ボトルワールド
いつか、どこかで紡いだ物語。
そのはち。
その人から電話がかかってきたのは、ある風景画の仕上げを行っている最中のことで、時計を見るとすっかり夜が更けていた。
「これから、会えないかな。もうしばらく会ってないし、久々に顔が見たいなって思って……それに、その、話したいこともあって……どうかな」
正直、最初は断るつもりだった。
もう夜も遅いし、第一、その人はお尋ね者だったから。
関わるとろくなことにならないだろうことは、明白だったから。
でもそれは建前。本当は、もっと感情的なところがあって、その人とは距離を置いておきたかったのだ。けれど――電話口に聞くその人の声は、どこか甘く切なくて、胸を焦がされるような熱い感じがして――結局、私は二つ返事で了解した。
その人は、今から私の家まで車で迎えにくると言った。電話の後、私は急いで支度をしながら、その人のことを思い出していた。
まもなく、その人から再び電話がかかってきた。今、私の家の前に着いたという。私はそれを聞いて電話を切り、コートを羽織って、すぐに家を出た。
「やあ」
門の前に立つその人を見ると、私の胸の奥から、何か熱いものが込み上げてくるような、とぐろを巻いていくような、そんな奇妙な感覚が生じた。懐かしい――けれど、それだけでないものが、ある。
私はその人に促されるまま、車の助手席に乗り込む。
その人は運転席に座り、ドアを閉じる。
それから、しばらくお互い沈黙していた。きっと、お互い気恥ずかしさを感じていたのだ。
かつて私たちはとても親密な関係にあった。でも、とある事情があって別れて以来、何年も会っていないし、連絡すら取り合っていなかった。
それでいきなりこの時間に会うことになったのだ。しかもその人はどういうわけかお尋ね者にもなっている。そういう状況であることをお互いわかっているからこそ、全く何を言えばいいのか、わからないのだ。
「懐かしいね。またこうやって二人でどこか行くの」
まずは無難に切り出したその人に密かに感謝の念を抱きつつ、そうだね、と私は素っ気なく返した。
「それで、どこに行こっか。実はこれからどこ行くか、決めてないんだ」
その人は私に顔を向け、意味ありげに訊いた。
「どっか行きたい場所、あるかな」
行きたい場所――その言葉に反応して、私の脳裏をある風景がよぎった。しかし私はそれを頭の中で振り払い、どこでもいい、と答えた。
「じゃ、あそこ行くか」
その人はどこか残念そうな口調で呟き、車を動かした。
そして私たちは、そのまま隣町にある二四時間営業のファミリーレストランへと向かった。
昔、私たち二人は学校の帰りなどによくこの店で道草を食った。その人がその場所を選んだことに、その気遣いに、私はどこか、申し訳なさのようなものを感じていた。
ファミリーレストランに着くと、まずは手頃なテーブルに座った。
その人はさっそくメニューを開いて、何を注文するか考え始めた。
「変わってない、な……いや、変わってるのか……微妙に変わってるね。値上がりしてるし、オニオンリングがなくなってる。ピザとかは新しいのがなんか増えてんのか……」
あれから何年も経ったのだ。メニューも多少変わるだろう。
私たちはとりあえず新メニューのピッツァ一枚と、二人分のドリンクバーを注文した。
まずはそれぞれ好みのドリンクを汲み、一飲みしてほうと息を吐く。
それからピッツァが届くまでの間、私たちはぽつりぽつりと、ここ数年のそれぞれの状況について語り合っていた。
あの別れから私は画家になり、その人はやはり写真家になっていた。けれどその人は今、お尋ね者にもなっている。
ウィトレスがピッツァを運んできて、テーブルの真ん中に置き、去って行く。ピッツァには硬い部分があって、口に入れた時に、ついうっかりして口の中を切ってしまった。
「ピザ、下手になってるね。周りは硬過ぎるし、中は柔過ぎる。トロトロだ。おまけに、油がべっとり。クリームとチーズ、あとサラミが入ってるからかな……しかもこれ、なんか冷めてる」
ピッツァを一切れ食べた後、その人はそっと手を伸ばして、私の手を取った。
「あなたの手……いつも絵の具が付いてるね。まだ続けてるんだ、お絵描き……そっか、本当に画家になったんだなあ」
その人はしばらくの間、懐かしむように、水彩色鉛筆で汚れた私の手を見つめていた。
まるで、それが私たちの長い空白を埋める作業であるかのようだった。
「昔あなたは、鉛筆一本さえあればどんなものでも描けるって言って、この手でいろんな絵を描いてた。あなたのこのカラフルな手は――きっと世界だって描けるんだろうね」
その人はしみじみとそう言いながら、硬く緊張した私の手を、両手で柔らかく解き解すかのように包み込んだ後、優しく私の手の甲を撫ぜる。
その人の手はとても暖かかった。けれどその暖かさは、私の胸に何か痛いものを流し込んできた。その痛みに私は、その人に心を委ねつつあることをはっと意識させられ、半ば強引にその人の手を振り払った。そして、それが「話したいこと」なのか、と警戒心を露わにして訊いた。
訊きたいことはたくさんあった。
言いたいことも、きっとたくさんあった。
でも今は、目の前にいるその人が、何のために私ともう一度会ったのか――それを一番、確かめたかった。
その人は表情を重くして、言った。
「そうだね、話したいことが、あるんだ……すぐには、話しづらいことなんだけど……」
別に急がない。あなたのタイミングでいい、と私は昔のように促した。
「その、実はね……話っていうか、お誘いなんだけれど……一緒に、この世界を出て行かない?」
その人の言葉に、私は唖然とした。
私が、お尋ね者であるその人と、この世界を出ていく――それは、いったいどういうことなのだろう。
「うん。実を言うと……辿り着きそうなんだ。この世界の真実に」
この世界の真実――懐かしい響きの言葉だ。
かつて私たちは、いつものようにそれを探し求めていた。
「ある夢を見たんだ」
その人は、少し前に見たというある夢について語り始めた。
そして私は、昔のように――いや、心を許さぬようにと気を張りながら、その語られる夢に、耳を傾けた。
その人は昔から、時折不思議な夢を見ることがあった。
不思議というのは、その夢は他の夢とは明らかに違った感じを伴っていて、しかもその夢はよく現実になるのだ。それにその夢の内容は、様々な真実や未来を何らかの形で仄めかしてすらいた。だから私たちは昔、その人の見た不思議な夢をあれこれ謎解きをするように分析しては、日々の生活に活かそうとしていた。それはとても便利だったし、このつまらない世界に彩りを加えてくれる、楽しくて充実した作業だった。
でも、いいことばかりではなかった。
やがてそれが、私たちの間に決定的な亀裂をもたらす要因にもなったのだ。
もっとも、今更それを蒸し返すつもりもないけれど。
「……でね、あー、こりゃだめだ、死ぬ、宇宙に行っちゃう――そう思った時に、不思議な声が聞こえきてさ。『あなたに真実を見せてあげよう。もしそれを見たいと思うのなら、加速しなさい』って……あれはきっと、神様の声だったんだと思う」
その人はそこで大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
空になったコップを持って「休憩。新しいの汲んでくる」とドリンクを汲みに行った。
私も、新しいドリンクを汲みにその人について行った。
そしてその人はその間も、ぽつりぽつりと夢の続きを語っていた。
「……それで、まあ、そんな感じで結局、その夢の最後に神様に会ったわけで、そこで夢は終わってね。夢から覚めて、その神様に言われた通りにしたら、ある真実に辿り着いた。で、その真実っていうのが……この世界の上のほうにいる人たちにとって、絶対に私たちのような下々の人間に知られてはいけないものだったらしくて。それで私、帰ってきたらお尋ね者になっちゃってた、ってわけ」
ドリンクを汲んで、再びテーブルに座る。
少し啜って味の感想を述べてから、その人は夢から覚めた後のことを、詳しく語り始めた。
「この間、取材でとある町の上空を写真に撮ることになってね、飛行機に乗ったんだ。そしたら、夢と同じようにエンジンが暴走して、飛ぶ角度も変わって、ずうっと上に飛んでった。あー、これは本当にまずいな、死ぬなあ、ってなって。だって本当に、このまま宇宙に行っちゃうって思ってたからさ。でもその時、夢で聞いたあの声を思い出して。『加速』だ、って。もうわけわかんなくなっててさ、真実がどうこうどころじゃなかったんだよね。『神様助けて!』とか叫んで、どこかのレバーを引いたんだ」
その人は身振り手振りを交えながら説明した後、ずずっとドリンクを飲み、喉を鳴らした。
そして背もたれに身体を預け、虚空を見つめる。
いや、虚空ではない。その人の目は確かに何かを見つめているようだった。
でも、私にそれは見えない。変わり果てたようで変わっていない、変わっていないようで変わり果てた、愛おしい人の姿しか、私には見えない。
「で……そしたら、ぐおーって加速して。それで、何て言ったらいいのか……すっー……って、透明なトンネルを抜けたの。空気でできたトンネルみたいな……」
その人の声はだんだんと熱を帯び、その人の目は潤いと赤みを増していった。
「……そこで飛行機の暴走が止まってね、普通に飛ぶようになった。いったいどこまで上に行ったんだろう、って思って、飛行機の窓に寄ったら、そしたら――私たちの住んでるこの世界が、大きな瓶の中にすっぽり収まってる光景が見えたの。ほら、瓶の中に船の模型が入ってる工芸品あるじゃない。あんな感じに――」
その人はそれから、一枚の写真を私に差し出した。
私は戸惑いながら、その写真に目をやった。
そして、息を呑んだ。
「この世界はね、瓶の中にあるんだよ」
その人は、隠しておいた宝物を披露するかのように、囁いた。
「そしてそこに生きる私たちは――本当の人間じゃないの」
傍を通りかかったウェイトレスが私たちのテーブルの前で立ち止まり、ピッツァが乗っていた皿を回収して去って行った。
「ねえ、もし間違ってたら――ただ単に、私の頭が狂っただけだっていうのなら、はっきり教えてほしいんだけど……人間って、工場で作られて、出荷されて、学校とか訓練所で世の中について学んで、それからそれぞれに適した場所に送られて、仕事なり何なりする……そう、だよね」
私は黙っていた。
構わず、その人は続けた。
「私たち人間は、生まれた時の姿そのままで、寿命が来るまで生き続ける――それが私たち、この世界の人間の常識……だった」
その人は両手で顔を覆い、胎児のように背中を丸め、涙声になりながら、それでも続けた。
「でもね、違ったんだ。本当は――本当の人間は、時間とともに変わっていく存在らしいんだ。その姿も、中身も……それもね、ただ髪形が変わるとか、整形するとか、タトゥーを入れるとかの話じゃない。根本的に身体やその内容物の形が変わるんだって。記憶だって変わるって言うよ。それだけじゃない。本当の人間は、だいたい二種類に分かれてて、その一方を男、もう一方を女って呼ぶんだって。でね、本当の人間は、私たちよりもずっとずっと小っちゃい姿で作られて、それも、女のほうのお腹から出荷されるらしくて、それで、年月とともにだんだん大きくなっていって……だんだん劣化していって……最後には、皺だらけの骨ばった姿になって、死ぬんだって」
もはや、聞くに堪えなかった。
どうしてそんな話を、と私はその人の言葉を遮るように訊いた。
「神様が、教えてくれたんだ。瓶の世界を抜けた先に、神様がいたの」
その人がこの世界に戻ってこられたのも、その神様のおかげなのだという。おかげ――しかしその人は、戻ってきたためにお尋ね者として追われることになってしまった。そして、再び私の前に現れた。
その人は少しずつ、顔を上げる。
涙に濡れたのであろう頬が、ぬらりと光る。
「私、ずっと昔から、きっとこの世界そのものが造りものなんじゃないかって、思ってたの」
夢なんか、見なきゃよかったのにね。真実なんて追い求めなければよかったのに――私は、かつて目の前のその人に言い放ち、深く傷つけたのと同じ言葉を、もう一度その人に呟いた。
私の脳裏には、その人との昔の思い出が、めまぐるしく駆け巡っていた。
「真実を知ることができて、私は嬉しかったよ。どんどん真実に迫っていくのは、やっぱり何ものにも代えがたい快感があるんだ。でも、そうだね……見なきゃよかったかもしれない」
それからその人は、私の知らない顔になって、続けた。
「抗えなかった。私の奥深くから来る衝動が、私に真実を知らしめようとするんだ。きっとこれが、私の――」
その人はきっと顔を上げ、私を見つめる。
その人の潤った瞳に、私の姿が映る。
「ねえ、もし……時間とともにその人の姿が変わっていって、その記憶さえもおぼろげになったり、偽物になったりするのなら……それが本当だとしたら、それは本当に人間といえるのかな……」
さあ、とだけ答え、私は自分の手を見る。
水彩色鉛筆で汚れた手。
汚れ続ける手。
汚し続けた手――私の、手。
「私は、あなたとの記憶は絶対に忘れない。臭いことを言うけれど、それは私が私であるために――人間であるために、何より大切なものだと思うから」
それは私にとってもそうだよ、と私は返した。
しばらくして、私たちはファミリーレストランを出た。
外はいつからか雪が降っていて、電灯に照らされささやかなきらめきを発し、たゆたいながら、少しずつ、積もりつつあった。
その人は、水彩色鉛筆で汚れた私の手を取り、きゅっと握った。
その人の手は、雪のように凍えていた。その冷たさに、私の胸は締め付けられるような鋭い痛みを感じる。
「知られてはいけない真実を、あなたも知ってしまった。あなたも、もう……きっともう、ただじゃすまないよ」
私を共犯者にするつもりなんだね、と私は返した。
「そうだよ……だから、一緒に行こう。この世界から、出て行こう」
一緒に行って、それからどうするの――私にはその先が、考えられない。
「昔みたいに、真実を探しに行こうよ。今日あなたに話しただけじゃない、世界の真実っていうのはもっとたくさんあって、私もまだ知らないことが、まだまだ、たくさん、あるんだ。だから……」
世界の真実を知っていったとして、その先はどうするの。全てを知り尽くした、その先は――。
「わからない……でも、きっとこのままじゃいけない。神様のところに行こう。そしたら、何とかなるかもしれない」
――神様。神様なんて。
結局、その神様は、何のためにあなたに真実を伝えようとしたんだろう。あなたと私をこんな目に遭わせて、いったい何がしたいんだろう。
「そうだね、でも……」
その人は気まずそうに私から目を逸らし、口ごもる。しかし一瞬の後、「だから」と私を見上げ、言った。
「一緒に来て。一人じゃ、心細いよ。この先に何が待ってるのか、最後にどこに行き着くのか、全然わからないんだ。怖いよ……」
その人の、複雑な色に満ちた瞳に――私はもう、何も言えなかった。
その後、私たちはその人の車で、私の家に戻ってきた。
私はその人に送ってくれた礼を述べた後、そそくさと車を降りようとした。
「四号ゲート。そこが、真実へと繋がる扉だよ」
その人はそう言った。
私はしばらく間を置いてから――車を降りた。
玄関へと向かう私を、その人は運転席の窓を開け「待って」と引き留めた。
「ねえ、私たち……もう一度……」
言いかけて、その人は口をつぐんだ。
私はその人に背を向けたまま、何も答えなかった。
「何でもない。今日は、ありがとう。付き合ってくれて。じゃ……行くね」
その人はそう言い残すと、車を発進させ、どこかへと去って行った。
やがてその人の車の音さえ聞こえなくなってから、私は夜空を見上げた。
私たちの頭上には、円環の月が青白く輝いていた。
私は、再び風景画の仕上げに取りかかるべく、紫の水彩色鉛筆を手に取った。
私はあの時、あの人と一緒に行くことを選択しなかった。
でもそれは――あの人と歩みをともにしないのは、ずっと昔に決めていたことだった。
私だって、昔は世界の真実というものを知りたいと願っていた。
いや、もしかしたら、今も。
けれど、世界の真実を知ったとして、その先にどうするのか――それを考えた時、何もかもが虚しくなるような気がして、怖くなったのだ。
だって、世界の真実を知ったのなら、きっともうその世界で生きるのが馬鹿馬鹿しくなってしまう。種明かしのされた手品や、わかりきったシナリオをなぞるだけのゲームなんて、私には面白くない。
それに、もしも世界の真実を知ったのなら――あの人が言ったように、私たちは瓶の中の造りものの世界に生きているに過ぎないのだとしたら、きっとそれを知った途端に、私は絶望するかもしれない。このつまらない世界に、私ただ一人だけしか生きていないような、存在していないような、そんな孤独感に苛まれるだろうから。
そしてその時、私はあの人を喪うのだ。
今、私が見ているこの世界は、紛れもなくひとつの世界の本当の姿だ。
たとえこの世界が造られた瓶の中の世界だったとしても、私にとっては、少なくとも今はまだ、本当の世界だ。
それでいいじゃないか。
何が、どこが本当の世界かなんて、人それぞれが決めればいい。
私にとってこの世界は多少つまらないけれど、だからといってこの世界が偽物であると吐き捨てるほど、飢えているわけではない。
でも、瓶の外からだと、この世界はどんな風に見えるんだろう。やっぱりちょっと歪んで見えるんだろうか。そういうことを知りたい気持ちは、ないわけではない。
けれど、それはあの人と一緒に知るものではないのだ、きっと。
もしも世界の真実を知る必要に迫られたのなら、私は、私の手で、私のやり方で、私が真実だと思うものを、つかまなければならない――そう私は思っている。
私は、ほう、と少し長めのため息を吐いた。
キャンパスから、少しずつ少しずつ、水彩色鉛筆の先を離していく。
ここで、水彩色鉛筆の出番はおしまいだ。
ここからは、わずかな水と、乾いた筆の仕事だ。
私は、まだ完成にはやや遠いその絵から少し距離を取って、その全体を眺めた。
ある一本の瓶が、海に投げ込まれた。
瓶はそのまま、あてどなく海を漂う。
気が遠くなるような長い長い漂流の果てに、ついに瓶はどこかの島に辿り着く。
その瓶の中には、あるひとつの町が収められている。
町の中には人々が住んでいて、とりとめもない日々を送っているけれど、人々は自分たちが瓶の中で生きていることも、瓶の外で果てしなく長い時が過ぎたことも、どこかの島に漂着したことも知らない。
でも、ただ一人だけ、それらを知っている人がいる。
その人は瓶の中の町から、何かもの言いたげに空を――きっとその先にある瓶の外の世界を――眼差している。
この絵は、だいたいそんな感じのイメージを描きつけたものだ。
時間をかけて少しずつ進めてきただけあって、なかなか自分でも気に入っているのだけれど、実は少しばかり引っ掛かるところがあって、満足はしていない。まだまだこれからだと思う。けれど、この絵はとりあえず、そろそろおしまいにしよう。
休憩がてら、私は一旦家の外に出て、四号ゲートのある方向を眺めた。
夜明けが近付いているのか、空は少しずつ明るくなりつつある。雪は一向に止む気配がないけれど。
あの人は、もうあそこから行ってしまったのだろうか。
瓶の外へと旅立ってしまったのだろうか。
――抗えなかった。私の奥深くから来る衝動が、私に真実を知らしめようとするんだ――あの人の声が、胸の内でこだまする。そして、私の胸をきゅうと締め付ける。
知らない顔だった。
あの人のことなのに、私の知らない顔をしていた。
神様に会ったから、だから、あんな顔ができるようになったのだろうか。
神様なんて――。
ああ、結局私たちは、こうなるんだね――私は、誰にともなく呟いた。
ボトルシップは魅惑的なアイテム。
この世界だって、実はだれかのボトルシップなのかもしれない。
一緒に瓶の外に出てみてもよかったのに、そうしなかったのはやっぱり意地?
たぶん、ときどき思い出しては後悔する。
でもその後悔すら、甘く痺れるような慰めに変わる。
「私」はそんな人。
新しい物語のために、過去の小説を晒していこうのコーナー第八弾。
テーマは「運命」。
この作品はわりとお気に入り。だった。
区切りとしてはちょうどよかったと思う。
ただ、この作品以降新たに小説を書いていない。
過去に書いた中でアップロードできる分は、これで最後かな。成長アルバムを見返すような羞恥プレイはこれでおしまい。
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またね。
※おさひさし先生の次回作にご期待ください。
ひかげのくに編集担当