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22話 〈過去〉あの高校生活③

 

「翔ちゃん、風邪を引いたみたい」


「どうせふざけた格好したまま寝落ちしたんだろ。稼げるクエストが夜中の2時にあったからな」

「有馬くん、もうすっかり保護者だね……」


 12月も過ぎた冬に翔真は風邪を引いて学校を休んだという。

 翔真の両親は平坂に世話を任せてあっという間に仕事にいってしまったらしい。


「学校終わったらすぐ帰るね。翔ちゃん、看病はいらないって言ってたけど絶対心細いと思うし」

「俺も手伝うよ。熱の時は人が来てくれると嬉しいもんだ」


 両親が放任主義だとこういう時に頼りになってくれない。

 悪い人たちではないんだが、高校生といっても俺達はまだまだ子どもだ。甘えたい時だってある。


 俺は自分の家に寄ってから翔真の家へ向かうことにした。

 平坂は直で行っているのでおそらく先に到着しているだろう。


 俺が来ることが分かっていたのか翔真の家の玄関の鍵は開いていた。家に来たことは何度もあったので、気にすることなく中に入ることにする。

 一階のリビングや台所には誰もいなかったので2階の翔真の部屋に平坂はいるのだと思う。


 階段を上がり、ゆっくりと部屋の様子を覗き込む。


「あっ……」


 眠っている翔真の手を平坂は両手で握っていた。

 愛情深く、想い人に捧げる優しさであることがその様子で感じ取れた。

 平坂の表情は慈悲深く、とても美しかった。


 あんな顔を俺には絶対してくれないのだろう。

 翔真だけにしか見せないあの表情を崩したくないので俺は一時撤退することを決めた。


「……買い物に行くか」


 時間潰しのために薬局へ行き、力が入るようにプリンやスポーツドリンクを大量に購入する。

 さっきから複雑な胸中のざわめきが消えない。

 理解はしていてもあの笑顔を受けられる翔真が羨ましく感じてしまう。

 頭を振ってそんな雑念を振り切り翔真の家へ向かった。


 もう一度、2階にある翔真の部屋へ向けて階段を昇る。


「ごめんね、碧……いつも迷惑をかけて」

「もう、今更だよ。翔ちゃんは私がいないとダメなんだからね!」


「汗は拭えたと思うし、服を着るね」

「待って……。もうちょっとだけ、このまま……このままで」


 翔真は目が覚めたみたいだが、なんというか部屋に入りづらい雰囲気になっていた。

 汗をかいた翔真の体を平坂が拭いているのだろう。

 なんか、2人が無言になり、ただタオルで拭く音だけが聞こえる。


 ふぅ……。


「よう! 翔真元気か!」


「あっ!」「有馬くん!」


 その後の動きは対照的だった。

 戸惑った顔していた翔真は俺の姿を見て、表情を明るくさせる。

 代わりに平坂は赤く頰を染めた顔を見られまいと手で顔を隠して、部屋から立ち去ってしまった。


「どうしたんだ平坂は?」

「分からないよ。なんかいつもの碧と違う感じがして……何て声をかけたらいいか分からなかった」


 やはりまだ平坂の想いは翔真に届いていない。女を見せたことに戸惑いしか感じていなかったようだ。本当に鈍感野郎に恋すると大変だなと思う。


 スポーツドリンクやプリンを翔真に食べさせて、再び寝かせることにした。

 その後、部屋を抜け、一階の台所の椅子に座り込む平坂を見つける。


「翔ちゃん……何か言ってた?」

「何も。少なくとも平坂の好意には気づいてなかったぞ」

「そ、そうなんだ」


 平坂は安心したように大きく息を吐いた。


「あのまま抱きしめたらよかったんじゃないか?」

「そんなの出来ないよ! 翔ちゃんには……変な女と思われたくない」


 幼馴染という絶対的な立場なのに、平坂は日常を変えることにひどく怯えている。

 好きだ。告白したい。そんな気持ちはあるのに一歩踏み出せない。


「有馬くん、私……どうすればいいのかな」

「そうだな……」


 困った顔を見せる平坂に対して間違ったアドバイスをすればきっと翔真への気持ちは離れていくのだろう。だけどそれはしたくない。平坂には翔真を好きになり、翔真がその恋心に気づいてほしい。


 俺は2人が結ばれる様を見たい。例え、失恋をしたとしても見たいと思う。


「翔真は平坂のことを昔からの幼馴染としか見ていない。その意識を変えて行った方がいいと思う」

「それは……どうすれば」

「……ボディタッチを増やしてみろ。今のままでは平坂は世話好きの幼馴染でしかない。その枠から抜け出せるようにするんだ。大丈夫、平坂ならやれるさ」


 こんなに可愛いんだから……。

 男であれば嬉しくないわけがない。

 君とふれ合うたびに君に恋をしているということが自覚できているんだ。

 翔真は平坂を母親変わりに思っているところがある。そこを変えてみればいいのかもしれない。


「上手くいくのかな」

「どうだろうな。やってみる価値はあると思う」


 平坂は大きく頷き、立ち上がった。


「うん、やってみる。有馬くん、本当にありがとう。いつも親身になってくれて嬉しいよ」

「まっ、翔真も平坂も友人だからな。力になってやりたいとは思う」

「翔ちゃんと上手くいったら絶対絶対、有馬くんに報告するからね!」


 そうか、その時は俺の失恋確定だな。


 それから平坂はちょっと攻める方向性を変えて、翔真にアプローチをしていった。

 超絶鈍感の翔真にはなかなか効かなかったが、それでも根気よくアプローチした結果、翔真が平坂の前で着替えたり、親にするようなワガママをすることは少なくなった。


 異性として少しは意識するようになったと思う。それでもまだまだだとは思うが……。

 それでも少しずつ進展していっているのは好ましいと思うだろう。


 そんな時、翔真の風邪が移ってしまい、俺も寝込んでしまうことになる。

 学校を休み、共働きの両親を心配させつつも仕事へ行かせた。


 俺は……一応翔真と平坂に風邪で休むという連絡を入れる。

 その連絡で何かを期待したつもりはないが、友人として心配させたくない気持ちがあった。

 連絡してすぐ平坂から返信が来た。


「大丈夫? 何か困ったことがあったらすぐに言ってね」

「ああ、微熱だから問題ない。移すとまずいから……」

「そう? 本当に困ったら言ってね」


 そんなやりとり少しで会話は終わる。


 翔真にいたっては風邪で寝込んでる有馬くんの分までアスファンのイベントアイテムを集めるよ。今度冒険行こうって返信が来た。

 正直、斜め上の返信にびっくりしてしまったが橘翔真はこういう人間だったなと改めて思う。


 俺は1人、ベッドの上で寝て過ごす。

 1人で体を拭き、汗を拭う様もなんだか寂しさを感じてしまう。


「誰も来るわけないよな……」


 素直に誰か来てほしいと願うべきだったのだろうか。

 でも翔真の時はあいつが望まなくても俺や平坂が向かった。

 だったら、俺が望むことはワガママでしかない。


 おそらく、風邪のお見舞いに誰かが来てくれるのはきっとその人に徳があるから。

 きっと平坂が風邪で休んだら、俺や翔真が彼女を助けるだろう。

 平坂は優しく、聡明で皆から愛されている。


 翔真だって平坂に愛され、俺も友情を感じている。だから皆から看病される。


 俺のような何もない人間には妥当な結果なのだろう。


 これが普通なんだ。風邪の時は1人で過ごすもんだ。


 何もない人間が好きな人に看病してほしいなんて思うのは傲慢なんだよ……。 




 ◇◇◇



 そんな高校時代のことをなぜか大学2年の今、思い出す。


 風邪を引いて寝込んだ今も……考えは変わらない。


 俺のような人付き合いを避けてきた人間は1人でいるのが性に合っている……。


 でも……でも、あの時、本当は平坂に来て欲しかった。


 翔真にも大丈夫?って電話でもいいから直に言ってほしかった。


 俺は二人のために、友人と思って手を差し伸べた。 

 だったら俺にも差し伸べて欲しいと思ってしまう。

 傲慢でワガママだろうけど、俺だって心細い時がある。


 でも結局あいつらにとって俺は気を配るほどの存在ではなかったということだ。

 一方通行だったんだよ……。

 もういい加減忘れたいのに……、裏切られたのに何で何度もあの頃を思い出してしまうんだよ。  


 誰か、誰か……俺の手を握ってくれ。  

 寂しくて、つらくて……たまらないんだ。


 朦朧とする中、無我夢中で手を伸ばした。


 その時、その手はほんのり温かい何かに掴まれてしまう。


「大丈夫、私が側にいますから」


 可愛らしい声が聞こえる。

 おでこに水分の含んだタオルを巻かれて、なんだかすごく心地よい。


 ゆっくり目を開くと……。


 雨宮楓が……俺の手を握ってくれていた。


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