21話 〈過去〉あの高校生活②
16歳になって初めての冬。
この冬が終われば高校1年生もまもなく終わり、2年生になっていく。
ネトゲにハマって私生活が乱れ気味の親友橘翔真の幼馴染である平坂碧がより良く翔真に寄り添うことができるように彼女のフォローを行うことになった。
長年、幼馴染を想う平坂の意思は固い。
翔真のために想いつづける姿に感銘を受けたし、助けてあげたいと心の底から思うようになっていた。
「今日から私もアスファンデビューだね」
「昨日言ったとおりちゃんとゲームをダウンロードしてインストールしたんだよな」
「うん、家にノートパソコンがあったからそれにネットを繋いでやってみたよ」
放課後、駅の近くのコンビニで平坂と話して確認をする。
アスファンの上級者の翔真に初心者のままで近づいてもあまり感心を得られないかもしれない。
レベル差がありすぎると一緒にプレイできるクエストが限られてしまうし、上級者が初級者に時間を費やしてしまうと不興を買う可能性だってある。
なので俺と同じくらいまでレベルを上げれば今のアスファンのコンテンツであればどのレベル帯のクエストも参加することができる。
一ヶ月くらいあればここまで成長することができるはずだ。
「翔ちゃんと有馬くんはいつもこのコンビニで話してるよね」
俺と翔真は同じ駅が最寄となるが家自体はかなり離れている。
なので一緒に学校へ行く時はここで集まって、電車に乗って、通学するのだ。
ここで翔真とコンビニのホットコーヒーを飲みながらアスファンの話をするのが日課になっている。
たまに翔真が寝坊して、俺が1人で通学するのもお約束の1つだ。
「朝のコーヒーは最高だぞ。平坂もどうだよ」
「私、砂糖いっぱいじゃ無いと飲めないんだよね〜。それにカフェオレってホットコーヒーより高いじゃない? 翔ちゃんと違って、私はおこづかいそんなにないもん」
平坂はそんな風にあどけなく笑う。
秋風でなびく、平坂の栗色の髪が俺は好きだった。
髪をかきあげる仕草の一挙一動から目が離せなかったんだ。
平坂と雑談が何より楽しく、平坂と話せるこの日常が何よりも尊かった。
家に帰ってから平坂とボイスチャットしながらアスファンのプレイを進めていく。
翔真に気付かれないように俺もサブアカウントを作って、平坂を鍛えあげた。
平坂は名前が碧のため【ミリー】と名付けた。ちなみに翔真は【ショウ】である。
最初は非常に苦労したが、慣れてくると平坂もちゃんとネトゲ内で動けるようになっていく。
こうやって2人で話しながらプレイして分かったことがある。
平坂の声はとても可愛かった。
面と向かって話す時よりもなんだか声の通りがよく学年一とも呼べる人気の女の子を独占できる優越感が大きかった気がする。
平坂と話をすることが楽しく、耳心地の良い声に癒やされていくのがよくわかった。
俺は週に2、3度くらいしかプレイをしないのだが、平坂がプレイできる日は例え部活やバイトで疲れきっていてもボイスチャットを起動し、彼女を支援したのだ。
思えば、この時、間違いなく俺は平坂碧に恋をしていたのだろう。
そしてもう1つ分かったことがある。
平坂から話される話題は常に翔真のことばかりであった。
幼稚園、小学校、中学と……ずっと一緒に育ってきたことが分かる。
親友として翔真の話を聞くことは楽しかったが……翔真のことを話す時の平坂の声が一番……心地よく、愛に溢れていたことが少し複雑だった。
俺が平坂を好きな以上に、平坂は翔真のことが好きなんだと思い知らされた。
そして1ヶ月が過ぎ、平坂が最上級クエストに参加できるようになったので俺と翔真のボイスチャットに平坂を誘うことになった。
実際に誘った時、予想通り。翔真はびっくり驚いていた。
「え!? 碧もアスファンを始めたの!?」
「そうだよ。これで翔ちゃんと一緒にプレイできるね!」
「翔真も少しは落ち着けるか」
「うー! でも、碧と一緒にプレイできるのは嬉しいよ!」
「ほんと? やったぁ!」
俺と話す時よりも数倍嬉しそうな平坂の声に胸がちくりと痛む。
平坂はもともと翔真のためにこのアスファンをプレイし始めたんだ。それは仕方ない。
平坂は翔真のことが好きなんだから嬉しそうな素ぶりを見せるのは当然のことだった。
3人でプレイしていく内にボイスチャットにノイズが入り始めた。
そうする内に翔真のボイスチャットから平坂の声が聞こえ始める。
「もしかして……翔真の家に平坂がいるのか?」
「うん、私ノートPCだから翔ちゃんの部屋に持っていったの」
「僕の部屋は無線の強度も高いからね。よし、3人でクエストに行こう!」
「おー!」
翔真の声に合わせて、平坂が呼応する声が聞こえる。
それからも翔真と平坂が小さく談笑している声が耳に入ってくる。
チャット上ではなく、直接会話しているから内容が入ってこないのだろう。
イチャイチャしやがってと感じてしまう。
幼馴染同士。その歴然とした差、絶対的な壁がそこにはあった。
でも、疎外感を覚えたからといって嫉妬で狂うこともない。
なぜならこの1ヶ月で聞いたきたの平坂の声より、今の翔真と一緒にいて楽しむ平坂の声の方が何倍も魅力的に感じたからだ。
そこで俺は理解した。俺は平坂が好きなのではなくて、翔真を好きな平坂が好きだったのだ。
翔真の横に平坂がいて、より好きになれるように思えた。
その可愛く、翔真だけに振りまく優しさは翔真以外には振りまいて欲しくないと思うくらいだ。
だから、これでいいんだ。
そして、ある時、平坂からこんな連絡が来た。
「翔ちゃん、風邪を引いたみたい」




