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11話 とても綺麗だ

 1時間ほど過ぎ、いつまでかかるんだ思っていた矢先、雨宮から連絡が来た。

 試着室に来てほしい……か。このパターンはきっと衝撃的な展開が来るに違いない。

 俺は1学年上の先輩だ。いくら雨宮が可愛いからって、動じちゃいけない。


 心拍数を抑え、ゆっくりと試着室へ向かう。試着室の前にはニヤニヤ顔の店員がいた。

 横にはすっげー量の服が積まれていた。


「彼女さん、とっても可愛らしいですね。私も本気を出させて頂きました」


 何か当初の目的と変わってないか……。

 店員さんと良く話して決めたのであれば俺から言えることはない。


 地にしっかり足をつけ、腕を組み、目に力を込めてこの試着カーテンは解かれるのを待つ。


「では開けますね~」


「―――っ!」


 その姿は今まで見てきた雨宮楓の姿の中で最も華やかであったと言えよう。

 トップス、ボトムス、ソックス、シューズ、アクセサリーの何から何までお似合いだった。

 俺の後ろで幾多の人々が感嘆の声をあげていることから俺の感性が間違っていないと分かる。

 その複雑すぎるコーデの1つ1つを説明していたら日が暮れてしまいそうだった。


 化粧もちょっと変わってないか? 服見ていたはずなのに装飾品が雨宮の体に散りばめられている。

 店員も本気を出しすぎだろう。


「ど、どうですか?」


 そんな姿の雨宮が問うのだから俺は思わず……声に出していた。


「綺麗だな」


「~~っ!」


 やべ、口に力を入れるのを忘れていた。

 雨宮も恥ずかしがって両手で顔を思いっきり隠してしまった。

 何なんだこの状況。俺と雨宮は付き合っているわけじゃないんだぞ。


 だけど……。


「雨宮、もうちょっと眺めててもいいか?」

「えぇ!?」


 声にはもう出さないが、やっぱり綺麗なんだと思う。



 ◇◇◇


 俺の両手には雨宮の購入した服がずらりと並ぶ。

 まさか全部買うとは……。最後の一着だけで十分だろうに。


「全部でいくらかかったんだ?」

「ほんの十万くらいですよ」

「ぐはっ!?」

「先輩!?」


 俺が汗水垂らして必死に1ヶ月働いて稼ぐ金を1回の買い物で使い切るのか。

 何て奴だ。


 単純に金銭感覚が違うんだろうな。金持ちではないと雨宮は言うが、相当裕福じゃなきゃ子供がそんなに金を出せないぞ。

 どうせその服代だって仕送りや小遣い。元は親持ちだろ……。


「仕送りいくらぐらい貰ってるんだ?」

「先輩を悲しませることになりそうなので……止めておきます」


 そもそも仕送りなんてないのかもしれない。雨宮名義のクレカで支払いが親といった所か。仕送りの額をあえて言うならクレカの上限いっぱい……。

 その格差に親を恨んでしまいそうだ。

 独り立ちすればそこからは自分の力でどうにかすべきだが、親の庇護にある内はやっぱりそんなことを考えてしまう。


 車に荷物を全て積み、ようやく手ぶらになった。


「でも店員ともちゃんと話せるようになったじゃないか」

「向こうが合わせてくれましたからね。まだまだだと思います」


 それでも大学の事務局に声を掛けることも嫌がってた時に比べたらたいした進歩だと思う。


「先輩がたくさん話してくれるから喋り慣れてきたのかもしれませんね」

「もうテキーラはいらないんじゃないか」

「いや、でも……ここぞって時の勝負酒ですし」

「どんな酒だよ、ったく」


 それでも流暢に喋るにはほど遠い。まだまだ特訓が必要だな。

 よし……。


「雨宮」

「はい?」


 覚悟を決め、俺はポケットの中の包装紙を荒っぽく雨宮に手渡す。

 やっていることが恥ずかしくて雨宮の顔を見ることができない。

 もう大学生だというのに何とも情けない。


 雨宮が包装を解き、中に入っているであろうネックレスを取り出す音がする。


「わぁ!」


「正直な所すまん。おまえが買ってた服に比べたら正直安物だ」

「綺麗なネックレス……。もらっていいんですか?」


 安物でげんなりされていないか不安でちらりと雨宮の顔を見る。

 雨宮はうっとりと俺の贈ったネックレスを天に見上げていた。


「嬉しい……先輩からもらえたことが凄く嬉しいです。でも高かったんじゃ」

「雨宮には迷惑かけたのと……飯食わせてもらっているのと……まぁ訓練頑張ってる褒美だ」


「ありがとうございます! 大事に……大事にしますね!」


 諭吉1枚くらいのネックレスでは満足させてあげられないのかもしれない。

 それでもそのような言葉が聞けるのが嬉しい。店員に聞いてどんな服でも合うネックレスを選んだつもりだ。

 でも……雨宮が着る服と比べたらランクは落ちるから……そこは申し訳ないな。


「でも本当によかったんですか。これを買うお金があったらもっといろいろ買えたのに……」

「元々はおまえに返すつもりの金だったし……考えてねーよ」

「あ、あの時の……。だったら、これからもご飯いっぱい作りにいきますね!」


 ふぅ……。

 好意があるわけでもないのに何でこんなに緊張しているんだ。

 雨宮の一挙一動がこんなに嬉しいなんてどうかしてる。


 前もそうだ。あの時だって……こんな感じで喜んでたけど最後には……。


 期待しすぎて裏切られるなら……期待なんてしてはいけない。


「先輩、本当にありがとうございます」


 でも……雨宮と一緒にいると過去を忘れられる、そんな気がするんだ。




 ◇◇◇



 そして時が過ぎて11月中旬のある日。

 いつも通り、授業間の休憩時間に大学事務の前にある掲示板をちらっと見た。


「以下の生徒を謹慎処分とする。学籍番号……」


 謹慎処分ね……。ハメを外すやつが現れたってことか。

 何をやらかしたのやら。

 ちょうど俺の隣で女子達が同じく掲示板を見て騒いでいる。


「この謹慎処分の子、知ってるよ。私、学籍番号次だもん」

「え、何て名前の子?」


 俺は興味もないので、掲示板から離れる。


「確か……雨宮って子だよ。まったく喋らない地味な子」


 その言葉は俺の歩みを止めるのに十分すぎた。

 気付けば、振り返り、そこで話す女子生徒達に声をかけていた。


「すまん、そのことについて教えてくれないか」

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