第34話 熱意
「……それで、早速ですが、うちとしては件の釘バットには一千二百万円で買い取りたい、と思っています」
恭司が直球でそう言ってきたので、俺は少し驚く。
まずはその値段に。
白亜聖のところは一千万だったから、二百万も上乗せしてくれた形になる。
ただでさえ現状、一本二百万もする《状態異常回復薬》を二本も使ってくれたのに、さらに千二百万も出すとなると、向こうの出費は千六百万にもなる。
探索者ってやつは本当に儲かる商売なんだな、と深く思う。
と同時に小市民の俺には額がデカくなりすぎているような気もした。
顔には出さないようにしているつもりだが、自信はない。
対して、博の方はこれくらいの額が動く場面には全然慣れているようで、
「ほう、随分といい値段を付けられましたね? 十層クラスの武器に支払う金額の相場からすると、少しばかり高いのではないかと思うのですが」
これは相手の恭司に伝えたかったわけではなく、相場をよくわかっていない俺に対して伝えたいことなのだろう。
印象はあんまり良くなかったが、一応、白亜の値付けは不当なものではなかったらしい。
恭司が冒険しすぎな感じか。
博の言葉に恭司は、
「まぁ、そうですね。防具類だったらもう少し高くてもそれこそ相場かと思いますが、武具ですと確かに今の相場からすれば、二百万ほど上乗せ、ということになるでしょう」
「それほどの金額を出す価値があるとお思いなのですか?」
「ええ、もちろんです。ただ……」
「ただ?」
「武具の性能それ自体というより、見た目が気に入ってしまいまして。ほら、博さんは私の出自をご存知でしょうが……」
「……そうですね。こう言ってはなんですが、地方都市の不良のまとめ役をしておられた、と」
「そういうことです。ですから、釘バットなんていう武具があるのなら、そしてそれが一線級だというなら、やっぱり私が持つのが筋じゃないか、と」
「わかります」
この会話は相当ふざけているように聞こえるが、実際には大真面目だろう。
恭司自身の趣味、というのももちろんあるだろうが、それ以上にギルドのイメージというのがある。
恭司が元はーー今もかもしれないがーー不良である、ということはよく知られていて、そのイメージを前面に押し出してギルド運営をしている。
人を殴るんじゃなくて、魔物を殴りに行こうぜ、みたいなキャッチフレーズでだ。
そんな彼がCMなんかに出るときに持つ武器が釘バットで、しかも世界有数の攻撃力を発揮したら……。
もうこれ以上ないイメージ戦略になるだろう。
そういう計算がある、ということを話しているのだろう。
そして実際、そういうイメージ戦略は大事だから、おかしな話ではないのだった。
事実、白亜なんかは自分の容姿や優しげな雰囲気を前面に押し出し、余すところなく使ってギルド運営をしているのだから。
まぁ、それだけになんで白亜が釘バットを欲しがったのは今でも謎だが、釘バットを振るう聖女、なんていうのも特殊な趣味の人を呼び寄せる可能性は十分あり、そういう層にも訴えたかった可能性はなきにしもあらずだ。
白亜よりも、釘バットはやはり恭司の方にこそ似合う気がするが。
恭司は俺に言う。
「そういうわけですから、金額についてはまだ上げる用意はあります。《アウターズ》とも交渉して、全ての金額が出そろったとき、もう少し高ければ、なんて思われることがあったら、ぜひご連絡をいただければと思います。それと……もしも今回のような……なんと言いましょうか、私に似合うような武具をまた、手に入れられることがありましたら、ぜひご一報いただければ。万難を排して、私自ら買取に参りますので」
真剣な表情で詰め寄られてそう言われた。
意外にも気圧されるような圧力を感じ、本気なんだな、と深く理解する。
まぁ、こういう武器に対する情熱というか、執着というのは理解できるから不快なものではない。
俺も向こうにいるときはかなりこだわっていたからな。
こっちの世界じゃ、手に入れようともしていないが。
《収納》の中身もあんまり見ていないくらいだし。
ともあれ……。
「……オ話ハヨク分カリマシタ。ソノ時ハキットゴ連絡サセテ頂キマスノデ……」
離れてくれないかな?
と思って言ったのだが、恭司はもう少し続ける。
「他にも何かうちのギルドに出来ることがあれば、ご連絡を。魔物の方は、相当な能力を持つ方が少なくないと聞いております。もしも迷宮などに潜られることがあって、荷物持ちなど必要でしたら、うちから派遣することなども出来ますので」
「……恭司さん。営業活動はご遠慮ください」
博が呆れた顔でそう言ったが、恭司は、
「営業というより、どちらかと言えば勧誘なのですけどね。博さんも外務省をご退職される際は、ぜひうちに。冗談でなく、お二人とも歓迎しますよ」
「恭司さんも懲りませんね……まぁ、雑談として許容しましょう。さて、それでは本題の方はもう済んだということで、この辺りで話し合いは終了ということにさせていだこうと思いますが、恭司さんも外部さんもいいですか?」
恭司は若干名残惜しそうだったが、俺が頷くと恭司も空気を読んだのか、諦めたように頷いて、最後に、
「本日は良い機会をいただき、ありがとうございました。また何かありましたら、どうぞうちのギルドをよろしくお願いします」
と、如月とともに頭を下げて、部屋を出て行ったのだった。
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