第13話 斡旋所にて
「……197、197……アッタ」
職業斡旋所のロビー正面にあるモニターを見ると、そこにはいくつかの番号が表示してある。
いずれもこの職業斡旋所に来た者に与えられる番号で、それがモニターに表示されたら個人ブースに行って、職員と相談することになる、という流れだ。
俺の番号がたった今表示されたので、その横に書いてあるブースの番号のところに進んでいく。
ブースは簡単な衝立で区切られたスペースで、椅子と机があるだけだ。
向こう側は職員たちが活動している空間で、俺が椅子に座ったのを確認したらしく、一人の職員が机を挟んだ向こう側からやってきて、椅子に腰掛ける。
「……はい、197番さんですね」
そう言ったのは、比較的若い女性であり、まだ二十台前半かな、という感じだった。
眼鏡をかけたその姿は知的だが、その瞳には優しげな色が宿っていて、どうやら俺たちのような存在を差別するタイプではなさそうだと感じ、安心する。
ここは俺たち、異世界特別永住者用の職業斡旋所だが、こういうところにもいるのだ。
そういう、《人間ではない存在》を差別する輩というのが。
そういうやつに当たると最悪で、最初から横柄な態度で、しかもろくな仕事も紹介してもらえない、ということはザラである。
ただ最近は割と減ってきている。
今日の朝テレビで見たように、そういうことを大っぴらに言うと攻撃される社会になりつつあるからな……。
俺たちにとってはありがたい話だが、まぁちょっと窮屈な社会に感じる人も少なくはないだろう。
本当に差別的な者は厳しく扱っていいと思うが、そんなつもりがないやつでも萎縮しないといけないような社会だからな……まぁ、注意していれば大体は大丈夫なのだが。
ともあれ、まずは相談だ。
「ハイ。今日ハ宜シクオ願イシマス」
「はい、宜しくお願いします。私は職員の深山楓と申します」
「ア、ワタシハ、外部岩雄デス」
「外部さんですね……」
言いながら、深山さんは机の上に置いてある紙にサラサラと文字を書いていく。
名前の欄があって、そこに俺の名前を書いていっている。
まずは読み仮名の方を書き、それから漢字を書く段に至って、
「ええと、どのような漢字を書くかは……ISEKAをお持ちですか?」
「アリマス、アリマス」
二度言いながら、肩から下げた鞄からISEKAを取り出す。
俺がコンビニでよく使っている電子マネーであり、かつ、俺たち異世界の存在が持つことが出来る最初の身分証だ。
これ一枚持っていれば、大抵の場所で困らない。
支払いもそうだし、役所での申請でも使うし、銀行口座を作る時にも利用するし……と言った感じでだ。
まぁ、免許証でもいいのだが、流石に俺の身長だと車の免許は取れないからな……。
なくても都会ではたいして困らないからいいのだが。
「……また随分と古風なお名前ですね。まぁ、異世界の方はそういう方が多いですが」
深山さんがそう呟きながら俺の名前を書き終えた。
ちなみに、通常であれば俺が書くべきような書類を彼女が書いているのは、大抵の魔物はまだ、こちらの世界の言語について読み書きを完全には習得していないからだ。
博のような特殊例はあるのだが、流石に漢字については難しい。
まぁ、自分の名前だけなら普通に書けるとか、ひらがなカタカナは完璧だ、と言うくらいは結構いるのだが、それ以上になってくると難しいのだ。
ただ、当然俺は普通に書けるのだが、深山さん的には大半が読み書きが難しいから最初から請け負った方が早い、という判断なのだろう。
正式な書類だし、書き損じを何枚も出しては無駄だしな。
「コッチデノ名前ハ、政府ガ出シテクレタ案カラ選ブ形ダッタカラ……」
「結構、おじさんたちが決めたという話は聞いたことがありますね。だからですか……」
「タブン。デモ気二入ッテマス」
別に批判するわけじゃないが、極端なキラキラネームになるよりはずっといいだろう。
五分凛芸度とかになるよりはな。
「そうですか……おっと、雑談から始めてしまって申し訳ありません」
「親シミ易クテイイト思イマスヨ」
「ならよかった。さて、早速ですが、ここに来られたと言うことは、お仕事を探されているということで間違いないですよね?」
仕事モードに入ったらしい深山さんがそう尋ねる。
至極当たり前の質問に聞こえるが、この意思確認は実は重要だ。
と言うのも、職業斡旋所の意味をよく分かっていない魔物と言うのはたまにいるからな。
向こうの世界だと、魔物の就職というのは魔王軍からスカウトされるか、父祖から続いている役割を継ぐとか、そういうものが多く、こうやって国が斡旋してくれるという仕組み自体ないからだ。
それでも、もちろん、みんな事前に斡旋所のことは説明されているのだが、上記のような事情から、斡旋所で就職を勝ち取るためには実力を見せる必要がある、などと考えて鎧と剣を纏って来たやつなどが当初はそこそこいた。
ここは魔王軍の入隊試験ではないのに、そのようなものと勘違いしていたというか。
まぁ、それでも実際に来てみれば理解するので、今ではそういう者はほぼいないのだが……昔の名残だな。
俺は深山さんの質問に頷きながら言う。
「エエ、ソレデ間違イナイデス」
「わかりました……では、まずは外部さんの技能などの確認についてなのですけど……」
技能とは、つまりスキルのことだ。
何故これを尋ねるかというと、職歴のない俺たちが示せる唯一の実績のようなものであるから、というのと、こちらの世界の人間からしてみれば完全に不思議な力としか言いようがないが、極めて有用なこともあるものだからだ。
たとえば、治癒系のスキルを修めている者は医療現場から引っ張りだこだったりする。
実のところ、俺も治癒系は持っているのだが、あまり医療現場には行きたくない事情があるのでそれについていうつもりは無い。
代わりに、他の技能について話す。
「《生活魔術》ハ持ッテイマス。他ニハ……小サイケド、《収納》モ」
「えっ!? 外部さん! それはすごいですよ! それならすぐに就職先が見つかります!」
深山さんが若干の興奮と共にそう言った。
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