31話 想い伝わる?
バイトの後の飲み会で体力は限界となっており、気付いた時には朝となっていた。
暖かいふとんを持ち上げ、起き上がろうとする。
その際、意識がはっきりしてくると昨日の夜にしてしまった大それた発言の事実が頭の中で何度も再生されていく。
やらかしてしまった……。恥ずかしながら告白は初めてだった。
雨宮の返事が怖くて、寝る!って宣言して全てをシャットアウトし、眠りに入ってしまった。
別に間違ったことは言っていない。雨宮が以前から好きな人より、俺の方が良いと言ってくれるんだ。
それだったら交際を申し込むことだっておかしくはない。
もう俺は中、高校生ではない。
20歳も超えた大人なんだ。いつまでも子供のようなことを言っているわけにはいかない。
でも恥ずかしくて……起き上がれない。
それだけ思っていると鼻孔にすっと入る味噌汁のにおいに気付く。
掛けふとんの隙間からゆっくりとまわりを見てみる。
家の小さいコンロの前に雨宮が立っていた。
たった1つしかないコンロに器用に鍋やフライパンを乗せて調理していく。
とにかく雨宮は料理が上手という印象だ。飯が美味いというだけを上手というのではない。
ごはんも味噌汁もオムレツもベストな温かさでいつも出てくるのだ。
いろいろ調理する順番を工夫しているんだろうなと感じる。
「先輩、起きましたか?」
その美しい晦色の髪がふわりと揺れ、雨宮は振り返った。
もぞもぞとした動きで起床がばれてしまったらしい。狭い家だから当然か。
「ごはん出来ましたよ」
「お、おお」
雨宮はしゃがみこみ、その美麗な顔立ちをまじまじと見せつける。
昨日飲み会で社員やバイト先の女子と話をしたが、やはり雨宮がダントツでかわいいな。
くりくりとした瞳に艶やかな髪。スッとした顔立ちは何時間でも見ていられる。
そんな子が俺の家に泊まって、朝飯を作ってくれる事実をもっと喜ばなければならない。
組み立て式テーブルの上へ朝食を並べられ、さっそく頂いていく。
雨宮も昨日テキーラで潰れかけていたと思えないくらいいつも通りだ。
昨日のことは夢だったのだろうか……もしかしたら覚えていないのかもしれない。
「先輩と朝ご飯を一緒に食べるのも今年はもう最後ですね」
「そうだな……。正直な所寂しいな」
「ふふ、来年早々に来ますから」
本当にいつも通りだ。このまま何事もなかったようにすませて……。
いや、それじゃ以前と俺と一緒だ。交友関係が広がったことも含めて、雨宮との仲も広げていきたい。
「雨宮、昨日のこと」
「あ、コーヒー入りますぅ!?」
不自然なほどの高い声と同時に雨宮は立ち上がった。
動揺して足の小指を柱にぶつけてしまい、痛がる所が実にかわいい。
この話題はまだ心の準備が出来ていない。そんな風にも見える。
雨宮は改善したとはいえ内気な女の子だ。
俺は良くても、雨宮が気持ちに追いついてない可能性が高い。むむむ。
無理を押しつけるのは得策ではないか。
雨宮は電気ポットでインスタントコーヒーを作っていく。
次に昨日のことをつっこんだらコーヒーをぶちまけてしまいそうだ。
「雨宮も今日、実家に帰るんだよな?」
「あ、……はい。昼頃には帰る予定です」
「ずっと聞いてなかったんだが、おまえの実家はどこの方になるんだ?」
「え、えーと」
小笠原はあの口調だから関西方面だということが分かる。
同じ親族でも雨宮の口調はどことなく俺と同じ方面っぽい。
雨宮は言いづらそうに目を泳がせていた。
「富……じゃなくて沼座市の方になります」
「沼座? 隣じゃないか」
俺は富王市が地元であり、沼座市は隣で海沿いとなる。
沼座港は日本の中でも有名な漁港の1つだ。駿臥湾に面していて、やはりサクラエビが有名だろう。
年末年始に帰っている時に漁港へ顔を出したいな。
「だったら家まで送ってやるよ。近くだし」
「あー」
雨宮は乗り気ではなさそうだ。
いつもなら進んで乗ろうとするのに……昨日の件でやらかしてしまった影響だろうか。
「実は……父が昼から迎えに来てくれるんです」
「わざわざここまでか?」
沼座から浜山って高速、下道込みなら2時間はかからないが、往復だと大変だぞ。
「今年、結構迷惑をかけちゃったので心配されちゃって……」
「まぁ、冤罪とはいえ、謹慎の件があったからな」
あんな豪華でセキュリティの高いマンションに住んでいることから、相当愛されていることが分かる。
「なので先輩の姿を見ると父が何をするか……」
「何、護衛とかいて、俺殺されるんの?」
「私の家は別にマンガのようなお金持ちじゃないですよ。 護衛も執事もいないし……お手伝いさんはいるけど」
それはいるんだな……。
っとなると……今年、雨宮とはここでさよならになるのか。
原付で来ているから家に送ることもできないし……。昨日の夜の件、ちょっと話したかったんだが。
「でも、ありがとうございます。じゃあ、春休みはお願いしようかな」
「おう、任せろ」
朝ご飯を終え、昼まで時間があるので話をしたいと思ったのだが。
「先輩、大掃除」
「えー」
大掃除させられることになる。
と言っても元々雨宮が掃除してくれているためそんなに大変な作業にはならなかった。
俺が持っている不要な物を捨てるぐらいだ。破れた下着、不要な服をゴミ袋に詰めておく。
「マンガとかも売っちまうかな」
正直続刊を買う余裕もないし、家も狭いし、処分してしまうかと思っている。
特に好きなシリーズ以外は今度売りに行こう。
「【空目指】はどうすっかなぁ。1年に1巻しか出ないし、全部売って、社会人になったら電子で買い直すか」
「駄目です」
雨宮はぴしゃりと言葉を発した。
「【空目指】を売るのは絶対駄目です。他はいいですが、それだけは売らないでください」
「な、なんでだよ」
「……」
雨宮は口を閉じて、その先は語らない。
雨宮も持っているんじゃないのか? 貸し借りするためではないと思うけど……。
聞いても答えは帰ってこないので【空目指】はそのままにしよう。
大掃除は円滑に進み、俺の家は狭すぎるので朝の時間だけで掃除は終わってしまった。
ちなみに雨宮はすでに自分の家の大掃除を終わらせているらしい。
昼飯を一緒にと思ったが雨宮家はお昼ご飯を浜山で取って実家の方に帰るとか。
だからそろそろ帰らないとまずいそうだ。
正直、俺も雨宮の父とバッティングはしたくない。金持ちのお嬢様を貧乏アパートで泊まらせているなんて知られたら何があるやら……。
「先輩は夜帰るんでしたっけ」
「下道で帰るからな。込んでいる時間は避けたい」
人と関わろうとすると一人での帰省は寂しくなる。
富田も小笠原も別方向の出身だ。
雨宮は帰り支度して1階の原付置き場まで見送る。
今年見納めというのは寂しいが……来年帰ってきたらしっかりと向き合おう。
雨宮はヘルメットを被って、こちらを向く。
「私の家は三が日……全部親戚付き合いで埋まっているんです」
「あ、はぁ……」
「空いているのはその……新年明けた夜くらいで……」
「ああ……」
「空いてるんです。空いてるんです。空いてるんですぅ!」
ヘルメットで表情は隠しているが言葉が震えていることが分かる。
これは恐らくそうなんだろう……。俺は鈍感男ではない。ここまで言えば誰だって分かる。
「じゃ初詣……行くか」
「は、はい!」
雨宮は高く、良い声で反応した。
その込められた喜びに俺の胸は熱くなり、かわいらしさに熱が帯びていく。
雨宮は原付のエンジンをかけた。
「じゃじゃじゃ……富王宮の浅賀神社にしましょう! せ、先輩のか……のじょに見えるようにき、着飾ってきますからぁぁ!」
それだけ言って、雨宮は全開で走りさってしまった。
こんな住宅街をあんな速度出したら捕まるぞ……。
「先輩の彼女って言ったよな」
やっぱりちゃんと聞こえていたんだな。
くっそ……嬉しすぎてたまらん。
新年最初の夜が待ちきれなくなってきた。




