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2話 テキーラ効果

雨宮(あまみや)(かえで)です! 先輩とモーニングをご一緒したいです!」 


 しまった……あまりの勢いで雨宮楓と朝を食べにいくことを了承してしまった。

 いったい何があったというのか。

 あの液体を飲んでからまるで別人になったようだ。


 そんな雨宮は大学の守衛の側にいるトイレの中に入ってしまった。

 待っていろと言われたが、このまま……無視して大学の中に入るか?

 でも、一度了承してしまったことを覆すのは心情としてしたくない。


「お待たせしました!」

「っ!」


 さっきまで牛乳瓶の底みたいなメガネをした色気のかけらも無い声の小さな芋女だったのに……。

 そこに現れたのはまさしく天使のような可憐さを持つ女の子であった。


 おさげは解かれ、広がりを見せる黒髪は美しくて思わず息を飲む。

 艶のあるストレートの髪は秋空に良く映えていた。

 メガネは外され、思わず見つめてしまうほどの整った顔立ちが印象的である。


 さっきのスタイルは一級アイドルのお忍び姿とでもいうのだろうか。

 今、側にいるのはまさしく昨日会った美女だった。


「……本当に雨宮なんだな」

「雨宮ですよ~! お腹空きました、先輩、行きましょ!」

「お、おい。手を引っ張るな!」


 まだ信じられん。

 女ってこんなに変わるものなのか……?


 雨宮に手を引っ張られ、近くの喫茶店へと足を運んだ。


 大学から数分ほど歩いた先にある個人経営のコーヒー喫茶「たんぽぽ」。

 1年の頃に知り合いとよく通った所だ。

 扉を開け、中に入ると馴染みのあるクラシック音楽が耳に入り、還暦の過ぎた白髭の似合うマスターが出迎えてくれる。


「いらっしゃいませ」

「おはよーございます! 2人です!」


 すでに1限目の授業が開始されているため喫茶店はそこまで混んでいない。

 テーブルの席も選びたい放題で俺と雨宮は4人席へ足を運ぶ。


「マスター! モーニングセット2個とあっつあつのブレンドコーヒーをお願いします! あっ、先輩はコーヒー大丈夫ですか!? OK? じゃあコーヒー2つで!」


 雨宮のよく通る声が喫茶店の中で響き渡る。

 随分流暢(りゅうちょう)に喋るな。俺は問われたまま頷くしかなかった。

 ここのモーニングはそんなに値段が高くはないが、貧乏学生にはやはり痛い。今日の晩飯もカップラーメンとするか。


 モーニングセットを待つ間、ようやく静かになった雨宮と向き合う。

 しかし、これだけの美人……大学のミスコンにも通用しそうだな。

 まぁ高校時代、同じレベルの美人と交流のあった俺はそれに対して動じることはない。


「あの……先輩。学生証をありがとうございました!」


 雨宮はばっと頭を下げる。


「朝、学生証を落としてしまったことに気付いてぞっとしたんですよ!」

「拾ったのが同じ大学の俺で良かったな。警察にしても守衛、大学の事務でも回収するのに時間がかかっちまうからな」


「落としたのもそうですが、学生証を届けられていても困ったことになっていたと思います」

「困ったこと? どういうことだ」

「アハハ」


 雨宮はぐっと拳を上げる。


「私、口ベタなんで!!」

「まったくそうには見えない」


 いや、待てよ。このやりとりで判断したが、今日の朝に出会った雨宮は非常に小さい声の女の子だった。

 きっかけは……テキーラ。


「あのテキーラがポイントなのか」

「あ、先輩見ててくれたんですね! ここでテキーラを出すのはあんまりなので……」


「ん? ああ、1年だから誕生日迎えていても未成年か。それに公共の場で出すもんではないからな」

「え? ああ、そうですね。もしかして先輩は二十歳超えてるんですか?」


「5月生まれだよ。……ということ雨宮はテキーラを飲んだことで気が大きくなったってことなのか」

「そーなんですよぉ。2時間しかもたないので大変です」


 燃料かよ。

 だが顔色が変わっていないところを見ると多少の酔いはあっても、直ちに補導されるようなことはなさそうだ。


「それで? 俺をモーニングに誘った理由はなんだ。たかが学生証を拾っただけでここまではしないだろ」

「そんなことないですよ! 口ベタな私が事務に行くのは結構ハードルが高いのです! ほんと助かったんですよ!」


 そんなものだろうか。

 正直、事務的なことを人に話すことは苦ではないからその心情はよく分からない。


「お待たせしました」


 マスターが持ってきてくれたモーニングセットが2つテーブルに置かれる。

 半分に切られたバタートーストに、ふわふわ卵のオムレツ、彩りの良い野菜で作られたサラダ。

 サイフォンでうまく抽出されたブレンドコーヒーは食欲をかき立てる。


「先輩がさっきの格好の私を今の私と同一人物って見抜いたのが嬉しくて……。何で分かったんですか?」

(つごもり)色」

「え? (つごもり)?」


「いや、ごほん、その黒髪が印象的だった。昨日見た時のことが頭に残ってて……そんで同じ色の髪をした子を見つけたんだよ」

「……よくただの黒髪を判別できましたね」

「それに後ろから声をかけただろ。間違ってたら振り向かないだろうから……それで判別しようとしてた」


 ……正直な所、あの(つごもり)色の髪は本当に印象的で……なぜか間違える気がまったくしなかった。

 今、思うと間違えてもおかしくない普通の黒色のはずなのに、何でだろう。


 雨宮は機嫌良さそうにトーストを頬張る。


「それに! 1限前から待ってくれた先輩の優しさに乙女心がキュンときちゃうわけですよぉ」

「はぁ? キュンとくる?」


 少し頬を赤くして雨宮は俺の目をじっと見つめる。

 美人にこのような形で見つめられるのは悪い気はしないが……。

 美人……。俺をここを連れ込んだ理由はもしかしてアレだろうか。


「言っておくが俺は奨学金で大学通ってて、仕送り無し、生活費かつかつの貧乏大学生だ」

「へ、どういうことですか?」


「壺とか巻物とか提示されても買えないぞ。ない袖は振れん」

「な、何言ってるんですか!?」


 雨宮は前のめりに訴えてくる。ご自慢の美麗な顔を近づけてくるが俺はそんなことでは揺るがない。


「おまえ、かわいいんだから美人局(つつもたせ)系なんて止めてモデルか何かやればいいじゃないか」

「美人局なんか出来ません! 口ベタって言ったじゃないですか、えっかわいい?」


「おまえほどかわいくて、スタイル良ければ黙ってても何とかなんだろ」


 テキーラ飲まなきゃ喋られない女が詐欺なわけ……いや、それもブラフかもしれない。

 綺麗な女はどいつもこいつもクセが強いからな。高校の時にそれはよく知っている。


「かわいい……先輩が私をかわいいって」


 雨宮が頬に手をあて、真っ赤な顔で呟いていた。

 その変化に思わずコーヒーが口から出てしまいそうな気がする。


「はっ! その……かわいいなんて言われたこと……ほとんどなかったので」

「はぁ? そんなわけないだろ」


 少なくともその顔で普通の学園生活送ったらモテ人生のはずだぞ。

 それくらい雨宮楓の顔は整っている。

 だけど、ちょっとかわいいと言っただけでここまで照れられると本気に思えてくるのが怖い所だ。

 やっぱり美人局系じゃないだろうか。


「私、高校生の時は目立たないキャラだったんです。それで大学に入る時に」

「ああ、大学デビューか」


 雨宮はゆっくりと頷いた。

 ……でもその割に朝来た時は大学デビューとは言いがたい、芋女っぽい感じだったが。


「以前は友達もいなくて、男子と喋ることなんてまったくありませんでした」


 雨宮はさらに話を続ける。


「それで私、大学に入ることを契機に変わろうと思って、髪を解いて、コンタクトにして、お化粧を覚えたんです。そしたら少しでも友達が出来るかなって……そしたら」


 雨宮は肩を下げた。


「ものすごく男子に話かけられるようになって、口ベタだから何話していいかわかんなくて、怖くて……1日で止めちゃいました」


 変わりすぎてしまったんだろう。

 元々素材の良い女の子が悪い所全部改善したせいでとんでもなくモテるようになったのか。

 まぁ……このルックスを見て声をかけない男はいない。

 髪整えるくらいで良かったんだろうな、きっと……。


「どうしようか迷っていた時に出会ったのがテキーラでした」

「クスリみたいな言い方すんなよ。びっくりするわ」


「テキーラを飲んだ私は違う人格になったみたいで……新たな自分になったんです!」

「でも、それただの酔っ払いだからな」


「でも授業中に飲むわけにもいかないし……当初は4時間くらい気分が持ってたのに……最近は2時間しかもたなくなりました」


 薬物耐性になってるじゃねーか。


 雨宮は沈んだ声で尚も語る。

 同性と喋る時は最低限コミュニケーションを取ることはできるそうだが、異性は全然ダメらしい。緊張してまったく声が出なくなるとか。


「だから前期では朝の時の格好のままなんです……。せっかく、オシャレも覚えてたのに」

「そうか……。うん? だったら何で昨日や今はシャレた格好にしてるんだ」


「ふぇっ!?」


 その考えであれば別に今も芋女スタイルでいいはずだ。わざわざ、髪を綺麗にして、コンタクトにする意味はないはず。

 雨宮は急に顔を持ち上げ、あたふたし始める。

 俺が疑問の視線を向けると雨宮は顔を赤くして瞳が泳ぎ始める。

 何かあるのか、隠しているのか……目を細め雨宮を見つめているといきなり、雨宮はテーブルを両の手のひらで叩いた。


「あっ、そうだ! 今日日直だから早く行かないと! 有馬先輩、すみません、ではでは!!」


 雨宮は立ち上がり、猛スピードで喫茶店から出て、大学の方へ走り出してしまった。

 その鮮やかな動きに俺は追うことができず、唖然とするしかない。

 

 ……あれ、俺、アイツに名乗ったっけ。


 ただ言えることは……。


「大学に日直って何するんだ。聞いたことねぇぞ」


 そしてテーブルに置かれた2人分の食事の伝票。


「やっぱ、美人局系じゃねぇのか、あの女ァ!」


 貧乏学生にはきつい2人分の支払いをしたのであった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

この雨宮楓と出会いが主人公にとって本当に、本当に大きなことになります。


雨宮楓の飲酒についてどうなの?って疑問はあると思いますが、あえてここでは説明致しません。

後の話で理由を感じ取って頂ける形となりますので見逃して頂けるとありがたいです。



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