第39話 労働
「……それで、替えのシーツとかはこの辺りにありますから、覚えておいてください」
「ハイ」
スタッフルーム横の倉庫で、仕事に使う様々な物品の置いてある場所を説明されていく。
かなり多岐に渡っていて、春香も、
「まぁ、一度では覚えきれないと思いますから、その時は後で聞いてください」
と言ってくる。
しかし、
「イエ、大丈夫デスヨ」
と俺は答えた。
実のところこういうのは得意というか、かなり慣れっこになっていて一度聞けば覚えられる。
向こうの世界にいた時、魔王軍で兵站の管理とかしてたからな。
むしろ専門と言ってもいい。
けれど春香は疑わしげな表情で、
「ホントですか〜? じゃあ、そうですね……」
と言って、いくつかの物品の在り処を尋ねてきた。
確認のためというわけだ。
しかも、あまり使うことはないからとちょっとしか触れなかったものまで、おそらくは意図的に尋ねてきた。
けれどやっぱり、俺は完全に覚えている。
何の物品の在り処も正確に答えると、とうとう春香も根負けしたのか、
「……う、嘘じゃなかったんですね……。これはすごいです。私でも一週間はかかったのに」
と若干落ち込んでいた。
別にそんな必要はない。
俺には特殊な経験があって、それには命がかかっていたから身につけざるを得ず、身につけただけのことだから。
そして命がけだと人間ーー人間ではなかったけどーーどんなことでもある程度できるようになってしまうものだ。
だから俺は春香に言った。
「元々コウイウノガ得意ナンデスヨ。昔ノ仕事デチョット似タヨウナコトヤッテテ」
「そうなんですか? 外部さんの前の仕事って……?」
と尋ねてきたので、俺は可能な限りぼやかして答える。
「前ノ仕事ッテナルト向コウノ世界ニイタ時ノ仕事ニナッチャウンデ、分カリニクイカモシレマセン。大雑把ニ言ウト、運送業者ノ管理ミタイナモノデスネ」
「あっ、それでこういう品物がどこにあるか、とかそういうことを覚えるのが得意に?」
「ソウイウコトデスネ。数ガ本当ニ膨大ダッタノデ、コノ倉庫クライノ品物ノ位置ト名前クライハスグニ覚エナイトヤッテイケマセンデシタ。パソコンモ向コウニハアリマセンデシタシネ」
実際、ほぼ魔王軍全ての兵站の管理をしていた時もある。
それはつまり一国の全ての流通管理に等しい。
いや、一国どころではなかった。
もちろん、部下も大量にいたが、魔物というのは大雑把な奴らで、適当な指示を出すと誤用の意味で適当にやり出すから始末に追えない。
だから正確に全てを把握し、正確に指示を出すしかなかった。
その結果身につけたことだ。
もちろん、スキルに反映されている。《算術10》とか《暗記術10》とかな。
春香は意外なところに驚いたようで、
「あぁ、パソコン! そうですよね……。でも、向こうの世界にも便利な魔道具があったって聞いたことがありますけど」
「エエ、マア確カニコッチノ世界デ言ウパソコンノヨウナ働キヲスルモノモソレナリニハアリマシタネ。デモ、コッチノ世界ノパソコンノヨウナ汎用性ノアルモノデハナカッタデスヨ」
冒険者組合のギルドカードを発行したり、冒険者を管理する魔道具とかはあったようだが、あれは古い時代の人間側の技術で、魔物側には流れてくるようなものでもなかったしな。
鹵獲したところで、物品管理用に改造したりとかするのも出来なかったし。
結局アナログな方法で頑張るしかなかったのだった。
「なるほど〜。剣と魔法のファンタジー世界には憧れますけど、やっぱりそういう不便な話聞いちゃうと、結局現実なんだなって気がしちゃいます」
「コッチノ世界ノ方ガズット住ミヤスクテ良イデスヨ。戻ッテト言ワレテモ、私ハアンマリ戻リタクアリマセンネェ」
「はは、そういうものですか……まぁ、こっちの世界はこっちの世界で、色々大変なこともありますけど……」
そう言った春香の顔は少し曇っていて、不思議に感じた。
ただ、大して親しくなったわけでもないのに深い話を聞くのも何かな、と思って流したのだった。
*****
そして次の日から、俺はこの《プリエール桜水上》で働き始めた。
一つずつ職員の皆さんに教わりながらのことだったが、概ね大抵の職員はゴブリンである俺にも特に偏見なく接してくれた。
これは結構意外だった。
俺たちに対する偏見というのは若年層を中心にかなり取り払われてはいるが、全ての人間がすんなりと受け入れられるわけではない。
ことさらに忌避することは差別になる、という認識があっても、なかなか難しいものだ。
しかし、この施設の職員たちはそういう忌避感はないようだった。
何か理由があるのか?
わからなかったが……それに、入居者たちの反応も意外だった。
当然ながら入居者は高齢者たちなのだが、その中には認知症の方もいて、最近の俺たち魔物がこの世界にやってきたこと自体を認識していないことも普通だ。
だからこそ、そういう人に接触する場合には注意が必要だと思っていたのだが、向こうは俺のことを全く魔物だと認識していなかった。
それどころか、驚いたのは、
「……あら、新しい人? 大学生の方かしら」
とか、
「若い人が入ったんだな。あ? ゴブリン? いや、何言ってんだ、どう見ても人間だろ……」
とか言われることが頻繁だったことだろう。
これには他の職員も不思議そうだった。
聞けば、以前、この施設には魔物が一人働いていたそうなのだが、その時はしっかりと魔物の姿で認識されていたらしい。
ただその時も、着ぐるみ扱いだったとは言うが、見た目に関してはオークだとちゃんと見られていたと言う。
けれど、俺の場合はそもそもゴブリンだと見られていないのだ。
「……どう言うことなんでしょう?」
春香も首を傾げていたが、
「……マァ、特ニソレデ問題ガ、トイウワケデモナイデスシ……私トシテハソレデイイノデスケド」
「施設長もいいとは言ってるんですけど……気になりますよ」
「気ニシテモ仕方ガナイト思イマスヨ」
「うーん……」
春香はしばらくの間悩んでいたが、休憩が終わったために疑問を振り払って仕事に戻っていった。
俺としては助かった気分だった。
詰められれば色々、考えたことを語りたくなっただろうから。
何せ、認知症の人たちが言っていた俺の容姿、それは俺がゴブリンになる前のそれに非常に酷似していたからだ。
黒子の位置とか、目鼻立ちの感じとか。
聞いてみるとそうとしか思えなかった。
彼らには何か、違うものが見えているのかもしれない。
そう思った。
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