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16話 〈過去〉雨宮楓①

 口下手な私は恋を知らない。

 昔から人見知りのひどい私は人と関わることを避け続けてきた。


 非常に裕福な家庭で育ち、愛情深い両親に、デキが良く姉想いで優しい弟と私の家族構成は完璧といってもいい。

 ただ不完全なのは私だけだった。


 虚無な小学生、中学生を終え、真っ新な状態で入学した高校であれば何か変わるかと思った。

 思い切って部活にも入った。


 でも結局何も変わらず、私は誰とも喋らず、一日を終えている。

 私の存在は空気だ。お昼ご飯は1人で食べ、体育の時間も1人のままだ。

 いじめられているわけでもない。存在を認知されていないのだ。


 友達も恋人もいない人生。だけど……私はそれを苦に思ったことはない。欲しがらなければいい。家族だけいればいいんだ。


 だから今日も愛読書【空を目指して姫は踊る】の1巻を手に電車に乗る。

 この主人公みたいに万人に優しい人が現れたら……私も優しくされて、変われるのだろうか。


「頭痛い……」


 体調が悪い。


 今日の昼頃から微熱で頭がゆらゆら揺れるように痛い。

 朝は大丈夫だったのに……。大事を取って休めばよかった。


 まわりを見れば同じ学校に通う生徒達が友人と仲睦まじく会話しているのが分かる。

 帰宅ラッシュに捕まったため席に座ることもできない。

 席を変わってほしいなんて言えるはずもなかった。

 15分ほど電車を我慢すれば最寄り駅に到着する。そこで母に迎えに来てもらおう。


 カーブが続き、電車は揺れる。

 熱が上がり、その揺れは気分を悪くしてしまう。

 手で何とか口を押さえて吐き気がするのを我慢する。


 その時……電車の急ブレーキのせいで近くにいた乗客とぶつかってしまう。

 衝撃で私は手を外してしまい、勢いともに口から嘔吐してしまった。

 しまったと思った時には遅かった。


「きゃああああああああ」


 甲高い女子生徒の声でとんでもないことをやらかしてしまったと心が冷え切ってしまった。

 車両にいた一斉に視線を浴びてしまい、口々に言葉を投げかけられる。


「汚い」

「何やってんだよ……」

「かかってねぇよな」

「こんな所で吐くなよ」


 熱で頭が激しく痛む。恥ずかしくて、泣きそうになり、逃げ出したくなる。

 それでもすぐに掃除しなければならない。通学カバンからタオルを取り出すが……熱のせいか体がうまく動かない


「早くしろよ」


 そんな言葉に胸が痛い。

 もう……外なんかに出たくない。家の中にずっと入ればよかった。


「あっ」


 汚れた床を拭こうとした時、私の手よりも早く、床を拭こうとする手が視界に入った。

 視線をゆっくり上げると男物のスニーカーに見たことのあるブレザー……そして、さらに見上げると、優しげな顔で床の汚れを拭いてくれる1人の男子高校生がいたのだった。


「……あ、あの」


 恥ずかしながら朝、家を出て以来初めて声を出す。

 うまく声量を調整できず、本当に小さな声になってしまった。


 男子高校生は私の方を向いた。

 彼は短く切り取った黒髪が印象的で端正な顔立ちをしていた。体も大きくて、背も高い。


「大丈夫か? 体調悪いなら無理しなくていいぞ」


 男性の言葉に私は胸が温かくなるような気持ちになった。

 男子生徒は嫌な顔1つせず、私の吐いた汚いそれをタオルで拭き取っていく。


「……き、……きたない」


 口下手が災いして、うまく言葉を繋げることができない。

 家族と喋る時はそんなことないのに……何で私はこううまくできないのか。


 男子生徒はポケットから青色のハンカチを取り出した。


「これで口を押さえているといい。まだこれからも電車は揺れるからな」


 自分のハンカチは床の汚れを拭くために使ってしまった。

 人のハンカチを汚してしまう形に躊躇するが、受け取るように言われたので好意に甘えて、口を押さえる。


 ……柔軟剤のいいにおいがする。


 男子生徒はスーパーの袋を取り出して、汚れたタオル一式をそこに入れて、通学鞄の中にしまってしまった。

 何から何まで男子生徒に世話になってしまう。


「ごめ……んなさい」


 男子生徒に嘔吐物処理をしてもらう申し訳なさと恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。

 本当に泣きたい。逃げ出したい。


 その時……男子生徒は私の顔をのぞき込んだ。


「君の艶やかな黒髪が汚れなくて良かったよ」


「……え?」


「ごほん! 聞かなかったことにしてくれ。何言ってんだ俺……」


 男子生徒は恥ずかしそうに手を口に添えて、噤んだ。

 そんな仕草が何だかとても魅力的で私は彼に目線を向ける。


「有馬くーん!」


 人だかりから聞こえる名前に男子生徒は反応した。

 彼はもう一度私の方を向く。


「それじゃ、俺は友達が待っているから行くよ」


 そして彼は笑った。


「……お大事にな」


 その笑顔は今まで見たどんなものよりもかっこよかった。

 王子様のように自信溢れて、こんな醜く、汚い私にも笑みをくれたこの人は愛読書に出てくる主人公のようだ。


 今までの人生でこんなに優しくされたことがあっただろうか。

 嫌な顔をせず、自分の汚い嘔吐物を綺麗にして、優しい言葉をかけてくれた人……。


 彼こそ……本当に優しい人なんだと思う。

 私はその笑顔に魅せられてしまった。有馬と呼ばれた男子生徒に、私の胸に高揚感が芽生える。


「有馬くん、よく……掃除なんかできるね……」

「別に普通だっつーの。善行は回り回ってくるんだよ。助け合いってやつだ」


「あ……」


 男子生徒は行ってしまう。

 私は彼からハンカチを借りたままであることに気付く。

 男性物の青いハンカチ……。これを返す時に私は精一杯のお礼を彼に伝えよう。


 このハンカチを見るたびに今でも思い出せる。

 これが私、雨宮楓の初恋だったと……。


 あなたの頑張りを私はずっと見ていました。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


これが雨宮楓の原点となります。

彼女が雄太のトラウマに寄り添うことができたのは過去の出来事があったということですね。

善行が今、まわりまわって帰ってきたのです。


☆☆☆


「面白い」「続きが読みたい」「期待する」「有馬くんイケメンすぎる!」と思って頂けたら、


評価やブクマを付けて頂けるとモチベーションアップでお話作りがよりよく頑張れるような気がします。


下部から評価を☆を5個分付けられるようになっておりますので是非是非お願い致します。


☆☆☆


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