40話 本当の気持ち
「先輩にお話ししたいことがあります」
雨宮を抱き寄せ、俺の頭の中は後悔と申し訳なさで支配されていた。
結局は言われっぱなしで、雨宮に助けてもらうなんて……俺は本当に情けない。
「いつも助けてもらってばかりで……」
「なに、言ってるですか。これは先輩にいっぱい助けてもらった私の恩返しなのです」
「え……?」
「先輩と初めて出会ったのは高1の頃、体調不良だった私が電車の中で体調不良で吐いてしまった時に助けてくれたんです。覚えてます?」
「……それは……」
必死に記憶を揺さぶるが思い出せない。
外で体調不良で倒れた子なんて人生で何度か見てきた。校内校外を含めたら……関わった数はかなり多い。その中の一つを思い出すのは無理だった。
「ふふ、そうだと思いました。覚えてないってことはそれだけたくさんの人を救ってきたってことですよ。私のは些細な1件なんだと思います」
「買いかぶりすぎだよ」
「あとは先輩に【空目指】が面白いことを教えたのが私ですよ」
「え、あ……もしかしてあの本屋にいた子」
「やった~。少しだけ思い出してくれた」
「……今とまったくイメージが違うな」
雨宮は青色のハンカチを取り出す。
「このハンカチを返したくて高校時代、ずっとストーカーしてました」
確かに高校時代で使っていたものだ。そうか、雨宮が持っていたのか。
「声かけてくれれば……って当時は無理か」
「はい。それが出来たら口ベタ特訓なんてしませんから」
テキーラを覚えたのは多分、高校終わってからだもんな。
声をかけられずもじもじしている所を想像できる。
「沼座が嘘ってことはやはり富王市に住んでたんだな。高校3年間一緒だったとは全然分からなかった」
「まぁ隠してましたからね。クラスも一緒になったことないから面識もないし……。秀ちゃんや富田先輩にも黙ってもらいました」
「じゃあ本当はどこに住んでるんだよ」
「……223号線をまっすぐ進んだ先の見晴らしのいい丘陵地帯です」
「市一番の高級住宅街があるとこじゃねぇか。ま、そうだよなぁ」
雨宮の金銭感覚を考えたら妥当な所だと思った。
雨宮は話を続ける。
「卒業アルバムにはちゃんと載ってるんですよ。見てみてください」
「……ああ」
そうか……高校一緒だってことは卒業も一緒だったんだ。
大学からの付き合いだと思っていたのに……高校から俺を知ってくれていたんだな。
雨宮は立ち上がり、俺の側から少し離れていく。
そして何度も何度も深呼吸をしていく。
「先輩」
雨宮は手を胸にあてた。
次に大きく口を明けた。
「好きです。私、雨宮楓は……あなたのことが……好きです!」
「あ……」
「高校の時、まるで王子様で輝いていた【有馬くん】が好きです」
「大学の時、孤高だけど、みんなのために手を貸してくれる優しい【先輩】が好きです」
「大好きです!」
その大きな言葉で雨宮は告白し、俺の胸にこみ上げるものを感じる。
それはトラウマによる嘔吐でもなく、真に感じる嬉しさ。
ーー好きな人に大きな声で好きって言いたいーー
そう言っていた雨宮の想いが伝わったから。
「先輩は高校生活を捨てたいって言ってましたけど、それは嘘です。捨てることはできないんですよね……。だって楽しかったのは事実なんですから」
「っ!」
「捨てる必要なんてないんです。楽しかった思い出はずっと心に残していいんです。後につらいことが待ち受けてたとしても……そこは胸を張ってもいい。私もいますよ。その先輩の楽しかった高校生活を私は側で見ていたんですから」
「あ……」
「先輩の高校生活を捨てないでください」
雨宮の優しい言葉に涙を流していた。
その事実に気付かされて、俺は久しく流していない涙をボロボロと地に落とし始めた。
「ずっと……さぁ」
「はい……」
「寂しかったんだよ……。あんなに楽しかったのに、嬉しいことばかりだったはずなのに無かったことにされたのが嫌で嫌でたまらなかった」
「サークルでも飲み会でもバイト先でもやっぱりみんな高校生活は最高だって言うんだよ。親友とバカやって笑い合ったって」
「俺にもあったんだ。あいつらといた高校生活は最高だったと今でも思う。でもそう思っていたのは俺だけで、俺の高校生活は俺以外は誰も知らなかったんだ」
「俺は知っているのにあいつらの高校生活に俺はいない。記憶を持っていたはずなのにそれは嘘なんだって突き付けられてるようだった。だから俺の存在はなんだったんだろうって。無価値なんだろうって。そんなの嫌だ。寂しいよ……」
「俺以外誰も覚えてないなら消してしまったらいい。でも……俺の今はあの高校生活があったから存在するんだ。消したい……でも消せない。1人でその想いを抱き続けるのはとてもつらかった」
「でも……雨宮は見てくれていたんだ。雨宮の高校生活には俺がいたんだ……雨宮の中には俺がいた」
「はい、いましたよ。私の胸の中には常に有馬くんがいたんです。私の希望だったんです」
「そうか……だったら捨てなくていいんだな。誰か1人でも俺を見てくれていたんなら……先はどうあれ、高校生活は楽しかった。そう大きな声で言える」
雨宮の手を取り、もう一度引っ張って自分の胸に彼女を引き寄せる。
俺を想ってくれる雨宮の存在が嬉しくて、俺は彼女を強く抱きしめた。
「雨宮……ありがとう」
「どういたしまして……」
雨宮も俺の胸の中で泣く。
俺達の抱えたわだかまりは全てほぼ解消できたのだ。
いや、もう1つだけあった。そこは俺が……何とかしないといけない。
決着をつける。




