8話 〈過去〉あの高校生活①
ある晴れた月曜日。土日の休みもあっと言う間に終わり、また変わり映えのしない学校生活が始まる。
県立富王東高校に通う俺はいつもと変わらず、1年5組の教室へ足を踏む入れた。
「おはよー有馬!」
「うっす」
同じクラスの男友達から声をかけられ、適当に言葉を返す。
俺の行く先はいつもあそこである。
「翔真おはよう」
「あ、有馬くん、おはよー!」
席でスマホを眺めている同級生橘翔真はあどけない声で挨拶を返してくれる。
何度か言葉を交わしていると翔真が仕切りに欠伸をしていることに気付いた。
「随分眠そうだな。昨日何時にログアウトしたんだよ」
「いやぁ……1時くらいには落ちようと思ってたんだけどね」
「ハマりすぎだろ。だから日曜の夜は日が変わるまでに落ちろって言ってんのに」
同じクラスで以前は共通点が何もない俺と翔真だったが、ある時ネットゲーム【アストラルファンタジー】をプレイしていることを互いに知る。
そこから時間があったら協力プレイをするようになり、自然と会話は増え、日常でも親友同士となった。
「有馬くんは逆に早く落ちすぎだよ。稼げる緊急クエストがあるのに~」
「俺は時間を決めてプレイしてるからな」
違いがあるとすれば翔真はわりとネトゲにのめり込んでおり、プレイ時間も非常に長い。
逆に俺はサッカー部やバイトなど日常生活も大事しているのでどちらかというとライトユーザーだ。
もちろん課金はしないし、する余裕もない。
「小遣い全部課金しやがって……羨ましいっての」
「ガチャ引かないともったいないって思ったんだ……」
翔真の家は裕福で、両親も仕事重視の放任主義らしい。
高校生にしては多めの小遣いをもらっているのが羨ましい。俺が何日もバイトして稼がないといけない額を何もしなくても得ることができる。
橘翔真は特別秀でた所のない普通の高校生だ。顔立ちも背丈も普通、勉強も特段できるわけじゃない。ゲーム知識は一級品だが、言えばそれだけだ。
翔真はぼっちキャラであり、俺以外に男の友人はいない。ゲームの世界では数多くいるようだが、現実ではそんなものだ。だが苦にしている様子はない。
まぁ常にまわりに俺とあの子がいるのだから当然だ。
俺はこう見えてサッカー部のレギュラーで成績も上位、言えばクラスカースト上位の人間と言える。
なので他の同級生からなぜぼっちの翔真と仲良くしているのかと聞かれる。
確かにゲームの件だけなら学校で話す必要はないんだが、橘翔真には何か言葉にできない魅力を感じており……、俺は気付けば翔真の側にいる。
そうそれはまるで物語の主人公かのように……。
考えすぎだな。
「それよりコンビニでアスファンでリアルガチャやってたぞ」
「ほんとに!? 今日の帰り寄るよ!」
ゲームのことになると目を輝かせて、本当に子供だな。
そんな子供にはこれをやろう。
ポケットに入っていたアスファンのキャラのキーホルダーを翔真に渡す。
「わぁ!」
「コーヒー買ったら当たったからやるよ。どうせ翔真はコンプするんだろ!」
「ありがとう、有馬くん! でもいいの?」
「俺はコンプできるほどの金はねーからな。コンプしたら見せてくれよ」
コンビニで特定の物を買えばアスファンの景品の福引きをすることができる。
それを見て、思わず特定の商品を買ってしまった。
「有馬くんが【親友】で本当によかった……。ありがとう!」
いつもは買わない種類なんだが、翔真が喜ぶと思って買ってしまった。とことん甘いな俺は。
翔真に親友と言われて、本当に嬉しかったんだと思う。
ただゲームのためだと寝食忘れてやる癖は何とかした方がいい。
そんなネトゲ命の翔真の生活が破綻していないのはきっと……彼女のおかげだろう。
「翔ちゃん!」
教室の扉を開け、談笑している俺達へ近づく、優しげな顔立ちをした1人の女の子。
翔ちゃんと呼ぶその声には怒気と一緒に優しさが込められており、信頼感を感じる。
「あ、碧」
「あ、じゃないよ! また、遅くまでゲームして……今日という今日は叱るんだからね!」
「そんなに長くは……」
「明け方までやってたらしいぜ」
「有馬くん!?」
びっくりした目で俺を見つめる翔真だが、ここは素直に怒られるべきだと思う。
彼女の名は平坂碧。
隣のクラスにいる、翔真の幼馴染だ。
翔真の家の隣に住んでいて、幼稚園からの付き合いだそうだ。
口酸っぱくお説教をする平坂に翔真は泣き言を言うように体を背ける。
気付けば……男性生徒の視線がこちらに来ていた。
視線の先は俺達というよりは平坂だろう。
平坂碧はこの富王東高校の中でトップクラスに人気のある女子だ。
家庭的で優しく、すごく可愛い。彼女に恋をし、告白する男は後を絶たない。
ただし、平坂は一度として首を縦にふらない。
その理由はこの翔真とのやりとりで何となく分かるものだろう。理解してないのはこの鈍感男だけだ。
「平坂も説教はほどほどにしろよ」
「もー有馬くんが甘やかすからだよ」
平坂の言葉に俺は手を振って返すことにする。
後ろ目で平坂に怒られて、縮こまる翔真の姿を見つめて変わらない日常に笑みを浮かべてしまった。
◇◇◇
時は自然と過ぎていき秋の涼しさへと変わっていく。
放課後の部活帰りに俺は忘れ物をしたことを思いだし、教室へと戻る。
1つ1つ教室を通り過ぎていると誰もいないはずの教室で1人、ポツンと座っている女の子がいた。
「平坂、何やってるんだ?」
「あ……」
平坂は俺の姿を見て、遠慮がちに笑みを浮かべた。
何だろうか少し落ち込んでいるようにも見える。
「ごめんね、ぼーっとしていたみたい」
「大丈夫か?」
「私は大丈夫だよ! よくあることだから」
よくあること……。
この時間でその言葉が出るってことは誰かに告白されて、断ったということか。
平坂は優しい子だから良心の呵責を感じているのだろう。
夕日が差し込む教室で平坂は風でなびく栗色の髪をかき分ける。
学年でトップクラスでかわいい女の子がそんな仕草を見せたらどんな男も好きになってしまうだろう。
……話題を変えよう。
「翔真のやつ、またすぐ帰っちまったな」
「そうなんだよ! あれだけ怒ったのに……もう!」
平坂は表情を一変させ、思い出したように怒りを露わにする。
それでいい。俺と平坂の関係は翔真を間に挟んで話すくらいでちょうどいいんだ。
その方が気兼ねなく話せる。
「ご飯を作ってあげてるのにあとちょっとって言って全然2階から降りてこないし、言わなきゃお風呂にも入らないし、おばさんに世話を頼まれてるから……」
「でも、好きなんだろ?」
「うん……ってええええええ!?」
平坂は頷き、少し時を置いて大げさに驚いて見せた。
顔は紅潮し、両手を動かしてごまかそうとする。
平坂碧が翔真を好きなのは初めて会った時から分かっていた。
裕福な家に生まれて、かわいい幼馴染に好かれて、本当にうらやましいやつだ。
「私ってそんなに分かりやすい?」
平坂は両手を頬に当て、動揺しつつもちらちら俺を見る。
「あれだけ世話すりゃ誰だって分かるだろ。分からないのはおまえの幼馴染くらいだ」
「ふわぁ……」
平坂は俺の側まで寄る。
「ぜ、絶対翔ちゃんに言わないでね」
「言わないけど、告白しないのか?」
「今はそれでいいの。翔ちゃんの側にいられるだけで……」
「でも、ネトゲにハマりまくってる今を平坂は良く思っていないんだろ?」
「それは……」
ネトゲにハマったせいで会話も減っているんだろう。
今の翔真にネトゲを止めさせることはできない。なら……。
「平坂も同じネトゲをやってみたらいい。翔真が今、どんな視点でゲームをしているか歩み寄ったらどうだ?」
「私、ゲームなんてほとんどしたことないし……」
「アストラルファンタジーは初心者オススメのゲームだ。PCさえあればすぐにプレイできるさ」
平坂はまだ躊躇している。ネトゲは初めてだと敷居が高いからな。
アスファンは基本無料のゲームだからのめりこまなきゃ課金も必要ない。
ゲームを買う金のない俺も伯父からもらったノートPCで無課金で遊べるのはありがたい。
「俺が教えてやるよ。翔真と遊べるくらいまでは付き合ってやる」
「え?」
「俺も翔真が心配だしな」
平坂の表情が変わり、期待に満ちた視線を向けられる。
「本当!? 有馬くん、ありがとう」
ま、平坂みたいなかわいい女の子と話せるならありなのかもしれないな。
「有馬くんは優しいね!」
この時、平坂に対して胸がときめいてしまったことは今でも覚えている。
過去編の始まりとなるお話です。ここはまだ普通の高校生活だったと思います。
今回の過去はここだけ、再び大学の現代へと戻ります。
有馬雄太の今をお楽しみ下さい。
過去編はこれから何話か分けて進んでいくことになります。
今回は有馬雄太には翔真と平坂碧の2人の友人がいました……。という感じの内容です。