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43話 〈過去〉雨宮楓③

 落ちた。


 私、雨宮楓は浜山大学への受験の後期日程で名誉の敗北をしたのでした。

 片想いの相手、有馬雄太くんはすでに前期日程で合格したと聞いている。


 好きな人と同じ大学へ行きたいと思うのは大学の本分を間違えているのだけど、仕方ないじゃない! 別にやりたいこと何にもないんだもん!

 裕福な家庭で生まれた私は……家事手伝いでいいよなんてことも言われている。

 というより家事が得意すぎて、むしろして欲しいと言われるくらいだ。


 両親は諦めるのも、浪人するのも好きにしたらいいよと言われている。

 長年、有馬くんは学年のアイドルの1人の平坂さんと交際していると思ったけど、実際は違うらしい。

 平坂さんは幼馴染の人が好きなようだ。顔も頭も平凡でどこに好きになる要素があるのか私にはさっぱり分からないけど、有馬くんにその好意がいかないのであればどうでもよかった。


 でも、大学受験に落ちたことで私の初恋が成就する可能性はほぼ無くなった。

 1年変われば有馬くんも彼女が出来ちゃうだろうし……接点もない。終わりだ。


 初恋を完全に諦めた私だったが、中程度の学力で死ぬ気で国公立目指して勉強したこともあり、1浪して浜山大学を目指すことにした。勉強を無駄にしたくなかったこともある。

 それに従姉妹で仲の良い(ひで)ちゃんがいるのも理由の1つだ。


 それから1年後、浜山大学に合格することができた。


 お祝いのパーティが実家で開かれ、秀ちゃんも来てくれた。


「楓、大学もその格好で通うつもりなん?」

「うん、そのつもりだけど、駄目?」

「駄目じゃないけど、花の大学生やで、もっとオシャレせなあかんて」


 小、中、高とおしゃれと無縁だった私は友達もおらず、ずっと1人だった。

 誰かと遊ぶことに興味が湧かず正直1人でいることが気楽だった。

 でも、見聞を広めるという意味ではいろんなことを知っておいた方がいい。


 外見から変えれば何か変わるのかな。喋れるようになるのかな。

 弟は今高2だけど、ものすごいモテてるって言ってたし……。

 初恋を諦めた私は大学進学を機会にイメージチェンジした。


「私、やってみるよ! あ、ジュースもらうね」


 私はテーブルに置かれていたジュースをぐいっと一気に飲み干した。


「楓、それウチが持ってきたテキーラやで」



 ◇◇◇



 そして大学1年の夏が始まり、私は元の地味の女になっていた。

 秀ちゃんに教えてもらった技で容姿を変えてみたら男性にものすごく話しかけられるようになったが、口ベタ内気の私が喋りまで変えられるわけもなく、結局逃げることになってしまう。

 何で服装のイメージチェンジしたら喋られるようになると思ってしまったんだろう。

 ぐいぐいくる男の子が怖くて私は小、中、高、大と変わらない姿となっていた。

 

 友達もできず、1人で過ごす大学生活。勉学に集中できるという点では大きいけど……やっぱり寂しいよね。

 

 卒業後に知ったテキーラ飲酒による声出しも当然大学内で飲めるはずもなく、やっぱり駄目だなと感じる。


 そんな時だった。


「バイトの代替ですか。……いいですよ」


 私の目の前に現れたのは背が高くて、髪を短く刈り上げた男の人。

 忘れるはずもない……初恋の人、有馬くんだった。

 同じ学部で同じ学科だ。何で今まで出会わなかったんだろう。

 そうだ。元々私はあの人にハンカチを返すためにこの大学を受けたんだ。今度こそ……。


 でも1学年違うこともあり、接点などあるはずもなかった。


「……有馬くん変わったな」


 高校生の時は覇気に溢れていたけど、今はどちらかというと死んだ目をしている感じがする。


 持ち前の追跡技術で有馬くんのことを調べ上げた。


 理由は分からないけど、どうやら人を避けているらしい。彼女もいないようだ。


 あと有馬くんが1年の授業の朝によく通っていた喫茶店にも通うことにする。マスターが口ベタな私にでも変わらず接してくれて助かった。

 通学は車を使っているみたい。惜しくもその先は追えなかったためバイト先や住んでいる所は分からなかった。


 やっぱり私、ストーカーしてるときが一番生き生きしているような気がする……。


 一番出会う可能性があるのは大学内なんだけど、結局私は出会っても有馬くんと話ができない。


 話をするためにはテキーラを使わないといけない。

 そのためには外で有馬くんに出合わなければならないのだ。

 大学からの帰り道で待ち伏せるのは教授や学生の目があるので好ましくない。


 でもね。


 本当に彼を物にする気があるのなら守衛前でテキーラ飲んでて待ってればいい話なんだ。

 でも結局は私は弱いまま……情報だけは集めて、あと一歩の所で怖じけついてしまう。


「出会う可能性があるとすれば……浜山大学最寄り駅の近くで一番大きなこの書店」


 何となく10月のこの日に会えるような気がしたんだ。

 だから私は髪を整え、メガネを外し、メイクをして、秀ちゃん直伝のコーディネイトをする。


 そして例の書店で有馬くんを見つけた!

 新刊コーナーで何かを探して唸っている。


 っとと、今は有馬くんじゃなくて有馬先輩だ。

 ちゃんと先輩って呼ばないと。


 格好もしっかりしている。テキーラもある。ハンカチもある。

 勝負をかけるなら今日しかない。


 でも……やっぱり一歩が進めない。


「……あれ……なんで……いない」


 気付けば先輩は新刊コーナーから姿を消していた。

 背伸びしながら探してみるが人が多くて見つからない。

 というかこの入口は人が多くて中が分からない。


「すみません」

「ひゃい!」


 突如話かけられて、心臓が飛び出てしまうかのように心が騒いでいる。

 この声聞き覚えがあった……。

 テキーラを飲む時間は……無い。

 私は恐る恐る声をかけられた方を見る。


「落としましたよ。あなたのですよね?」

「……あ……あぁ……っ!」


 目の前に突如現れた初恋の人。

 結局この時は逃げ出してしまったけど、大学に入って初めての出会いだった。

 

 もしかしたらまたすぐ会えるかもしれない。私はすぐさまテキーラを仕込めるようにシミュレーションをしていた。

 

 そして次の日の朝、初恋の人に話かけられたのだ。


 私はこの時から初恋の人にまた恋をすることになる。


 ……先輩に会えて本当によかった。

 有馬くんをあの時、好きになれて本当によかった。


 今の私はとても幸せです。

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