108Roses
1.大丈夫なのか……
俺は休憩室でコーヒーを飲みながら、隣にいる10年来の友人である、之武にいつも気になっている事を、聞いてみる事にした。
「お前さ、なんでこの会社、選んだんだ?」
「決まってるじゃん、葉市と同じで、ネームプレートに書くのが、名前だけ、だったからだよ」
「そうだな、俺もお前と初めて会ったとき、驚いたもんな」
「僕もそうだった」
「それはそうと、妃亜來さんとは、どうなんだ?」
「近々、プロポーズする予定だよ」
(……大丈夫なのか?)
「上手くいくといいな」
「愛があれば、きっと大丈夫なはずだよ!」
(……俺もそう信じたい。がんばれよ、之武。)
2.まだ秘密
(妃亜來さんまだかな? 早く来過ぎたかな?)
僕は今日妃亜來さんにプロポーズする。だから今、日本料理の料亭にきている。先程から、鹿威ししおどしが良い音を、出している。
カポーン……。
落ち着く。良い音だ。大丈夫。ちゃんと準備したし、婚約指輪も用意してポケットの中に入ってるし、薔薇の花束も用意した。あと用意できてないのは、僕の度胸だけだ……。
そうして妃亜來さんが来るのを、待っていると「こちらでございます。どうぞごゆっくり。」と、仲居さんの声が聞こえてきた。
「ありがとうございます」
(来た!)
僕は、薔薇の花束を持って立ち上がり、襖の近くに行き妃亜來さんが、中に入って来るのを待った。すると、直ぐに襖が開き、妃亜來さんが入って来た。
「妃亜來さん、どうぞ」
僕は、キレイにラッピングされた薔薇の花束を、妃亜來さんに、渡した。
「いつもありがとう。今回は、何本あるの? いつもは3本で、意味は確か、愛していますだったよね」
「覚えてくれたんだ。ありがとう。薔薇の本数は、ご飯を食べてから、教えてあげるよ」
「いつも、之武さんが、教えてくれたからよ。楽しみにしてるわ」
「それじゃ、食べよ。全てに感謝していただきます」
「全てに感謝していただきます」
なんとか薔薇の花束は、渡せた。あとは婚約指輪だ。妃亜來さん、受け取ってくれるかな?
3.108
目の前にある料理を、食べ終わった後、仲居さんを呼び、片付けてもらっている最中だ。
「仲居さん、おいしかったです」
「ありがとうございます。この後、がんばってくださいね」
仲居さんが、僕にだけ聞こえる声で言ったあと、部屋から出ていった。
「はい」
「之武さん、何に返事したの?」
「何でもないよ」
「そう。それより、薔薇の本数、教えて」
「……、うん」
緊張してきた……。女は度胸とか言うけど男も度胸だ!
「108本だよ」
「そんなにあるの? だから、こんなに大きい花束なのね。私の為にありがとう。きっと、素敵な意味もあるんでしょ? 教えてくれる?」
「意味は……、プロポーズ。だから! 生大戸妃亜來さん!」
「……、はい!」
「僕は、貴女の事を、誰よりも愛しています。だから僕、保小里之武と、結婚してください!」
言い終わった後、僕は何故だか立ち上がり、目を閉じ頭を下げていた。目を開け頭を上げると、妃亜來さんも立っていた。
「えっと、プロポーズ、してくれてありがとう。それと薔薇の意味も」
(じゃあ……。)
「貴方の事、之武さんの事は、大好きだし愛してるけど、結婚したら名字が、貴方と同じになる……」
(まさか……。)
「貴方の名字は、保小里、よね。イントネーションが変われば、漢字も変わるわ……埃、にね。それに、結婚したら私達にもきっと、子供が生まれるわ。その子が、名字の事が原因で、イジメられる事もあるわ……」
確かに、僕も小さい頃から大学まで、名字でからかわれたから、今の会社を選んだんだもんな……。
「だからごめんなさい! 貴方とは、結婚できません」
「……、そっ……か……」
「でも貴方、之武さんとは、ずっと仲良くしてたいわ。都合が、良すぎるかもしれないけど……」
愛があれば、名字の事なんて、気にしないでいてくれるって、思ってたけど……。子供の事まで、言われちゃったら、何も言えない……。
「……わかった……、友達でいよう……」
(ハァー……。)
「ありがとう。結婚は出来ないけど、この薔薇の花束貰っていい?」
「いいよ。妃亜來さんの為に、買ったんだし……」
「之武さん、ありがとう」
妃亜來さんが僕のそばに来て、僕に抱き着いてきたけど、僕は、なんだか、複雑な気分だ……。
(婚約指輪、どうしよう……。)
4.あっ!
妃亜來さんにプロポーズを断られてから、僕は毎日、葉市とお酒を飲み、その後も、自分の家でもお酒を飲むようになっていた。
(今日は、ヒック、金曜……ヒック、日だし飲むぞー。)
冷蔵庫の中にある缶ビールは、3本しかなかったが、それを、リビングにあるローテーブルに置き、ソファーに座り缶ビールを飲み始めた。
(ハァー……。ヒック……。こんなにも、妃っ亜來さんの事、大好きっで、ヒック、……愛してるのに……。どうしたらいいんだ……。僕だって、保っ小里なんて、名字、ヒック……、嫌いだ……! 保っ小里なんて……。)
目の前には、缶ビールが2本も転がっている……。
「保っ小里……? あっ! ほっこりだ!」
妃亜來さんが、結婚してくれたら“保小里妃亜來”になるけど、“ほっこりひあら”って、ずっと言ってると“ほっこりしたら”になる! ちょっと無理があるかもしれないけど、行けるかもしれない!
それからの僕の行動は早かった。散らかっている缶ビールを、片づけ大急ぎでシャワーを浴び、ベッドで眠りについた。
(……明日は……、花屋さんに……。)
5.花屋へ
翌日、僕は起きてから、お風呂に入り朝ごはんを食べた後、あの時と同じ紺のスーツを着て、花屋へ向かった。
「108本の薔薇の花束ください」
「同じ人に、プロポーズですか?」
「はい!」
「がんばってくださいね」
花屋の店員は、前回と同じ人だった。
6.108!
僕は妃亜來さんの家に着くと、一度深呼吸してから玄関の呼び鈴を押すと、妃亜來さんが出て来てくれた。
「之武さん、おはよう。朝からどうしたの?」
「おはよう妃亜來さん。もう一度、貴女に、プロポーズをしに来ました」
「えっ……」
「生大戸妃亜來さん! 僕は、貴女の事が、大好きで愛しています。同じ事を2回も言われて、興ざめしてしまうかもしれないけど、僕は貴女の事が大好きだから。これからの人生を、貴女、妃亜來さんと一緒に感じて、楽しんでいきたい! だから僕、保小里之武と結婚してください! 僕と結婚したら、名字が、保小里、埃になるからと、僕のプロポーズを断ったけど、保小里の保と小の間にちいさい“つ”を入れたら保っ小里、“ほっこり”になる。だから妃亜來さんは、保っ小里妃亜來になる。それを早口で、ずっと言ってると“ほっこりしたら”になるんだ。それに名字の事で、何か言われても、必ず、僕が妃亜來さんと、未来の子供達の事も、守るから! だから僕と、結婚してください!」
僕は108本の薔薇の花束を妃亜來さんに差し出しながら頭を下げた。
「……わかったわ。私、保小里、いえ保っ小里妃亜來になります。保っ小里之武さん、これからも、よろしくお願いします」
「! 妃亜來さん、ありがとう!」
僕は嬉しくて涙を流しながら妃亜來さんを抱きしめた。
すると周りから拍手が聞こえて来た。
「おめでとう!」
「よかったな」
「幸せになれよ!」
(見られてたんだ……。あっ、婚約指輪!)
「妃亜來さん、これも、受け取っていただけますか?」
僕は、ポケットに入っている婚約指輪のケースを取り出し、ふたを開け、妃亜來さんに差し出した。
「はい!」
「ありがとう! 妃亜來さん大好き! 愛してるよ!」
「私も! 之武さん大好き! 愛してるわ!」
7.よかったな
今日は、之武と妃亜來さんの、結婚式か……。つい2週間前まで、あんなに酒ばっかり飲んでたのに……。まさか、あの時は、あんなにいい笑顔がその2週間後に、見られるなんて、思いもしなかった……。とらえ方一つで、辛い出来事を幸せな出来事に変えられるなんて、凄いな。よかったな、之武。
「結婚おめでとう!」
読んで頂きありがとうございました。
ちなみに、
登場人物の名前はこんな感じになっています。
ほこりのぶ→保小里之武
ひらいたどあ→いたどひあら→生大戸妃亜來




