は通らないようにしてたから久しぶりに来たな……)
私は早めに着いたので未だに鮮明に思い出せる7年前のことを振り返っていた。
(夢の中で言われたことを真に受けて来ちゃうんなんて、ホント自分も馬鹿だなぁ。来るわけないのに)
(未だに先輩が好きだなんて聞いたら、先輩はどう思うかな……何も言わずに居なくなって私のことはもう忘れているのかな……)
「一華」
(あぁ、幻聴まで聞こえる……私最近おかしいや……)
「一華」
(……幻聴じゃ……無い?)
声の方を振り返るとそこには黒崎先輩がいた。
(また、夢?)
「これはまた夢の中かな?」
私と同じことを先輩も口にした。
先輩は頬をつねって「夢じゃない?」そう言いながら私を見つめた。
「本当に本当に、一華だよね、夢じゃないよね」
先輩は何度も何度も確認した。
私も夢じゃないのか、分からなくなって自分の頬をつねってみた。
「痛い……」
(夢、じゃない……?夢じゃ……ない)
気づけば先輩の顔を見て私はただただ泣いていた。
「ごめんね」
私の頭を撫でて、2人はしばらくそのままお互いを強く抱きしめた。
しばらくして、ベンチに座りながら夢のことを話した。
「私先輩の夢を見たんです。今日のこと、夢で言われて。会えるわけないって思ってたけど、実際会えてなんか不思議な体験しちゃいました」
先輩は驚いたようだった。
「僕もだよ、夢で一華に会って今日のことを伝えた。でもたかが夢の中だからって僕も自分に言い聞かせてたんだよ」
そして先輩はゆっくり私の目を見て話してくれた。
「実は不思議なことがあって、信じて貰えるか分からないんだけど、1ヶ月前に日本に帰ってきて、久しぶりにこの公園に寄ったんだよ。その時に、僕が可愛がってたあの猫を覚えてるかな?塾の帰り道にいた。僕の家では飼えなくて、自己満だって分かってたけど名前をつけて毎日餌をあげてたんだ。そのそっくりな猫が公園に寄った時僕の前を通り過ぎたんだ。すぐ居なくなっちゃったんだけど、その日の夜だった」
その日の夜に先輩の夢の中に猫が出てきて、話しかけてきたと言う事だった。
((僕は捨て猫だった。ずっと暗くて苦しくて。この世界を憎んでいたよ。僕はこの世にはもう居ないけど、でも愛情を君から教わった。愛情をくれたおかげで辛いだけだった人生で君が光をくれたんだ。ずっと恩返しがしたかった。だから君が望むことを叶えてあげる))
そう言ってきたと。
「僕は迷わず一華に会いたいと伝えた。その猫は3回だけ、夢で会わせてあげると、そう言ってくれたんだ。だから僕は夢の中で一華に会えて嬉しかった。3回だけ夢で見れただけで満足しなきゃいけなかったけど、欲が出て、この思いが届けばと思って会う約束をしてみたんだ。会えると思ってなくて……僕は何もしてないのに、あの猫は本当に僕の願いを叶えてくれたんだね」
そう言いながら私を見つめた。
「私、先輩のことずっと待ってました。7年間ずっと。どうして私に別れを告げなかったのか考えて考えて、でも会えたらそんなことどうでもよくなるくらい嬉しくて……」
「僕ね、7年前母さんが病気になっただんだ。家の父親は医者だったから、治療して貰える優秀な知り合いの先生がイギリスにいたんだよ。それで僕もついて行くことにしたんだ。本当は一華に言うべきだったし、待たせてしまうから別れを告げるべきだったと思う。でもあの時の僕はまだ未熟で一華を手放せなかった。別れを告げなければまた会える、そう思ったんだ…。自分勝手で本当にごめんね」
私は嫌われたんじゃないか、そう思って絶望したあの日から7年間ずっと考えていた事が一瞬で解決するくらい心が晴れていくのが分かった。
「僕はこれからずっと一華の傍にいたい。もう絶対離れたりしない。僕ともう一度付き合ってくれませんか?」
先輩の言葉が嬉しくて涙を堪えながら先輩の顔を見た。
「…はい」
2人はそっと唇を重ね、もう1度抱きしめ合った。
「あの猫ちゃん、もう会えないんですかね…私もお礼をしたいのに…名前、なんて付けたんですか?」
「真珠、黒真珠のように綺麗だったからね」
「それじゃ、2人で祈りませんか?真珠に。夢で会えたのも不思議な事だと思うから、きっと、この祈りも届くかもしれませんし」
先輩は「そうしようか」と柔らかい笑顔で微笑んでくれた。
「「ありがとう、真珠、来世では永遠に光に包まれた人生でありますように」」
リン…リリン…
遠くで鈴の音が聞こえた気がした。
読んでいただきありがとうございました