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27話 決して無価値じゃない

 レストハウスに来てから1時間が過ぎようとした頃、騒ぎが発生した。


「すみません、ウチの子……ウチの子を誰か見ていませんか!?」


 レストハウスの従業員に詰め寄る女性がいた。

 俺と富田が側に駆け寄る。


 どうやら、さきほどのホワイトアウトではぐれてしまったようだ。

 女性の子供がここに来ていないかずっと探しているようで、見つかっていない。

 取り乱す女性をまわりの大人達が励ましていく。


「外が晴れてきたな……」


 視界は開けてきたが、まだ空は雲で黒い。またすぐに雪が降ってくるに違いない。

 富田はニット帽に手袋をつける。


「おい、探しにいくつもりか?」

「下の方はプロが状況報告も兼ねて探しにいった」


 この話を聞きつけたパトロールの人達が視界が開けると同時に下っていくのが見えた。

 恐らく子供はレストハウスへ行かず、降っている可能性が一番高い。

 リフトは動いていないので上から降りてくるスキーヤーはもういない。今のいるレストハウスが最上層となる。


「なら、おまえが行かなくてもいいだろ」

「コレ見てみろよ」


 富田はこのスキー場のコース表に指をさした。

 無数にあるコースの中の1つ、森林コースが書かれていた


 森林コースはなだらかなルートで高低差はほぼなく、この場所から始まり、30分ほど曲線を滑った後、ここへ戻ってくるルートだ。

 視界が開けていたらこのルートへ行ってしまうことはまずない。


「視界が開けていたらな」


 そっちへ行っている可能性はかなり低い。

 だけど、恐らく止めても行くんだろう。

 出会ってまだ間もないが、何となく富田がそういう奴だいうことは分かる。


「富田、おまえはプロじゃないんだ。間違ってもコース外へは行くなよ。小笠原が悲しむからな」

「……。そうだな。秀佳を泣かせるわけにはいかねぇ。一周したらすぐ戻ってくる」

「それでいい。気をつけてな」


 おう! と力強い言葉を放ち、富田は森林コースの方へ向かっていった。

 それから少ししてまた吹雪いてくる。

 森林コースはさっき巡回でまわったコースだ。ロープは張られているので、視界が悪かったとしても崖下に転落することはまずない。


 無事に帰ってくることを祈るしかない。


「有馬! ごろちん、行ったんやね」


 小笠原と雨宮がやってきた。


「悪いな。止めたんだが……」

「ごろちんは人助けに躍起になっちゃうから……。止めても無駄なんや、ウチがよーわかっとる」

「……何か理由があるのか?」

「昔、大事故があって大けがした時があって、その時に救助されたらしいんや。それからレスキューに憧れてるって」


 なるほど……。

 そういえばこの前の飲み会でも将来の夢はレスキュー隊って言っていた。ラグビーもケガで止めたと言っていたから関連しているのかもしれない。


 しかし事態は嫌な方向に進んでいく。


 慣れたスキーヤーならスムーズに走れば森林コースは20分もあれば踏破できる。なのに富田は戻ってこない。

 ……いやな予感がする。

 また視界が開けてきたので、俺は外へ出て、森林コースの先へと進む。

 コースのゴールはスタート地点の少し先だ。ここにいれば……戻ってくるはず。


「あれは?」


 何やら人影が見えてきた。

 富田だ……と思ったが、それにしては小さい。もっと目をこらして見てみるとそれは子供の姿だった。

 もしかしてと思い、慌てて近づく。


「大丈夫か!」

「う……うん」


 10歳くらいの男の子のようだ。さきほど、迷子を捜していた女性が言っていた外見に一致している。

 本当にこっちのコースに迷い込んでしまっていたんだ。


「あの……あの!」


 男の子は混乱しているようで俺のウェアに掴みかかる。

 何とか落ち着くように言葉を選んでなだめてみる。

 子供を背負い、ゆっくりと言葉をかけていく内に落ち着いてきた。


「僕……、道が分からなくなって、コースの外に出ようとして、そうしたら……転びそうになって、そしたら大きなクマみたいなお兄さんが現れて庇ってくれて……」


 大きなクマみたいなお兄さん、間違いなく富田だろう。

 だが、ここには富田はいない。不安な声になる所を落ち着かせる。


「林の中に転落しちゃって……お兄さんがケガをしたんだ。……そこで僕だけをコースに戻して、コンパスを渡して、まっすぐ東へって……」


 子供の手にはスマートフォンが握られていた。

 これは富田が使っていたもので、表示はコンパスとなっていた。アプリを起動して、子供に指し示したのだろう。

 一直線であれば吹雪いても道を間違えない。


 子供を母親へ引き渡し、一同歓迎のムードで俺はその場から離れる。

 次に助けるのは……富田だ。

 もうすぐ日が沈む。それまでに助け出さないと……。


「先輩! 行くんですね……」

「ああ、おまえ達はここで待っててくれ。何かあった時は頼む」


 雨宮と小笠原は頷く。

 特に小笠原は恋人が危険な目に合っているため不安な表情を浮かべていた。


「富田がそう簡単にくたばるわけないだろ。絶対大丈夫だ」

「うん……」


 ホワイトアウトではないとはいえ、外は吹雪いている。

 気温もがくっと下がってきた。救助の願いは出しているが、他の場所でも事件は起きており、すぐの対応は難しいと言われている。

 日が完全に沈む前に到着するなら……やはり俺が行くしかない。


「富田は俺が絶対に助ける。どんなことがあっても富田を元気に届けてやるから、安心してろ」


 それは自分を奮い立たせる言葉でもあった。

 何の才能も能力もない俺が人を助けるためには気合いでどうにかするしかない。

 強い言葉で奮い立たせるんだ。


「……先輩」


 雨宮も不安そうな顔をしている。


「大丈夫だって、富田は絶対」

「違います!」


 予想もしない、雨宮の大きな声は耳に響いた。


「富田先輩も心配です。……でも私は先輩も心配なんです」

「あ……」

「どんなことがあってもって……先輩は自分の身を犠牲にしてでも富田先輩を助けるでしょ。優しいからってそんなの絶対駄目ですから」


 見透かされた言葉に何も言えなくなる。

 富田を助ければみんな喜んでくれると思っていた。


 自分の身を犠牲にしてでも……みんなから好かれるやつを助けることが一番の理想だと思っていた。


 高校の時……かつての友……が似たようなことで危機に陥った時、身を呈して助けたことあった。

 初恋の人や他の人からも心配され、構われて、怒られるあいつを助けることが出来て本当によかった。みんな喜んでいたし、俺自身もその時はあいつのことが心配だったからそれで良かった、


 でも大学生となり、時が過ぎた今だから思う。


 あいつを助ける時にケガを負った俺は誰からも心配されることはなかった。

 喜ばれたのはかつての友を助けた1点のみ。


 そこで自分に価値がないことを痛感してしまったから俺は自分を犠牲にできるのだと思う。

 賞賛されるような人を助ければ……俺の存在にも意味が出てくる。


 雨宮はそんな無価値な俺にも無事に戻ってきて欲しいと思うのか。


「絶対約束してください。無理をしないって。富田先輩と一緒に戻ってきてください」


 雨宮は強い目で訴えてくる。

 今の雨宮だったら、謹慎処分になっても跳ね返せるんじゃないかと……そんな意思の強さを感じる。

 優しくて、強い雨宮が眩しく感じる。


「せやで! 有馬もごろちんも元気な姿で帰ってきてや!」


 2人に無事に帰ってくることを約束し、俺はスノーボードを装着して森林コースへ向かった。


 そう願ってくれるなら絶対に助けて………2人で帰ってやる。

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