30話 変わりゆく関係
12月29日。
年度末となり、俺にとって今日がバイトの仕事納めとなる。
明日は実家に帰り、のんびり過ごす予定だ。
12月上旬のスキー旅行の一件から、富田と飲みに行く回数が圧倒的に増えた。
大学の授業が終わってからもあいつの車に乗って、ボランティア活動に参加したりと充実な日々を過ごしている。
その結果、富田を通じて学外の知り合いも増え、一気に友人が増えてしまった。
もう友達、親友、仲間という言葉で吐くこともない。
俺にとって高校生活、大学生活は完全に別物となったのだ。
もう高校生活の有馬雄太は消滅させてもいいのだろうと感じる。
大型ショッピングセンターの食料品売り場。俺のバイト先となる。
変わらず一人で働いていく……はずだった。
「有馬くん」
バイト先の社員さんが声をかけてくる。
業務以外で話しかけてくるのは珍しいな。
社員さんの後ろには同じくバイト達が控えていた。
「一応声かけておこうと思って、今日、若いので集まって忘年会をやるんだ。もし気があったら来ないか?」
この人もいつもこうやって声をかけてくれていたな。
今までは全部断ってきたから、今更参加した所で人付き合いから逃げてきた俺を快く迎えてくれる人はいないだろう。
今回も断るが……謝罪だけはしておこう
「すみません、いつもお誘い頂いてるに空気を悪くして申し訳ないです」
「そ、そんなことないよ」
「今更、好かれてない俺が行っても盛り下がるだけだろうし、やっぱり」
「え」
社員さんだけじゃなく、後ろにいたバイトの人達も同様に声が上がる。
「何言ってるんだい? 有馬くんを嫌う人なんて誰もいないよ」
「付き合い悪いけど、その分仕事してるじゃん。ミスもないし、休んだ人のカバーもしてくれるし、パートのおばちゃんもみんな助かってるよ」
「お客様からも丁寧な対応で評価されてるし、社員にそのままならないかって話も出てるんだよ」
「むしろちゃんと話したことないから、話してみたいって人多いんだよ。君、密かな人気キャラよ」
俺は何か勘違いしていたんだろうか。
付き合い悪い、暗い、学生っぽい感じじゃない男なんて無条件で嫌われていると思っていた。
むしろ交友関係を持ちたくないから進んで嫌われようと思っていたのにそんなことはなかった。
「君が良ければぜひとも参加して欲しい」
「だったら……参加してもいいですか」
「よっしゃ! 有馬くん参加!」
「いっぱい喋ろう、飲もう!」
もっと早くからこうしておけばよかったんだな……。
交友関係を断つ必要なんてどこにもなかったんだ。
◇◇◇
「食い過ぎた……」
車で通勤しているので酒は遠慮したが、その分食い過ぎてしまった。
正直な所、忘年会は楽しかった。
清楚で真面目と思っていたレジの子が意外に酒飲みでタバコ吸って活発だったり、畜産の男の子がインディーズのバンドのボーカルだったり、話してみないとやはり分からないものだな。
俺も希少種みたいな扱いで話しかけられた。バイト先でも今後はいろんな人と関わっていこうかと思う。
社会人になってからと思っていたけど、今から変わっていきたいな。
愛車を駐車場へ置き、アパートへ戻ってくる。
もう日は変わって、30日になっている。
今日は……雨宮は来ていないか。部屋の明かりは消されたままだ。
最近なんか雨宮としっかり話せてないような気がする。
明日はお互い実家に帰るんだ。このまま自然消滅ってのは避けたい。
「ん?」
家の鍵が空いていた。
閉め忘れたか? そんなはずはない。
部屋の電気をつけるためスイッチを押す。
「うわっ!!」
折りたたみテーブルにテキーラの瓶が1,2,……計4本ごろんと倒れている。
テーブルに寝そべっているのは……雨宮楓だった。
「おーい、雨宮……」
「ふわぁ?」
「……おまえ、何やってんだ?」
「遅いです!!」
雨宮が出したとは思えないほど、大きな声が出てくる。
テキーラ効果が入っているな……これは。
「何時だと思ってるんですか! ずっと待ってたのに……」
「待っているってそんな連絡……。あっ」
「スマホ、見てないんですね」
仕事中に電話されるとまずいので何か用があるときはメッセージを送るって約束をしているんだった。
慌てて、懐から取り出して見てみると……。
今日は腕によりをかけた料理を作ります。他の用事があるなら早めに連絡下さいね!
うわぁ、これはやらかしてしまった。
そりゃ怒って当然だ。
「……ごめん、本当にごめん」
「……」
雨宮は返事をくれない。
これは俺が悪い。忘年会に誘われた喜びでメッセージを見逃すなんて本当に最悪だった。
雨宮は立ち上がり、テキーラを片付けて、お泊まり用のふとんを敷いてしまう。
そのテキパキとした行動に俺はおろおろとし、何も声をかけてあげることができない。
雨宮はそのままの格好で電気を消し、ふとんを被ってしまった。
……化粧とか歯磨きとか、着替えとかいいのかよ……と言いそうになったがそこは言っちゃダメなんだろうな。
やっぱり謝らないと、でも……。
「なぁ雨宮」
「……」
雨宮は応えてくれない。
「最近すごく楽しいんだ。あのスキー旅行の後から、富田を通じていろんな人と関わって、毎日輪が広がっていって、今日もバイトの人に忘年会に誘われたんだ」
「……」
「人付き合いなんてしないってずっと思っていたけどやっぱり人と関わるのは楽しいな」
「……」
すぅっと息を吸う。
「これも全部雨宮のおかげなんだよ」
「……っ!」
雨宮に反応がある。
まだ寝てはいないようだ。
「ありがとな……。今年、10月に入るまでは人生で最低な1年と思ってたけど、雨宮と出会ってから最高なことばかりだ。この2ヶ月、本当にありがとう」
これは本心だ。嘘偽りもない。
雨宮が側にいたおかげで俺は過去のトラウマを吹っ切ることができた。
これだけは伝えたかったんだ。
俺は寝間着に着替え、この前の旅行兼バイトで頂いたふとんセットを取り出し、敷いていく。
そのまま、ふとんの中へ潜り込んだ。
前まで使っていたふとんよりも温かさが段違いだ。
「……先輩は」
「ん?」
「私を……放置しすぎです」
「悪い」
暗がりの中、横並びのふとんの中で雨宮の声を聞く。
少しだけ震えているような声にも感じる。酒が入って、感情的になっているのかもしれない。
「25日に秀ちゃん、富田先輩と4人でパーティをしたのはまぁいいです。でも26日に富田先輩と夜通し、27日も……そして28日も」
「……そうだな」
「だから今日だけだったんです。明日には私も実家に帰るので、先輩と夜を過ごせるのは今日だけだった」
今思えば三日連続で男友達と夜通しで遊ぶ必要なんてなかった。
大学も冬休みに入っているんだ。雨宮に付き合ってあげればよかったんだ。
どうすればいい。
どうすれば雨宮に償うことができる。
その時、俺の背中にふとんとは違う、温かさを感じる。
それは人肌だった。
「お、おい!」
「寒いんです……」
バカヤロウ、大学生同士が1つのふとんに入ってしまったら……やることなんて。
……できるわけないんだよな。恋愛経験のない俺にはこの後、雨宮をどうにかすることなんてできやしない。
できることはただ、背中をかし続けるだけだ。
雨宮も抱きしめるというよりは手を背中にぴたりと当て、寄り添うという形を取っている。
雨宮自身もその先に進む気はないんだろう。
雨宮の想いを知りたい。
「雨宮」
「……」
「俺……おまえがどれだけ好きな人のことを好きか知らないけど」
「……」
「その気持ちに俺も負けてないと思う」
「っ!」
「先輩」
「……なんだ」
「私の好きな人は……王子様のような笑顔でみんなに好かれるかっこいい人なんです」
「そうか……、俺とは正反対だな」
「でも、私はその人より……今の先輩の方が良い……かも」
「あっ……、ならさぁ、一度しか言わないぞ」
「っ……」
「雨宮、俺と付き合ってくれよ」




