35話 〈過去〉あの高校生活⑤
それから俺が翔真に掛け合って、水野と平坂の4人パーティでプレイすることが増えてきた。
始めはソロ活動がメインの水野だが、引っ込み思案なだけで意外にパーティプレイに抵抗はなかった。
そのおかげで俺や平坂のことも受け入れてくれた。
やはり話してみないと分からないものだな……。
平坂と水野は同性ということもあり……現実でも会話する機会が増えているように見えた。
また放課後、平坂と話す機会を得る。
「水野と話せているみたいだな」
平坂は頷く。
「エリスちゃんすごく良い子だよ! 今度2人で遊びにいくんだ!」
「良かったじゃないか」
これは想定以上の結果だった。平坂が水野に声をかけたことで、逆に水野が平坂に懐いてしまったのだ。
壁を作っていただけで本当は同性の友人が欲しかったのかもしれない。
「翔ちゃんのことではライバルになっちゃたけど……。エリスちゃんを嫌いにはなれないね」
それが平坂碧の優しさでもあり、弱点でもある。
翔真にも水野にも……そして俺にも良い顔をする。
本当の幸せはそこではないんだ。現状維持じゃ何も進まない。
それを言うかどうか……迷うな。
「今、凄く楽しいよ。有馬くんともエリスちゃんとも仲良くなれた。本当に翔ちゃんのおかげだね!」
翔ちゃんのおかげ……か。
俺と仲良くなったのも、水野と仲良くなったのも翔真を介してだから間違ってはいない。
だけど……釈然としない気持ちはある。
いや、いい。俺の気持ちは伝える必要なんてない。
現状維持のままにするかどうかは平坂が決めることだ。
俺はただ頼られたら助けてあげればいい。
「ねぇ、有馬くん。ゲーム合宿なんて行ったら楽しいよね!」
アスファンのプレイ時のボイスチャットで翔真からそんな話題が出てくる。
水野に平坂、各々の意見がボイスとして表れる。
「じゃあ、行くか」
「おお!」
俺はネットが繋がりつつ、4人で泊まれる旅館を探す。
夏休みを満喫できるように海沿いで、良いロケーションの場所を探した。
そして夏休みが始まり、俺達4人は旅行先の浜辺へ足を運んだ。
「2人ともすっごく似合ってるよ~」
「ありがとうございます」
「えへへ、ありがとう翔ちゃん」
翔真に水着の良さを褒められ、水野も平坂も顔を赤くする。
「ったく女ったらしかぁ、おまえは!」
「えーそんなことないよ!」
昼間の浜辺で俺達は泳いで、騒いで楽しく遊んだ。
ゲームの中だけでは体験できない。現実の遊を満喫できた。
「有馬くん、はいどうぞ」
「お、おおすまん」
平坂にこの浜辺の名物のトロピカルドリンクをもらい、隣に座る。
太陽が平坂の栗色の髪を照らし、その白のビキニが可愛く、直視できない。
さっきもナンパされてたもんな……。やっぱり平坂はどの男から見ても魅力的だと感じる。
「ねぇ……有馬くん」
「ん?」
「お願いがあるんだ。夜にね」
その平坂のお願いを聞かされ、俺の胸中は少し複雑となる。
複雑になるのもおかしな話だ。俺は平坂を盛り立ててやらねばと気持ちを入れ替えた。
そんな俺をじっと見る……黒のワンピースタイプの水着の……超絶的な美少女。
「なんだよ、水野」
「いえ、何でもないですよ。有馬さん」
その見透かした異国の瞳に俺はどう映ったのやら……。
◇◇◇
「翔ちゃん……」
「碧? どうしたの?」
「ちょっと歩かない?」
翔真と平坂は夜の砂浜をゆっくりと並んで歩いて行く。
これがお昼にお願いされたことだ。
翔真と2人きりで歩きたいという平坂の願いをフォローしてやった。
平坂のやつ……嬉しそうだな。旅行が始まるまでに焚きつけておいてよかった。
これで少し進展するならいいな。
あとは2人に任せて部屋に戻ることにしよう。
「有馬さん」
急に後ろから声をかけられ、ドキリとする。
ゆっくりと振り向くと満月をバックにさきほどの超絶美少女が佇んでいた。
ダークブロンドの髪が海風に揺れ、夜だというのに輝いているように強調していく。
「水野」
「……碧ちゃんに告白しないんですか?」
その言葉に心臓が鳴り響き、血圧が一気に上昇したような感覚に陥る。
やはりバレている。鈍感な翔真や平坂はともかく、水野にはやはりバレていたか。
このような質問をするということはそういうことなんだろうな。
「つまり俺と平坂が付き合えば翔真を独占できるってことか?」
「え、その……ち、違います!」
水野は後ずさりうろたえ始めた。
しまった……。言葉が強すぎたのかもしれない。
だけど、本当にそれを考えているなら水野の評価を改めなければならない。
「私は……碧ちゃんが好きです。転校してきて、1人ぼっちだった私にアスファンを通じて声をかけてくれました」
それを指示したのは俺だけどな。
ただ、それをきっかけで水野と平坂が仲良くなったのは事実だ。
そこは平坂がどんな人にも分け隔てなく優しい女の子だったことが大きい。
「碧ちゃんから翔真さんを盗ろうとした私は嫌われてもおかしくないのに……本当に素晴らしい友達です」
「……それを俺に言うってことは水野はやっぱり翔真のこと」
「はい……好きです」
頬を赤くさせ、小さく好意を声に出す仕草は非常に美しい。恋愛感情をその子に抱いていなかったとしても恋をしてしまいそうだ。
「私、前の学校でいじめられていたんです。だけど、この学校に来て翔真さんが声をかけてくれて……アスファンでもすごいって言ってくれて、大好きになってしまいました」
「そうか……」
「だけど、碧ちゃんのことを考えると……好きって言えなくて……。でも有馬さんが碧ちゃんと付き合うことが出来れば」
「無理だ。平坂は俺を見ていない。それは水野にも分かるだろう」
「でも有馬さんは凄く優しいから。翔真さんにも碧ちゃんにも信頼されて本当にすごいって思うんです」
そうやって褒められると悪い気はしない。
確かに4人で男女2人ずつ……。このまま良い関係になれたら大人になっても続けることはできるかもしれない。
だけど……。
「俺が好きなのは翔真のことが好きな平坂なんだよ」
「つらくないんですか?」
「つらくないよ」
俺は嘘をついた。
でも翔真に向けるあの笑顔を見てしまうと……好意を奪うことができないんだ。
もし例え一時的な感情で平坂を手に入れたとして、翔真と過ごした思い出を簡単に破棄できるものだろうか……。
結果的に本当の愛を思い出されて、4人全員に対して悪い未来になるんじゃないかと思ってしまう。
居心地の悪さに俺も水野も言葉を失うことになる。
俺は基本的に平坂の味方だが水野に対して悪感情を抱いているわけではない。
だから……。
「9月5日が翔真の誕生日だ」
「え?」
「それぐらいはいいだろ。俺は平坂に肩入れしているからそんなに助けてやれねーけどな」
水野は手を背に微笑んでみせた。
「碧ちゃんの言うとおり有馬さんはとても優しくて良い人ですね」
「……ふん。まっ、それで俺に惚れてしまっても何もしてやれんけどな」
「あ、それは絶対ないので大丈夫です」
「意外に辛辣だな……」
「ふふふ」
これをきっかけに水野とも仲良くなるのは皮肉なものだ。
それから秋に入り、高校3年生で受験期の俺達のまわりはさらに忙しくなった。
また風邪を引いた翔真のために平坂と水野が2人揃って看病するって言い出す。
料理勝負するってことでなぜか俺が食材の買い出しに行かされて、目当ての食材が売り切れていて、何件もはしごさせられた。
文化祭では他校の男子に目をつけられた水野が危ない目にあって、翔真が水野を連れて何とか抜け出し、俺が他校の男子を相手にしたこともあった。
その後は何か知らんがアスファンやっている1年の後輩がひょんなことで翔真を好きになって、これに平坂と水野がぶち切れていた。
1年生の女の子がまた可愛く、翔真以外の男子に塩対応だったのが印象的だった。
あとは翔真の遠い親戚の若くて美人の教育実習生が来て、翔真の私生活を嘆いて、家事全般をやるって言い出した時も騒動だった。
いつのまにか翔真のまわりに女が集まり、訳が分からないハーレムを形成しているなと遠目から見ていた。
でもこんなイベントも楽しくて楽しくてしかたなかった。
変に巻き込まれて、不幸になることもあったけど、みんな笑い合って……楽しい高校3年の毎日だったのだ。
その中で一番大変だったのは……あの事件だろう。




