37話 〈過去〉あの高校生活【真の仲間】
浜山大学に進学した俺を待っていたのは忙しすぎる日常だった。
裕福ではない家庭で、親に無理を言って一人暮らしをさせてもらっているため、学業にバイトにサークル活動ともはや何の余力も残らない状況が続いていた。
ノートパソコンを今の家に持っていけなかったため、すっかりアスファンにもログインをしなくなり、時々ゲームが恋しくなることはある。
夏休みに入る頃くらいにメッセージを送ったら翔真や平坂、水野は返事をしてくれたため、あいつらと会えない日々も寂しくはなかった。
秋頃からまた忙しくなり、気付けば……12月末になっていた。
帰省で実家に帰った俺は久しぶりにノートパソコンの電源を入れた。
実を言うと秋に入ってからあの3人に連絡を取っていなかったので、久しぶりにログインして驚かせてやろうかと思っていたんだ。
俺はスマホの表紙画像に……卒業式で4人で取った写真を表示させる。
みんな元気にしているだろうか。
翔真は相変わらずゲームばっかしてるんだろうな。
水野はゲーム以外は不器用な奴だったから、意外にとんちんかんなことやってそうだ。
平坂は……幸せでいるといいな。
ほぼ毎日ログインしている翔真が大晦日にプレイしていないわけがないと思い、さっそく4月ぶりにログインをした。
しかし、今日は珍しく3人ともログインはしておらず、拍子抜けしてしまうことになる。
たまに一緒にプレイをしていたフレンドを見つけたので話を聞いてみる。
「ああ、あの3人なら【トライアングル・クエスト】の方に行ったよー」
「そうなのか?」
「うん、7月くらいにはあっちに移動しちゃったよ」
トラクエ。この6月に始まったばかりの新しいネットゲームだ。
アスファンを止めてそっちのゲームに行ってしまったのか。
夏前に連絡した時はそんなこと1ミリも言ってなかったぞ。
何だか気持ちがどっと抜け、パソコンで各サイトを巡回する。
その時……SNSサイトのタイムラインをぼーっと見ていたら翔真のアカウントらしきものを見つかった。
「え……」
そこには翔真、水野、平坂の3人で撮る写真がずらっと並んでいた。
山へ行った写真、ゲームショーへ行った写真、海へ行った写真。
俺はそんなシーンを知らない。高校時代の写真であれば必ず俺も同行していたからだ。
そして気になる写真リストがあった。
【ゴールデンウィーク、遅くなったけど高校の卒業旅行に行ってきました】
そこには翔真や水野、平坂だけではない。
3年の時に仲良くなった先生や後輩の姿もあった。
当然、俺の姿はない。
あの2人が誘われて、どうして俺が誘われてないんだろう。
写真には中央に翔真がいて、まわりを女達が囲んでいる。
それはまさしく翔真を中心としたハーレムを形成しているかのようだった。
何だよ、これ……。何なんだよいったい。
確かに忙しかった。……でも全部の日が忙しかったわけじゃない。
GWにこういう旅行を計画しているから……良かったら一緒に行かないかって聞いてくれれば調整したし、無理だったとしても写真で共有したりしたかった。
あれだけ高校生活一緒に過ごしたというのに……これらの旅行に1度として俺に連絡は無かった。
夏になる前に何度かメッセージを送った時に……こんなこと何も話してくれなかったじゃないか。
そういえば高校の時も遊びに行く時は全部俺から誘っていたような気がする。
つまり……俺から誘わなければ、あの3人は俺を誘う気はないということなんだろうか。
そういえばあんなに一緒にいたのに……。
一度として俺のバイト先に遊びに来てくれたことも。
一度として俺の部活の試合を見に来てくれたこともなかった。
翔真が風邪を引いた時、女達の買い出しに付き合わされた時も……俺には何も礼はなかった。
そもそも俺が風邪を引いた時はただメッセージを送るだけで何もしてくれたことはなかったよな。
水野が他校の男子に囲まれた時も褒められたのは連れ出して逃げた翔真だけで、男の相手をし、殴られて、停学になった俺に労りの言葉は何一つなかった。
翔真が水野の実家に行った時に渡したお金は……未だに戻ってこない。バイトで生活費を捻出することも難しい俺に……今も自由に遊んでいるあいつらは何だろうか。
平坂はずっと私の友達でいてって言ってたじゃないか。この1年。少しの疑問を感じなかったんだろうか。
なぁ、翔真。自分が困った時だけ連絡して、それ以外は俺に連絡してくれないのか?
俺はあいつらが困った時にできる限り助けになったつもりだ……。
でもあいつらは俺が困った時……何もしてくれない。
「駄目だ……。こんなこと考えちゃ駄目だ。あいつらと過ごした3年の絆を信じないでどうする。そう……たまたまだ。たまたま悪いことが重なっただけだ!」
翔真のアカウントのSNSのコメントで何かのファイルが貼り付けられていた。
第4回アストラルファンタジーの公式イベントのレポートだった。
そのレポートをクリックするとイベントの決勝戦の詳細がそこには書かれていた。
3人一組となって、クエストに挑み、その時間を競う。
その優勝チームのリーダーのプレイヤー名が【エリー】【ショウ】【ミリー】
そう……そのレポートには水野と翔真と平坂のプレイヤーキャラの姿があった。
3人に対してインタビューがされ、そのコメントが書かれていた。
インタビュアー「みなさんはどのようにして集まったのですか」
ミリー「同じ学校の同級生です」
ショウ「アスファンをプレイしているというのが共通点ですね」
インタビュアー「みなさんはゲームは得意な方ですか?」
エリー「私はソロでよくやっていました」
ミリー「私はまったくゲームが出来なくてアスファンもショウが教えてくれたんです」
インタビュアー「そうでしたか、いつも3人でプレイされているのですか?」
エリー「はい。フレンドは他にもいましたけど、高校が終わったら基本3人で遊ぶことが多かったですね」
ショウ「風邪を引いた時も旅行に行く時もエリーやミリーにも苦労かけっぱなしでした」
インタビュアー「高校生だったらプライベートや学業も大変だったでしょう。そこは両立できましたか?」
ミリー「はい、困ったことはいつもエリーやショウに相談していましたので」
エリー「ショウやミリーにはゲームやリアル、どちらもお世話になっています」
ショウ「2人がいなかったら僕の高校生活は崩壊していたかもしれません」
インタビュアー「では最後に優勝したことをいの一番に報告したい方はいますか? 例えばみなさんの共通の知り合いとか」
エリー「特にないです」
ミリー「いたかなぁ。あ、じゃあ……生意気だけど心優しい後輩とか、ドジだけど一生懸命な先生とかですね!」
ショウ「あの2人はね……。でも、やっぱり僕達は3人で最強最高のグループなんですよ。だから僕達3人の絆に入れる人なんていない。
そう。
僕達3人が【真の仲間】なんです」
インタビュアー「あはは、ユニークな知り合いが多いですね。それでは次は」
「は……なんだこれ」
その資料には3人の仲の良さというものがこれでもかと言うほど書かれていた。
そこには俺のことは1つとして書かれてない。
あいつらの高校生活に俺はいなかったというのか?
もしかして……。
あの3人にとって……俺の存在はどうでもよかったのか?
高校3年間……あれだけ一緒にいて、翔真にも平坂にも水野にもあれだけ相談に乗って手助けをしたのに、何一つとして感じていなかったというのか。
気付けば日は変わって、年は明けてしまっていた。
未だに信じられないワードの数々に……涙すら出てくる。
これは俺が望んだことなのだろうか。
平坂が好きで、3年間想い続けて翔真と結ばれて欲しかった。
平坂が翔真を想う気持ちが大好きだったんだ。
なのに俺はもう見ることができない。
俺はもう……存在を無かったことにされてしまったのだから。
翔真、水野、平坂の3人だけでこの先は進んでいくと……あいつらは決めたんだ。
俺はその中に入ることはできなかった。
多分、平坂が翔真に釣り合う女性になったことで俺の存在意義は無くなってしまったんだ。
俺の高校生活はなんだった。
好きな気持ちを胸にしまったまま……あの3人の手足となって道化となってしまった。
ただ一つ思ったのは親友と思っていた翔真は……親友と思ってくれていなかったということだけだ。
こんなのあんまりだ。
こんなバカな話があるか……。
俺は翔真を主人公とする物語の使い捨てキャラだったと言いたいのか。
高校生活という役割を終えてしまったから……無惨に捨てられてしまったんだ。
真の仲間に相応しくなかった。
あの充実したと思っていた3年間は……無意味なものだったのか。
そして1枚の写真が翔真のアカウントにアップされる。
最後の望みを託し、その1枚を見る。
そこに映っていた写真を見て、すぐ下のあるコメントを呼んだ。
『明けましておめでとう! 今年もよろしく! 仲良し3人組で初詣です! 3人ずっと一緒だよ!』
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
気付けば……俺は親の制止を振り切って、車を走らせ浜山市に戻ってきていた。
あいつらと同じ街にいたくなかった。胸が張り裂けそうだ。
「あ、有馬くん」
気付けば近くの駅前の歓楽街に来ていた。
「……久山」
違う学科だが同期生の久山だ。同じサッカーサークルで先日まで一緒にゲームをやっていた。
人懐っこくて優しくて、まるで……翔真のよう……。
「そいつ誰だよ」
久山の後ろには数人見知らぬ男達がいる。
確か久山は地元がここだと言っていた。おそらく久山の中学か、高校の同級生だろう。
「えっとね……」
久山は……そのワードを口走った。
「同じサークルの……仲間、いや親友かな」
その瞬間……翔真が頭に浮かぶ。
"有馬くんはずっと親友だよ!"
その笑顔が悔しくて、胃から喉に向け……こみ上げるそれを正月の夜に吐き出すことになった。
「うぇっ! う゛ぇろろろろ」
「有馬くん!?」
それから俺は友達というワードがトラウマとなり、嫌な思い出がフラッシュバックすることになった。
そして俺は全ての交友関係を捨てた。
◇◇◇
「雨宮のやつ許せないって泣いてたな」
お参りを終え、両親が迎えに来てくれると言っていた雨宮と別れて、俺は愛車で実家へと帰っていた。
眠れぬまま呆然と外へ出て、正月の朝の道を歩いて行く。
まだ話すのは早かったかもしれない。
付き合って早々、彼女を泣かすなんて……最悪だ。
でも……雨宮はこんなことも言っていた。
『私も先輩に隠していることがあります……。浜山に帰ったらお話したいです』
隠しているのはお互い様か……。
正直な所、あいつらが俺の友情を裏切った……そう思っていたが、この2か月で雨宮、小笠原、富田と話して少し気持ちが変わった所がある。
あいつらを許せないけど、俺自身も悪い。
もうちょっと密に連絡を取っていればこんなことにはならなかったかもしれない。
平坂に告白をして、思いを伝えていればこんなことにはならなかったかもしれない。
だからはもう過去に囚われるのはやめよう。
否定的に考えれば考えるほどドツボにハマってしまう。
肯定的に考えることはできないから……忘れてしまいたい。
高校時代にあったことは忘れて、大学時代である今を生きよう。
俺には富田や小笠原という親友がいる。
そして何より大切にしたい雨宮という恋人もいる。
それでいいじゃないか。楽しい生活で日常を満たせば過去なんてなんてことはなくなる。
気付けば……高校時代に通っていたコンビニに来ていた。
本当にこのコンビニはお世話になったな……。
100円のコーヒーを何度購入したやら……今の貧しい生活を考えればとてもできるものではないが。
コンビニに入って、店員さんに声をかけ、あの頃のように100円コーヒーを購入する。
1月1日の寒空によく合うホットコーヒーを手に、側の車留めポールに腰かける。
「もう20歳になったんだから……これはやめよう」
ポールに座るのは止めて、立ち上がってまったりとコーヒーを飲む。
いつ浜山に帰るか……。実際、やることなんてない。親戚付き合いは2日にやるから、2日の夜には帰ろうか。
来年も再来年もバイトが入ったってことにして実家に帰るのは止めよう。
今日はこの街の……最後のコーヒーだ。
「あれ?」
そう、そんな風に思っていた。
「もしかして有馬くん?」
その思い当たる声に忘れようと思った記憶の全てが再び蘇る。
なんで、なんでだよ。
どうしてこのタイミングで……おまえが現れるんだ。
「久しぶりだね」
その姿は2年程度では変わらない。
肩まで伸びた艶のある栗色の髪に、愛くるしい顔立ち、誰もが心優しい彼女に好意を寄せ、幸せを運んできた。
それは俺も同じだった。
「……平坂」
初恋の人、平坂碧が現れた。




