第8話 ゴブリンの価値観
かなり急いで話しかけに行ったのは、他のゴブリンに俺の狙っている才能あるゴブリンを取られないため……だったのだが。
『……な、何?』
『お前、なんだよ……っ!?』
そこにいた二匹のゴブリンは俺に対して相当怯えていた。
理由はなんとなく分かる。
俺の勢いもさることながら、この二匹のゴブリンは俺よりも身長が低い。
俺が一メートル程度なのに対して、この二匹は七十センチ程度か。
他のゴブリンも俺より高い者は少なく、概ね平均九十センチ程度というところだ。
つまり、デカイやつがものすごい勢いでやってきた、怖い。
そういう感覚なのだろうと思う。
加えて不思議なことに、この二匹の周囲に他のゴブリンはほとんどいないようだった。
グループを組め、と言われた直後に皆、結構な勢いで仲間探しを始めたはずなのだがどうして……?
不思議に思いつつも、俺は二匹をこれ以上怯えさせないように話しかける。
『……あぁ、驚かせたみたいで悪かったな。ただ、俺とグループ組んでくれないかと思って来たんだけど』
そう言うと二匹は驚いた表情で、
『えっ、そ、それは私も入ってますか?』
『お、俺のことか!?』
と口々に言う。
どうも口調的に片方は雌で、片方は雄らしい。
俺もゴブリンになってしばらく経ったが、いまだに性別の判別は怪しい。
ただよく見ると片方は若干女の子らしい……気もしないでもない。
まぁ、正直性別など、どうでもいい。
大事なのは《早熟》持ちでないことだ。
この二匹以外、この場にいるゴブリンは全員、《早熟》持ちなのだから。
慌てる二匹に、俺は言う。
『そりゃ、お前たちに話しかけてるんだから、お前たちのことに決まってるだろ? 周りに誰かいるか?』
『いや、いねぇけど……なぁ?』
『そ、そうですよ。私たちなんかにそんなこと言ってくれるゴブリンなんて、いるとは思わなかったので……』
顔を見合わせてなんだかとても情けないことを言う二匹。
不思議に思って俺は尋ねる。
『なんでそんなに卑屈なんだ?』
『なんでって、俺たち……その、小さいだろ?』
『それがどうした?』
『どうしたって! あんたはここにいるゴブリンの中でも群を抜いてデカイから、わからねぇんだ……』
雄ゴブリンがそう言っていじけた。
それを見た雌ゴブリンがため息を吐いて、俺に説明してくれる。
『ちょっと今のはデリカシーないですよ……』
『えっ?』
『私たちゴブリンに大事なのは一にも二にも体格じゃないですか。それなのに、そこを指摘するなんて酷いです!』
『……あー』
言われて、なんとなく意味を理解した。
ゴブリン一族で過ごしていると、ゴブリンの常識というものもそこそこ入ってくるのだが、その中に、ゴブリンはデカいやつが強い、というものがあった。
これは間違ってはいないだろう。
この世界ではステータスが大事だが、そのステータスは肉体とそれなりに結びついているようで、体格がデカいと同時に力の値も高い傾向にあるのだ。
つまり、デカいゴブリンは確かに強い。
従って、ゴブリンの評価は体のデカさが基準になりがちだ。
もちろん、ゴブリンメイジとかファイターとかになれた場合、話が違ってくるのだが、そこのところはほとんど英雄扱いだから一般ゴブリンには関係ない、という感覚なのだった。
逆に、俺の場合、今目の前にいるゴブリンたちはそういうゴブリンになれるだろう、という確信があるから体格などそもそも勘定に入れていなかった。
その辺りの齟齬で、雌ゴブリンが言うようなデリカシーのない発言をしてしまった、と言うことだ。
まぁ、別に俺が小さいだろお前、とか言ったわけではないが、本人……本ゴブリン?のコンプレックスを刺激してしまったのは悪かったと思う。
だから俺は素直に謝ることにした。
『……その、悪かったよ。あんまり大きさとか気にしたことがなかったからさ』
すると、二匹は頭を下げた俺に驚いて、
『デ、デカいゴブリンが小さい俺たちに頭を下げた……!?』
『ちょ、ちょっとやめてくださいよ! 目をつけられちゃいますから!』
慌てて俺の頭を上げさせた。
俺はそれにも素直に従う。
『目をつけられるって、誰に?』
『他のデカいゴブリンにだよ……ほら、向こうにいるだろ? ネゼルとかタキヨンとかあの辺の奴らは注意しておいた方がいいぜ』
ネゼルやタキヨンはゴブリンの名前だな。
どちらも俺より先に生まれていたゴブリンで、確かに俺と同じくらいにデカい。
周囲にはすでにたくさんのゴブリンが群がっていて、彼らとグループを組みたがっているようだった。
だが、俺的には奴らは無しだ。
なぜといって《早熟》持ちだからだ。
その時点でもう一年しか成長できないと書いてあるようなものだ。
明らかにここにいる二匹の方が期待できる。
『注意ね……大したことないと思うが』
『ばっ! お前、聞こえるだろうが! 俺たちはあいつらにいつもいじめられてんだぞ!?』
『そうなのか?』
雌ゴブリンに視線を向けて尋ねると、答えにくそうだったが、おずおずと言った様子で、
『はい……小さい奴らは群の穀潰しにしかなれないって。どうせすぐに死ぬんだから、狩りに出るようになったら囮にでも使ってやるよとか言われたこともあります……』
『それはまた……辛かったな』
ゴブリン社会でも人間社会と同じように虐めというものがしっかりあるらしい。
世界観的に弱肉強食だから、より命に直結するような過酷さがあるが、本質は同じだろう。
異物を排除したい、という感覚だな。
それは一部正しい。
ここにいる二匹は通常のゴブリンからすれば異物なのだから。
そこまで考えて、俺は思った。
ゴブリンというのは、大きく成長できないゴブリンをそうやって排除するから、あまり強力なゴブリンというのが誕生しにくいのかもしれない、と。
体格の小さなものは生命力が弱いからと育てるのを諦めるというのは野生動物にもよくある話だが、それがゴブリンでも行われているとしたら……。
通常であれば正しいはずのその行為は結果的にゴブリンを弱い魔物に貶めているのかもしれない。
そもそもステータス/スキル制なんていう存在それ自体が不自然な制度だからな。
本来はもっと違ったあり方をしていたゴブリンを歪めてしまった可能性まである。
まぁ、悪いことばかりでもないのだろうが。
《早熟》があるお陰で、種族的に弱い存在であるゴブリンでも、数を減らさずにこの世界に存在し続けることが出来ているのだから。
歪みはあるけれど、それも考えてうまく調整している、というところだろうか。
あの女神は何かに肩入れはしない、公平にしている、と言っていただけあるということだろう。
もし少しでも面白い、面白くなりそうと思われましたら、下の方にスクロールをして、
☆などいただけるとありがたいです。
また、ブクマ・感想などもお待ちしております。