第11話 朝ごはん
ゆっくりと瞼を上げると、そこにあったのは見慣れた天井だった。
小さなマンション、1Kの一室。
シングルベッドの上だ。
このゴブリンの体になって何が一番良かったって、シングルベッドでも十分に広々と眠れることだろうな。
逆に洗面台とかは極めて使いにくくなったが……どれもこれも台がいる。
まぁ、面倒な時は魔術を使って浮いて使っているけれども。
外では一般人を驚かせたくないためと、無闇矢鱈に使うと法に触れる可能性があるので使わない魔術であるが、家の中で使う分には咎められることはない。
今日は台を持ち歩くのが面倒なので魔術で軽く浮きつつ歯磨きと洗面を終え、それから朝ごはんを作る。
日本らしく焼き魚に味噌汁と漬物、そして白米というわかりやすいラインナップをテーブルの上に置き、手を合わせて、
「イタダキマス」
と言ってから箸を使って食事を始めた。
向こうからこちらに帰ってきて、まず何に感動したかって食事の質である。
どれもこれも新鮮かつ高品質なものがいつでもスーパーやコンビニで買えるこの有り様というのは異世界の低品質なものが平気な顔で売られている状態と比べるとまさに天国と地獄としか表現しようがなかった。
それに、向こうは典型的な洋食文化で、米やら醤油やら味噌やらというものは一切無かった。
まぁ、魚醤みたいなものは地方の村に行くとあったりしたが、大豆から作る醤油とはもう全然別物だ。
俺の日本ホームシックに対する特効薬には全くならなかったとここで言っておきたい。
だから俺はこちらに帰ってきてから自分で料理作る気がある時はもっぱら和食を食べている。
インスタント味噌汁とか死ぬほどありがたい。
向こうではこういうお湯を入れただけで食べれる食品もほぼゼロだったからな……。
硬いパンをまずいスープにつけて食べることをインスタント食品と言い張るのなら話は別だが、流石にそれは認められない。
そんなことを考えつつむしゃむしゃと鮭と白米のマリアージュに感動しながらテレビをつけてみると、ニュース画面で女性アナウンサーがしたり顔でコメンテーターに話しかけている場面が写っている。
『……本日、国会ではいわゆる異世界特別永住者に関するいくつかの法律についての改正に関して議論が行われる予定ですが、山本さん、これについていかが思われますか?』
『僕はですね、以前から何度も言っていますけどそろそろ“彼ら”に対する経済支援は打ち切るべきだと思っているんですよね。ですから、もちろん野党側の意見に賛成ですよ。そもそも、その財源は我々国民の税金なんですよ? それを突然現れた、とてもではないが人間とは呼べないような存在にですね……』
そこまで言ったところで不自然にCMに画面が映った。
山本さんの意見がちょっとばかりまずかったのだろう。
当事者ながら、概ね言っていることは理屈として十分に理解できる内容だったが、最後の人間とは呼べない、というのは差別問題になる。
俺たち向こうの世界の魔物だった連中の立場というか、法律的な扱いは当初非常に揉めたのだが、今の段階では一応《人》という区分で扱うことになっているからだ。
そこを人間ではない、と言い始めると妙な団体が騒ぎ立ててテレビ局に特攻を仕掛けるだろう。
ここで面白いのは、その妙な団体に属している魔物というのはほとんどいないということだな。
なんでだか希少動物のような感覚で保護すべきだと主張しているところもあれば、神から使わされた天使だとか言っている団体もある。
俺はゴブリンで、魔物としてかなり見た目に難がある方の種族だが、羽の生えた美しいお姉さんみたいな奴らもそれなりにいるし、そんじょそこらのアイドルなんか目じゃない程に整った精巧な作り物じみた角の生えたイケメンのお兄さんのような容姿の奴らもいる。
そんな存在を見たらもう、これは大事にすべきだろう、となってしまう人たちというのは結構いるというわけだ。
SNSとかでも結構人気だし、それこそ配信とかして儲けている魔物も今は結構いる。
良くも悪くも日本に綺麗に取り込まれているわけだ。
そんな中であの山本さんの発言はやばい。
今見ていた番組はいわゆる朝のワイドショー、帯番組で明日もやっているはずだが、きっと彼の姿はないんだろうなぁ……。
ちなみに、こういう空気感というのは決して日本だけのものではなくて、外国にも魔物は普通にやってきた。
ただし、日本に出現した魔物の数が最も多く、他の国の追随を許さないという状況にあるのもまた、正しい。
そしてだからこそ様々な圧力が日本政府にはかかっているらしいとは、少しばかり耳に挟んでいる。
何せ、俺たちには特殊な技能があるからな。
魔術にスキル。
これらは向こうの世界の神々が作り出した特別な理であるが、俺たちがこっちにやってきた後からこちらの世界の人間にも使える者が現れ出した。
ただ、全員ではなく、向こうの世界にいた者たちと同じように、才能の多寡というものが存在した。
違うのは全く使えない者というのが結構な割合でいることだろうか。
どうしてそうなってしまっているのかはまだ誰も解明できてはいないが、実のところ、俺は知っている。
こっちの世界にもう一度戻って来る時、あの女神に会ったからだ。
その彼女が言うには、こちらの世界と向こうの世界というのは緩やかに理が混じり合いつつあり、そのためこちらの世界に徐々に魔術やスキルを使う能力に目覚める者たちが増えていく、ということだった。
これはつまり、最初に説明されたステータス/スキル制の解体が緩やかに行われていっていることによる影響という奴らしい。
世界に法則として溶け込んでいっている、とあの女神は説明していたが、詳しいことは正直理解できなかったのでそこまで説明は求めていなかった。
ともかく、こっちの世界でも魔術もスキルも普通に使える。
それこそが大事だったから。
まぁ、そんなこともあるから、俺たち魔物というのは技術的にも知識的にも貴重なのだよな。
外国が欲しがる理由が分かる。
だから俺たちの国籍は実のところ中途半端に宙に浮いている。
暫定的に日本国籍を与えられてはいるけれども、転移から三年が経過するまでに自分で自由な国籍が選ぶことができる、と、そんな文言の書いてある条約を日本政府が結ばされたのはいつのことだったか。
そんなわけで、俺たち魔物の置かれている状況は平和とは言い難い。
どうにか、穏やかに生きて生きたいものなんだけどなぁ……。
憂鬱な気持ちになりつつ、俺は白米を口の中に掻き込んだのだった。
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