23話 もう寂しくない
「大丈夫、私が側にいますから」
目を覚ました時、俺の左手を雨宮が両手で握ってくれていた。
その暖かさと慈悲深い笑みは高1の冬に友人だったやつに見せていたあの子の顔に似ている。
とても綺麗だった。
「雨宮……なんでここに」
「あっ、無理しちゃダメですよ!」
今の時刻は16時過ぎ。
今朝、そこそこ高い熱で意識が朦朧としてたので治すつもりでずっと寝ていたがいつのまにか相当な時間が経っていた。
長時間寝たおかげで具合はよくなっている。これなら明日か……明後日には大学へ行けるだろう。
「先輩が心配で来たのですよ」
えっへんと可愛らしく雨宮は呟く。
気付けば、雨宮がこの家に泊まる時に使っている羽毛布団がかけられていた。
通りで温かく、汗をかいているわけだ。
それだけでなく、昨日着た服も洗濯され、部屋干しされており、側には汗をかいた俺の部屋着の代えも置かれていた。
「朝に大事な用があるから3日は近づくなって言っただろう」
「そうですね。スマホのメッセージでばっちり見ました」
「なら……」
「昨日の飲み会で今日そんなことになるとは思ってなかったので合鍵使って入ってみたら案の定じゃないですか」
コイツ、俺の家の合鍵持ってたな。もはやプライバシーはないものと言っていい。
「雨宮にうつしたくなかったんだ」
「先輩ならそう言うと思ってました。でも風邪の時こそ誰かに来てもらいたい。そうじゃないですか?」
その通りだ。じゃなきゃ……あんな苦い過去は思い出さない。
まったく……俺はワガママで狡い人間だと感じる。
結局あれも高校時代の黒歴史の1つなのだろうと思う。
「マスクもしないで……俺の風邪がうつったらどうするつもりだよ」
「その時は先輩に優しく看病してもらいます。雨宮、大丈夫か? 俺の胸で休むといいって言ってくれることを期待してます」
「アホなことを……」
俺の口から自然と笑みが出てしまう。
こんなバカなやりとりがこんなに楽しかっただろうか。
先ほどまで胸に感じていた寂しさは完全に消え失せてしまっていた。
「雨宮、ありがとうな」
「ひゃ、そんなイイ笑顔で言われたらときめいてしまうじゃないですか……もう」
雨宮は立ち上がる。
「お粥を作りますね。ちょっと待っててください」
その時、玄関のチャイムが鳴る。
こんな時にいったい誰だろうか。新聞の勧誘ならまた断らないと……。
立ち上がろうとしたら雨宮に制されてしまう。
代わりに雨宮が玄関の扉を開けた。
すると……外から大男が入ってきた。
「おぅ! 有馬、元気しとるかぁ!」
声でけぇよ。
風邪引いてるんだから元気なわけないだろうと……。
でもそんな大声も今の俺には心地よく感じる。
昨日の夜に会ったばかりの富田五郎がダンボールとスーパーの袋を手にやってきたのだ。
「秀佳から風邪を引いたって聞いたからよ。スポドリとかプリンとか持ってきたぜ」
「忙しいところ悪いな」
「アハハ、気にすんな。昨日、急に誘ったオレも悪かったしな」
この狭い部屋に190センチ超える富田が来ると一気に狭くなる。
そういえば、今、秀佳から連絡を受けたって言ってたな。小笠原も俺の風邪のことを聞いたんだろうか。
そんなことを思ってるとスマホが急に震えだす。着信元は案の定だった。
「もしもし」
『ウチウチ、寝てたら悪いからごろちんが着く頃にかけたんや! ごろちんはもう来てる?』
「ああ、今横にいるよ」
『そっかそっか! ウチもお見舞い行きたかったんやけどどうしてもバイト休めんくてな、ごめんな!』
声を張りながらも申し訳なさそうに言う様になんだかおかしく感じてしまう。
「そんなことはない。バイトを優先にしてくれ。こっちも心配かけてすまん」
『そうやで! しんどい時はちゃんと言う。そしたら楓かごろちんかウチの誰かが見に行けるんやから』
当たり前に言うような言葉に俺はどこか……自分にはそんなことは受ける資格はないと感じていたのかもしれない。
もし、同じように雨宮、小笠原、富田が困っていたら俺は何かしらの力になろうと思っただろう。
でも、俺が誰かの力になってもらえるなんて思ってもみなかった。
奥には雨宮がお粥を作ってくれる。
電話では小笠原がそのマシンガントークで労ってくれる。
富田は……俺が食う予定のプリンを食っていた。
「おい、プリン食うんじゃねーよ」
「わりぃ! 4つ買ってきたんだけど、うまそうだから1つ食っちまった」
悪気なく富田は言う。だけど、その行為がおかしくて楽しくて笑ってしまった。
仕方ないやつだ……本当に。って2個目も開けるんじゃない。
その後、小笠原には適当に礼を言って電話を切る。
どこかで止めないと1時間以上喋りそうだった。バイトどうした、バイト。
「雨宮も富田もありがとな。多分、明日には大学に行けるような気がしたよ」
「おお! 無理すんなよ。 何かあったら連絡してこい。俺達は……友、ごほん! そういう関係だ!」
俺のトラウマワードを口走りそうになり、富田は慌てて口を塞いだ。
雨宮からフラッシュバックのことは聞いていたのかもしれない。こいつ、あのワードを普通に口に出しそうな性格してるもんな……。事前に注意していてもおかしくはない。
だが、これは俺の問題。いつかは克服しなければならない問題。富田が気遣うことではない。
触れずに話題を変えよう。
「富田、プリンを俺にもくれ」
「お、おお! よーし、オレが食わせてやろう、口を開けろ」
「雨宮食わせてくれ」
「がーん、オレショック!」
「はーい、その前にお粥を食べてくださいね」
そのまま完璧な塩加減のタマゴ粥を雨宮に食べさせてもらった。
お粥自身も美味しかったが、雨宮にあーんしてくれるのがより美味しくさせる調味料であると感じる。
可愛い女の子に食べさせてもらえるならたまには風邪を引くのも悪くない。
もう1人で寂しく、耐える必要なんてない。
あの高校時代とは違うんだ。
もう……あんな高校生活は忘れてもいいのかもしれないな。
新たな出会いに感謝し、精神的に元気になった俺は翌日には復調した。
そして週末、4人でスキー旅行兼バイトを行うことになる。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回より新展開となります。
今話が終わって話数的には半分です。
これから中終盤に入っていきますのでこれからも報われる物語を宜しくお願いします。
☆☆☆
「面白い」「続きが読みたい」「期待する」「雨宮も小笠原も富田も良い奴でよかった」と思って頂けたら、
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☆☆☆




