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32話 初詣をキミと過ごす 

 30日夜には地元へ戻り、実家に帰って寝ればいつのまにか31日になっていた。

 実家の大掃除や正月の準備を手伝い、あっという間に夜になる。


 実家の俺の部屋は高校卒業からそのままとなり、伯父からもらったノートパソコンもまったく開かれないままとなっていた。

 高校の時はずっとあのパソコンで【アスファン】をやっていたが大学進学を経て、止めてしまうことになる。

 あのオンボロアパートにネット回線がつけられるわけないしそもそも料金払っている余裕などない。


 そう思うと実家通いというのも選択肢としてありだったんだけど……、死ぬ気でバイトするから一人暮らしさせて欲しいと頼みこんだのはもはや懐かしい記憶だ。


 結果的にはかわいい彼女が出来たんだから万歳だろう。


 父、母、兄弟に適当に会話し、22時過ぎには家を出て行く。

 1月1日年始早々の浅賀神社は非常に人が多い。

 駐車場も考えて駐めなければ往生する可能性もある。

 幸い、父の知り合いが浅賀神社から歩いて15分ほどの所にあるらしく駐めさせてもらうことになった。


 始めは沼座の雨宮の家まで行って、迎えに行く話をしたのだが、雨宮からは断固拒否をされて、現地集合という形となる。

 あの断り方……雨宮は何かを隠しているのだろうなと思う。

 実は金持ちではないとか? でも見栄であのマンションには住めないよな。むしろ超大金持ちだったりするのかもしれん。


 正直なんでもいい。雨宮に隠していることがあるのは俺も同じだ。

 でも、本当に恋人になるのであれば……俺の高校時代の話もしないといけないな。


 待ち合わせ場所である最も南に位置する鳥居の前へ行く。

 時刻はいつのまにか日を超える直前となっていた。

 拝殿の方から年越しのカウントダウンを騒ぐ声が聞こえる。

 相当な数の人があの場にいるんだろう。


 雨宮も両親に送ってもらうと連絡があったがちゃんと来ているだろうか。

 この人数だ。スマホの電波も良くはない。何とか……見つけ。


 俺は勘違いしていた。

 これだけの数の中、1人の女の子を見つけ出すなど無理だと思っていたんだ。

 でも、それこそが愚かな考えだ。

 俺がこれから会う女の子はこの中の誰よりも輝いていたんだ。

 だからすぐに分かった。


「雨宮……」

「あ、先輩……明けまして……ってまだですよね。えへへ」


 言葉に形容できないその美しさに俺は何度も何度もまばたきをした。

 その姿を見た瞬間、俺は雨宮と出会えてよかった。この雨宮に想いを寄せてしまってんだと感じ取ることができた。


「その……その……何というか、綺麗だよ」

「っ! な、何か先輩に言われると何か照れてしまいますね」


 雨宮が着ていた振袖は赤を基調としていた。赤と共に上手く装飾された日本一の山、富王山の柄が鮮やかに描かれていた。

 (つごもり)色の髪はしっかりと結われていて、花の装飾が美しさを際立たせている。

 昨日の朝までほぼ毎日会っていたというのに……この変わりようは何と言えばいいのか。

 朝起きの雨宮も見惚れるほど美しいが、この振袖の雨宮はより人の目を意識した容姿をしていた。

 しっかりとメイクもされて大人びた容姿に思わず唾を飲み込む音が聞こえる。


 俺は振袖のことはよく分からないからこれ以上の評価はできないが、恐らく相当にお高い振袖なんだろうなと思う。


「そんな高そうなの着て大丈夫なのか? 結構人もいるし、汚したりしたら……」

「大丈夫です。汚れてもいいって母から言われたので飛び跳ねたりだってできますよ!」


「あの子の振袖すっごく素敵……あんた詳しいんでしょ。いくらぐらいすんの?」

「あの規模だったら7,80万くらいするんじゃない?」


 何か今、俺が1年ガチで働いて稼いだレベルの額を言われる。

 それが汚していいレベルなの? もっと格式のいい場だったらどんな振袖着てくるつもりだよ。


「何かここ、注目を浴びますね。なんでだろ」


 相変わらず自分の容姿の良さを自覚していない。

 まぁ……鏡でも使わないと自分の顔は見れないから当然か。

 スマホで雨宮を撮ろうとするやつまで出てきやがった。


「ほらっ、行くぞ」


「あっ」


 雨宮の手を取り、拝殿の方へ向かって歩き出す。

 振袖だったら多分草履か。雨宮が転ばないように十分気をつけてこの場を離れた。


 走っている内に年は明けてしまう。

 人が詰めかけている拝殿にはまだ入らず、人の少ない所を探し出す。

 これから1時間は初詣のお参りで人の動きが激しいだろう。

 でも谷間の時間はあるはずだ。そのタイミングでお参りをすることにしよう。


 人の少ない所を見つけたので、そこへ行き息を整えた。


「明けましておめでとうございます。先輩」


 笑顔で挨拶をされドキリとする。


「あ、ああ。明けましておめでとう」


 着飾った雨宮の美しいことたまらない。

 何度もちらりと見惚れてしまう。


「ちょっと袖を直したいので手をいいですか?」

「手? おおっ!」


 雨宮の白い手のひらをずっと掴んでいたことに今気付く。

 ばっと慌てて外してしまった。

 俺はたかが手を繋ぐことだけにここまで緊張してしまうのだろうか。

 中学生みたいな恋愛経験だな……まったく。


 雨宮は俺の握った手をぼんやり、頬を染めて見つめている。

 嬉しいのか、不快だったのか正直分からない。


 深夜の寒風が吹き付ける。


「せんぱ~い! どうですか、振袖」

「え!? さっき言ったじゃないか」

「よく聞こえませんでした」


 人がいない場所へ移動したためか雨宮が二人きりの時に見せるような仕草で甘えてくる。

 舞うように袖を動かし、見せつけてきた。

 普段の姿なら慣れてしまっているが、振袖という美しい鎧を着てしまうと別段違った風にも見える。


 落ち着こう。ここは年長者としてうろたえた姿を見せるのはよくない。


「良く似合っている。見事なもんだ。注目を浴びるのも当然だな。着付けはやってもらうのか?」

「そうですね。まだ1人ではできないのでお手伝いさんにお願いしました」


「メイクといい、随分はりきったみたいだな」

「えーと、先輩と2人で行くって言ったら……可愛くするって言われて……」


 おぅ、かわいい。

 そんなことを口に出せるわけもなく口を緩ませないように手で隠す。


 よし、今がチャンスだ。ここではっきりさせておこう。


「雨宮、その……年末帰る時言ってたよな。先輩の彼女に見えるように着飾るって」

「ほわっ!? そんなの言いましたっけ」

「言った」

「……」


 その沈黙は肯定といって良さそうだ。

 先ほどまでの余裕な顔つきから頬赤く染めて、照れが入っている。


 ぐいっと雨宮に顔を近づけた。


「もう一度言うぞ。雨宮、俺と付き合わないか、いや、付き合ってくれないか、付き合ってくだ……くだ」

「ぶふっ!」


「笑うなよ!」


 失敗した、やらかした。

 先輩らしく、付き合えよって感じにしようと思ったのに恋愛経験の無さがこんな形に出てしまうとは……。

 雨宮も呆れてしまったか。


「先輩」

「ん」


「ふつつか者ですが、宜しくお願いします」

「お、おう。そっちは落ち着いてるじゃないか」


「先輩がカミカミだったおかげですね。それに……元々お願いしますと言うつもりでしたし待つ方が気楽です」

「そっか……」


「あはは」「ふふふ」


「……」「……」


「これ確認だけど、これで一応恋人同士になるんだよな」

「そ、そうだと思います。私、付き合ったことないのでよく分かりませんけど」


「なんだよ、おまえ、かわいいんだし、ナンパもされまくってるんだから知ってるだろ」

「知りませんよ! おしゃれしたのも大学入ってからですし、それまでは先輩が良く言う芋女でした~」


「ん、そりゃ仕方ないか」

「それを言うなら先輩はどうなんですか。高校の時モテモテだったんじゃないんですか」


「そこまでモテた記憶はないが……上には上がいたし……、結局誰とも付き合わなかったな」

「じゃあ……私が先輩の初カノジョですか?」


 雨宮は頬に赤みを浮かばせて、綻ばせる。

 そんな仕草が魅力的で俺は思わずゾッコンになってしまう。


 落ち着け、がっつくな。冷静に……冷静に。


「そうだよ、悪いか。俺だって……その不慣れだけど女性扱いには長けているつもりなんだ」

「えー、昨日……あんなに放置したくせに」

「うっ!」

「ふふ、でも嬉しいです。先輩の1番になれたことが」


 やばい、心臓が鳴り響いて止まらない。

 元々かなり好意を抱いていたけど、止まらなくなりそうだ。


「でも……」

「ん」

「例えば高校の時に好きな人がいたんじゃないですか?」


「っ! そ、それは」

「……今でもその人のことが好きなんですか?」


 胸の中の熱い気持ちが急に冷えることになる。

 どうして俺は今、すぐに否定できなかった。

 雨宮のことをこんなにも想っているのにどうして……!


「もう好きって感情は完全に失せたよ。それにその人は俺のことは何も見てくれなかった。だからさ……」


 不器用ながらも俺は雨宮の肩に触れる。


「俺を見てくれる雨宮の方が大事で……大切なんだ」

「……はい」


 これは事実だ。あいつと雨宮は違う。雨宮は俺のことを見てくれる。そんな雨宮だからこそ大事にしてあげられる

 

 それにしても何だか恥ずかしいこと言ってしまった気がする。

 中学生、高校生ならともかく20歳を超えた俺が言うには恥ずかしいのではないのだろうか。


 恋人になったからには手を繋ぐのは当たり前、ボディタッチやキス。その先だって……可能だ。

 ただ、この無垢な雨宮にそういう行為をぶつけるのは何だか気がひける。

 俺自身が恋愛経験無いのが……やはりといった所だ。

 今度富田に相談してみよう。


「そろそろ、お参りにいくか」

「はい……あっ」


 拝殿の方へ向かおうとする俺を雨宮は呼び止める。


「いいですよね」


 しゅるっと腕を掴まれて、いわゆる恋人繋ぎというものに変わっていく。

 これはやばい……照れる。

 俺は言葉を出せず、ぎこちない動作を自覚しつつ歩いていくしかなかった。

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