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18話 雨宮からの提案

 12月に入り、めっきり寒くなってきた。


 浜山市は全国でも雪の降らない都市で有名なので冬対策はそこまで心配する必要はない。

 だが、我がアパートは極寒地獄なので中々面倒だ。

 雨宮が電気ヒーターの導入を仕切りに言ってくるが、電気代がバカ高くなるのは困るし、そもそもそんなもの使ったらブレーカーが落ちかねない。

 今年を含めてあと3年、厚手のフリースジャケットで何とか冬を乗り越えるしかないのだ。


「また素うどんですか。栄養偏りますよ」

「夜しっかり食えばいいだろ」


 平日のお昼、大学食堂のテーブルにて俺と雨宮は向かい合って座る。

 雨宮は大学では芋女スタイルのままだ。

 俺や小笠原の尽力で少しずつ声が出るようになってきて、食堂でおばちゃんに声をかけて食券を買うことも可能となっている。

 だけど雨宮は他の生徒と交友関係を深めるようなことをせず、俺にべったりの状態だ。


 昼も一緒に食べて、帰りが揃えば一緒に帰り、ずれていてもどちらかが待って、結局一緒に帰っている。


 せっかくテキーラなしで声が出せるようになってきたんだから、着飾った姿で他の男子とも話せよ……って言うべきなんだろうけど、俺は今の心地よい暮らしを手放したくないのか、結局言えずにいた。


「先輩、一緒にバイトしませんか?」


 それは唐突な提案だった。

 これは一緒にバイトをしようということだろうか。


「おまえ、バイトなんかする必要あるのか? ああ、口下手特訓か」

「あ、いや……そういうことじゃなくて」


 いまいちよく分からない質問だった。

 雨宮はスマートフォンをテーブルの上に置き、俺に見せてきた。

 そこにはカレンダーが表示されていた。


「秀ちゃんの伯父さん、私からすれば従伯父さなんですけど、スキー場を経営しているんです」

「おまえの一族は豪族かなんかか?」

「もう、普通の一般家庭ですってば」

「一般家庭かぁ……」


 そこはもう今更なので放っておこう。

 雨宮は言葉を続ける。


「次の土曜日からシーズンオープンなんですけど、パトロールに行ける人がちょっと少ないらしくて、遊ぶついでにパトロールしてくれないかと言われてるんですよ」


 スキー場でのパトロール業務とはスキー場内で危険がないように巡回している人を言う。

 ケガをした人の救護だったり、立ち入り禁止区域に行く人がいないか監視だったり……そんなとこだ。


「パトロールって資格とかいるんじゃなかったか」

「えっと……、そこまでしっかりした業務じゃなくて巡回をメインにして欲しいらしいです」


 言い方変えるなら限定的なパトロールってやつか。

 身内だから頼めるものなのだろう。


「前ちらっと先輩はスキー場で住み込みのバイトをしたことがあるって言っていたじゃないですか。だからありかなーって思って」


 雑談の1つでそんな話をしたことがある。

 今年の2月、3月の試験休みの時にスキー場でバイトした経験があるので要領は良く分かっているつもりだ。

 伯父からボードとブーツをもらっており、ウェアなどは高校時代にバイトをしてお気に入りのものを購入している。


 だが……問題がある。


「金はないんだが……。税金がかかるギリギリまで働いているからこれ以上稼げないんだ」

「ああ、扶養控除の件ですが……それなら物々支給ならどうですか?」

「物々支給?」

「はい。従伯父はそこでペンションも経営していて、私達はそこで寝泊まりできるんです」


 さすが豪族。いや、豪族ではないんだが、手広くいろいろやってるんだな。


「その中に取り壊す部屋があるそうで、その中で必要なものがあったら持って帰っていいって言われているんですよ。ふとんとかまくらとかもらえるかどうか聞いてみます。羽毛布団で気持ちいいですよ」

「確かに……随分気持ちよさそうに眠ってるもんなぁ」


 じとーっと雨宮を見てみると……その意図に気付いたのか急に顔を紅くし始めた。


「こらっ、寝顔を覗くの禁止です!」


 土日参加するだけで寝具セットがもらえて、一泊タダ、おまけにリフトも乗り放題。


「乗った」

「さっすが先輩!」

「そういえば私達と言っていたが、雨宮以外は誰が来るんだ?」

「私と秀ちゃん」


 小笠原の伯父だったらそりゃそうか……。


「あと秀ちゃんの彼氏さんですね」


 か、彼氏!? そういや、彼氏がいるって言ってたな。

 美人とはいえ、あんなギャルみてぇなヤツの彼氏だからホストみたいな奴かもしれない。


「雨宮から見て小笠原の彼氏ってどんな奴なんだ?」

「すっごい人です。秀ちゃんと仲良くて、よくのろけますし、特徴と言えば……」


 どんな奴だろうと2日だけ我慢すりゃいい。


「秀ちゃんの3倍喋る感じですね」

「それ人間か?」


「秀ちゃんは先輩と仲良くなれるかもって言ってましたよ」

「まったく信用ならないな……。まぁ誰だっていい」

「あと……」


 雨宮はそれだけ呟くと手招きしてもじもじとし始めた。


「私……スノボとか実は初めてで……その良かったら」

「巡回の合間になってしまうけど、俺が教えてやるよ」

「やったー! 楽しみですね、先輩!」


 雨宮がそうやって、俺の側で笑ってくれるなら……それだけで行く価値はあるものだ。

 今シーズン初めてのスノボが楽しみだ。



 ◇◇◇



 雨宮は小笠原と飯に行く約束をしているらしく、少し残念だが夜は1人で過ごすことになった。

 バイトから帰ってきて、1人寂しくカップラーメンをすすることになる。

 こんな日が今までなかったわけではないが、俺にとって雨宮の存在がいかに大事だってことが分かる。


 ……大事なのは飯だけではないんだけど。


「ん?」


 アパートの前に車が停まる音が聞こえる。

 この時間に車が停まるなんて珍しい。ちょうど窓から道路が見えるので覗いてみた。


 でかいワンボックスタイプの車に……雨宮!?


 その時、スマートフォンから音が鳴る。すかさず、掴んで通話ONにした。


「あ、先輩まだ起きてましたか?」

「今、外にワンボックスが見えたぞ。いったい……何が」

「えーと、えーと……今から飲みにいきませんか?」


「は?」


 わけも分からず、ジャケットを着てそのまま外に出る。


 アパートの入り口にワンボックスカーがどっしりと構えていた。

 俺の持っている軽自動車とはやはりサイズが全然違う。旅行とかで車中泊するならこのような車が欲しいと思っていた。


 そしてちらりと影から雨宮がやってくる。


「こんな時間にごめんなさい」


 申し訳なさそうに雨宮は言う。それと同時スライドドアが開いた。


「やっほー、有馬。元気にしとるかー!」


 雨宮の従姉妹で同い年の小笠原(おがさわら)秀佳(ひでか)が乗っていた。

 雨宮と小笠原がいるってことは……この車の持ち主は……。


「おう! おめーが有馬かぁ!」

「は、はぁ……」


 でかかった。声もでかかった。

 190センチはあるんじゃないだろうか、がっしりとした肉体を持つ大男がのっしりと出てきたのだ。

 全てが規格外のこの男はいったい……。


「オレは富田(とみた)吾朗(ごろう)だ。おめーと同じ浜山の2年だ。よし、有馬、車ん乗れ! 飲み行くぞぉ!」

「ごろちんがウチの彼氏ね~。仲良くしてやってなぁ!」


 乗り慣れないワンボックスカーの助手席に乗り込み、その横で富田が豪快に運転席に乗り込む。


 でかい、富田、小笠原の彼氏……。


 もう何が何だかわけがわかんねぇぞ……。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


新キャラ富田吾郎の登場です。

彼の存在が有馬に取って重要な人物となります。

下手をすれば楓よりも重要な時があるかもしれませんね。


これで主要キャラは全員登場です。本編完結までこのメンツでお届けします。

次回もお楽しみ頂ければと思います。

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