第6話 『親と子は似通るもので』
本日2話目です。初めての一日二更新・・・(遅いですが)
地獄のマラソン大会から生還した二人は、ラルフ夫妻によってベッドに運ばれた。
夕食を食べさせる前に、まずは休息を与えなければならない。
流石に理不尽が服を着ている、と揶揄されるラルフにも、最低限は子供を気遣う心くらいはあるようで。
「うむ。初挑戦で夕飯に間に合うとは大したもんだ!全くもって、将来が楽しみだぞ!」
「……あのね。リクは良いとして、シルヴィアまでこんなにして…ロイとメルにどう言えば良いのよ?く・れ・ぐ・れ・も!やり過ぎるな、と…私は言った筈よね?」
声を上げて笑い、嬉しそうに子供達の偉業を褒めるラルフ。
そんな夫をエリスはジト目で睨み冗談ではない、と凄む。……振り返る金色の髪の美女の表情は…本気で怒っていた。
因みに、ロイとメルというのは、隣に住む薬師夫婦で、シルヴィアの両親の事だ。
治癒魔法の暖かな光でリクとシルヴィアを包みながら・・・の筈だが、何故か部屋の温度が下がった気がする。まるで、凍結系の魔法を行使してるのではないかと錯覚する程に。
夫の訓練方針は間違ってはいない。そう、方針は……
問題はその匙加減だった。この世界…特に自分達が現役の冒険者として活動した時代には、物心つくかつかないかの頃から、子供に何らかの訓練を施す事が常識になっていた。
それは、いつ戦乱が起こるか解らない漠然たる不安と、現実問題として、増える一方の魔物の脅威への備え……自分の身は自分で守る為の、最低限の力は身につけて欲しい……
そんな世の親達の願い。
自分も母親となって、その気持ちがようやく解るようになった。
この子にも。そして、仲の良い隣の薬師夫妻の大切な娘も。自分に出来る全てを授けたい、とエリスも願う様になったのだ。
但し。それは成人を迎えるまでに大成を見れば良い、と思っていた。器の容量を超えて水を注いだ所で、それは溢れて零れてしまう。
限界を超える修行や訓練は逆効果。寧ろ、害悪にすらなり得る…魔法系冒険者であり、研究者でもあった経験から彼女は、あくまで理知的な結論へと達したのだ。
故にエリスは、リクとシルヴィアの適正を見極め、それぞれの得意とする所を無理なく、時間を掛けて高みへ導こうと、日々、教師の真似事をしていた。
ところが、だ。
自分の夫が今日、二人の子供に課した試練は、王都騎士団の入団試験をアレンジしたものだった。
当然だが、本来は屈強な戦士系の者が受ける試練である。
常識外れなんて生易しいものではない。過剰も過剰、難易度はハードモードどころか、間違いなく限度を振り切っていた。
それはエリスにとって度し難い……許せない所業であった。
「い、いや。ちゃんとアイツ等に出来る程度にレベルダウンした内容にしたぞ?あの山には魔物が居ないのは確認したし、対処出来ないような難易度じゃあ…」
冷気に体を震わせ…いや、妻の様子に肝を冷やして、か。
ラルフが言い訳を口にするが、それが更にエリスを怒らせた。あれで、加減していた?と…
「ふぅん……あれで?………どうやらお仕置きが必要なようね、ア・ナ・タ?」
「ご、ゴメ……」
「言い訳無用!!夕食は抜きよ!!!!」
遂に怒りが爆発したエリスは、左手から猛烈な吹雪を放った。正確に夫だけを対象に据えた、極小範囲の魔法。それも、右手は子供達二人への治癒魔法を発動させたままで。
さらりと超高等技術を駆使し、妻は許しを請おうとしていた夫を凍り付かせた。
「ホント……自分まで反対方向に倍の距離を走ってくるし、子供には無自覚スパルタ教官だし、私の苦労を考えて欲しいわ。…全くもう!!世話焼かせないでよねッ!」
氷の彫像と化したラルフの姿に、盛大な溜息とともにエリスは愚痴っぽく。それでも、面倒を掛けられる事を、満更でもなく感じていた自分を自覚する彼女は、ほんの少し、頬を赤らめて言い。照れ隠しとばかりに……
夫を部屋の外へと蹴り出した。
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目が覚めると、そこは見慣れた天井。
どうやら帰り着いて、その場で力尽きたらしい事を、まだぼんやりとする頭でリクは悟る。
訓練の後に倒れ込む事は正直、慣れっこだ。この年になるまで…まだ5歳だが、物心が付いた頃には、疲れ果てて、こうしてベッドに寝かされている事はザラだった。
「あー……またやっちゃったか…」
思わず苦笑いしてしまう。余力を残せずに訓練を終えた事に。そして、何よりも……
「ごめんな。また、シルに無理させちゃったな……俺がもっと強くて、頑張れたらもっと上手くやれるのになぁ…」
隣のベッドに寝かされ、穏やかな寝息を立てている、栗色の髪の幼馴染に謝る。
シルヴィアの支えが無ければ、今回は本当に生きて帰れたか怪しいところがあった。
その分、彼女の負担は大きくなり、まだ眠りの中にいるのだ。
消耗した魔力は、睡眠など、十分な休息を取る事で回復する。
しかし、幼い精神で大量のマナを扱う事は、大きく体に負担が掛かり、体力も著しく消耗する。当然、回復にはより多くの時間を要する事になってしまう。
「……んう………ん…………あ、リっくん……おはよ?」
リクに遅れる事30分。ベッドの上に半身を起こし、寝ぼけ眼を擦りながらシルヴィアが目覚めた。
「シル!……ごめん、無理させて……」
「……?……………えっと、わたし。またやっちゃった?」
「いや、シルは悪くないよ。俺がちゃんと魔力の残りとか、最後のブレーキとか、もっと考えて走ってれば……シルまで倒れなくて良かった筈だし」
「あはは……わたし、途中で何回か気絶したよ?…………今更、だもん」
「…………シ、シル?」
開口一番、シルヴィアに頭を下げて謝るリク。それをきょとん、とした表情で見ていたシルヴィアは、自分が気を失ったのは仕方ない事だから、と慰めようとしたのだが…
少し意地悪をしたくなった。大分怖い思いをしたのだ、それ位は良いだろうと。
「やめてって言ったのに。全然スピード落としてくれないし。……飛ぶし」
「いや。それは。…ええっと、ちゃんと風で守ってたし、怪我はさせないようにしてたし…」
「………怖かったんだもん」
「………………ご、ごめんなさい……」
ぷい、とそっぽを向いてシルヴィアは抗議する。しどろもどろにリクが言い訳するものの、取り付く島もない。
そして、リクは彼の父親とそっくりな動き……土下座をして謝ることになった。
その姿は生き写しの様に、不動の態勢。悲しい程に親子である。
そんなリクをチラリ、と振り返ったシルヴィアは思わず吹き出し……許すのだった。
「……ぷっ。……あははははっ、ごめんね。ちょっと意地悪しちゃったっ」
子供達が目を覚ました事に気付いて、夕飯を食べる様にと声を掛けに来たエリスは、その一部始終をそっと見守っていたのだが…
「あっちゃー……リクの奴、もう尻に敷かれるの確定じゃない。…父親に似て欲しくない所ばっかり似るんだから……」
あれではまるで、ラルフが自分にお仕置きされる寸前の姿そのものだ。違うのは、エリスは決して許さないという事なのだが……
幼い二人の他愛もないやり取りの中に感じた、一抹の不安。
息子の行く末が早くも決まってしまいかねない光景に、エリスは頭を抱えるのだった。
エリス母さんが活躍する一方で、ラルフ父さんの扱いが雑に・・・
次回は少し長めになるような感じです。