第10話 『王都からの依頼』
遅くなりましたが、第10話です。
皆様、熱中症にはくれぐれもご注意下さい・・・まだ少し頭が痛いです。
「誰がこんなに獲って来いって言ったの!?アンタ達、四人分の食材ってこんなに要らないでしょう?殲滅しろなんて、一言も言ってないでしょう!!」
大量の獲物を背負って、意気揚々と村に帰ってきたリクとシルヴィアを出迎えたのは、激怒したエリスのお説教だった。
初めての狩りの成果を褒めて貰おう。と思っていた二人は、あまりの剣幕に驚き、震え上がる。
タイミング悪く、一体何事か、と家から出てきたラルフにもエリスの怒りは飛び火し…今は3人揃って正座をさせられていた。
結局、リクとシルヴィアの狩った動物の総数はというと、イノシシが3頭、シカが5頭、突風に巻き込まれて落ちてきた鳥が数十羽と、四人分には明らかに多い。
生態系に影響するような事も無いだろうし、殲滅した、という表現は大げさかも知れない。
ただ実際、視界に入る範囲全てを巻き込んで【スキル】を放ってしまい、そこに居た全ての動物を狩ってしまったのも事実なので、あながち間違いとも言えないだろう。
「こんな具合じゃダメね。…明日から当分狩りは無し。空いた時間は全部、私の訓練を受けて貰います。……二人とも返事は?」
「「は、はい!!」」
「……よろしい。じゃあ二人とも、まずお風呂に入って来なさい。晩ごはんはそれからよ。…それから、アナタ?」
「はい!!」
「……後でお仕置きよ。ちゃんとあの子達に『限度』を説明しなかった罰として…ね?」
「はい……ごめんなさい…」
子供達の明日以降の指導の半分を受け持つ事を宣言し、夫には絶望の宣告を下すエリス。
またしてもやらかしてしまったラルフは、妻の怒りの大きさに、土下座で震えていた。
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夜明け前の山は、澄み切った冷たい空気が流れる。
村から見える遠い山……幾度、ここの山頂まで走っただろうか。
「ん~~~~~ッ!!やっぱり、ここの日の出前の空気は良いなぁ」
「そうだね。お日様の上る前って、夜より星が何だかきれいだし…私も好きだなぁ」
山頂で少年と少女はのんびり語らう。この場所は今や二人と…傍らで眠たげにあくびをする熊、との『三人』の特等席だった。
「眠そうだな、ベア」
「しょうがないよ、ベアちゃんは熊だもん。こんな時間には普通は起きないもんね?」
二人が初めてこの山へとやって来た時。山頂で出会い、戦った熊。それがこの『ベア』と名付けられた熊だ。
あの時以来、山へと走ってくると、しょっちゅう遭遇する事になった二人と一匹は、幾度となく戦ってきた。それこそ数えきれない程に。
そして、死力を尽くし、命を懸けたやり取りを繰り返す内に、いつしかお互いを認め合ったのか、奇妙な友情が芽生えていったのだ。
少年の強さを。少女の優しさを。言葉は通じないが、ベアは確かに二人を認めており、今ではすっかり懐いていた。
「最初の時はホント、死ぬかと思ったよな。ベアはでっかいし、俺達まだ実戦なんかした事無かったもんなぁ」
「ふふ…リっくん、あの時から暫くベアちゃんの事、雄だって思い込んでたでしょ?だから、なかなか許してくれなかったんだよ、きっと」
「がう…」
「いや、悪かったって…だから唸るなってば。シルも気づいたんならすぐ教えてくれよなぁ」
「ごめんごめん…何だかリっくんとベアちゃん、楽しそうに見えて…つい、ね?」
『雌なのに何度も熊公だの熊野郎だのと…』とでも言いたげに唸るベアに謝る少年を、少女は柔らかな笑みで見つめていた。
日が上る少し前、ベアと別れた二人は村へと走り出す。軽やかな足取りだが、その走りは風を切り裂き、土煙を巻き起こす。
すっかり慣れ親しんだ道を散歩するかの様な表情に、確かな成長が見て取れる。
リクとシルヴィアは10歳になっていた。
日々エスカレートする訓練に、毎日魔力切れを起こしては泥の様に眠り。朝が来る前にはこうして山へと走り出し、帰ってからは実践的な訓練を次々と行う。
乱取り稽古に、各種魔法を中心とした【スキル】の訓練。魔具制作技術向上の為と、各家庭の魔具の点検や修理をこなし。そして、合間に食料調達の狩りへと出かける。
そんな毎日を送るうちに、時は瞬く間に過ぎ去り、5年が経った。
二人の背は少し伸び、見た目にも大きくなった。リクは殆どそのままだったが、シルヴィアは髪を伸ばし、肩から背中に届く程になっていた。
体形も少しずつだが、男女の違いが目立つようになったようだ。
厳しすぎる、というしかない訓練を毎日休まずに続けた二人は、今や、山の山頂と村との往復を夜明け前までに走破してしまう。
最早、馬より速いどころではない。ぶっち切りで抜かしてしまう速さだった。
あっという間に帰り着いた二人は、協力して朝食の用意を始める。もっとも、リクは手伝いと食器の用意が主で、殆どはシルヴィアの独壇場だ。
彼女の持っていた【調理】は、エリスの家事を手伝っている内に【家事技能】というものに変化していた。
上位の【スキル】への変化…進化が起きる事は、それだけの家事の経験を積んだ、という何よりの証左だ。
シルヴィアの料理を始めとする家事の腕は、師匠であるエリスも、母親のメルディアも驚く程のもので、全部の家事を任せても良いと太鼓判を押されており……3年程前から殆どの家事をシルヴィアが行っているのだ。
ラルフとエリスを交えて、子供達二人が作った朝食を食べた後は、いつもの乱取り稽古まで自由時間となっている。
リクとシルヴィアは、この時間に改めて準備運動をし、軽い組手を行うのが常だった。
少しでも感覚を研ぎ澄まし、一発でも多く、ラルフの木剣を躱したい一心からの努力だった。ただ、いつも熱が入ってしまい……乱取りまでに体力を消耗する事も多かった。
成長したとはいえ、まだ10歳の二人は、上手に加減は出来ないのだった。
今日も二人は、素手で構えを取り、お互いの動きを確認するように組手を行っていた。
確認するように、という割には、拳が唸りを上げて空気を切り裂く音が聞こえるのだが……
「やっとるのぉ、リク、シルヴィア。二人とも久しぶりじゃな」
「あ、村長さん。おはよう!」
「おはようございます、村長さん」
良い感じに体も温まり、徐々に組手の速度が上がり始めて来た頃、来客があった。
ラルフ夫妻の家を訪ねてきた老人…白髪に白い髭の人物、ライラック村長・ガタルキが声を掛けてきたのだ。
リクとシルヴィアは手を止めて、お辞儀をして挨拶をする。
「元気そうで何よりじゃ。ところでラルフとエリスはおるかの?」
「父ちゃんと母ちゃんなら、中で食後のコーヒー…は終わってるだろうから、今日の訓練の相談中じゃないかな?」
「あの。村長さん、おじさんとおばさんにご用ですか?」
「ああ、大した事じゃない。お前達は気にせんでもええぞい。さ、続けて続けて。ワシは二人と話してくるでな」
ニコニコと笑う村長は、二人に続けるよう促して、家の中へと入っていく。リクとシルヴィアは顔を見合わせて…首を傾げる。
「……何だろ。村長さんがわざわざ来るって珍しくない?」
「うん……何だろうね。でも…」
「……嫌な予感、するよなぁ」
村長の見せた笑顔とは対照的に、二人の顔は晴れない。こういう時の『予感』じみた感覚は、残念ながら良く当たる。
悲しいかな、二人の経験がそれを雄弁に語っていたのだった。
「……王都から、か。ギルドの依頼でなく、騎士団から直々にですか。随分切羽詰まってるじゃないか」
「そうさのぉ。使者は『騎士団のヒヨッコが討伐に手間取っているから助けてやって欲しい』と言っておった。冒険者ギルドに頼むような恥晒しな事は出来ん、ということじゃろうな」
「……ま、大方は自信満々で来たんでしょうし。痛い目を見て、少しは無意味な自尊心を持つ事も無くなるんじゃない?」
「だと、いいがの。高すぎる自尊心は己を滅ぼしかねんと学習出来たのならの。…無事に王都へ帰れれば、じゃが」
「で。村長、俺達に話を持って来たって事は……敵はいつもの奴か?」
「……そうじゃ、ラルフにエリス。お主等に『魔物討伐依頼』が来た。悪いが、よろしく頼む」
王都の騎士団より緊急で届けられた依頼。
村長であるガタルキは、使者の持つ書簡を渋い顔で読んだ後、『返事は一日待ってくれ』と言いつつも『援軍を受け入れる準備を万端に整える』ようにとも伝えた。
辺境とはいえ、ライラックも人族の王都である、リスティアの王家の庇護下にあるのは間違いなく事実である。
その王都の騎士団直々の救援依頼である。断る事は出来ず、村長は村で一番腕の立つ二人の説得に赴いたのだ。
これまでに、王都の冒険者ギルドからの依頼での魔物討伐は、何度かラルフとエリスに相談し、その都度、手を貸して貰ってきた。
『ギルドにはそれなりに義理もあるから』と二人は快く、交代しつつ依頼を片付けてくれていたのだ。
今回も引き受けて貰えるだろう…と村長は半ば確信しつつ、頭を下げて頼んでいたのだった。
「良いでしょう。お受けしますよ」
「おお、すまぬな!!では早速……」
「ああ、村長。でも…」
「但し、今回は条件が有ります。受け入れられないのであれば、このお話は無かった事にさせて頂きます」
「……俺のセリフ、取らないでくれよ…」
ラルフが応じた事で、顔を上げた村長がパッと笑顔になる前に…エリスが釘を刺すように条件がある旨を伝える。言葉を途中で遮られた夫の抗議はは勿論無視して。
「リクとシルヴィア。二人を同行させます。ついでに言えば、二人に討伐をさせます」
「な、なんじゃと!!」
エリスの出した条件は、『依頼は受けるが、討伐自体は子供達にさせる』という物だった。仰天する村長をよそに、ラルフが更に続ける。
「二人も10歳になったが、まだ一度も魔物を見ていない。ここらで実力テストがてら、一度戦わせておきたい。勿論、騎士団に被害が出ないように、俺達が最善を尽くすよ。そこは安心してくれ」
「う…うむ。……正直、納得はしかねるが、お主達なら間違いはなかろう。……よろしく頼む」
ガタルキはこの夫婦に教育方針を問い質したい気持ちで一杯だったが、へそを曲げられても困る、とリクとシルヴィアに同情しつつ…諦めた。
こうして、リクとシルヴィアの預かり知らぬ所で…初めての魔物討伐に出かける事が決定したのだった。
やっと二人が少し大きくなりました・・・