3-1.転移番長
ダイセンは初対面や目上の人に対しては一応敬語で話しているつもりデス。自分のことを「わたし」と言っているのもその一部デスネ。普段は「わし」デス。
あとグローリヴリンに対しては話している内に『異性』というより、その丁寧かつ毅然とした態度に『先生(尊敬すべき師)』というような印象にダイセンの中でなりまシタ。そのため、もう名前呼びされても平気デス。
第3話 転移番長
ふと空を見上げたダイセンは、その光景に己の目を疑った。
「な、なんじゃ、こりゃあ……」
のっぴきならないダイセンの様子に、横を歩くグローリエルも慌てた。
「えっえっ、何? どうかしたんですか!?」
「空が、空が夜に食われちょるぞ!?」
ダイセンは大仰に空を指さす! その言葉通り、目の前に広がる青空が水たまりに黒い絵の具をたらしたかのようにポツポツと黒い部分が無数に現れ、加速度的に広がっているではないか! なんたる破滅的光景か! ダイセンがこの世の終わりが来たのかと錯覚するのも無理はない!
だが、グローリエル。彼女は空をキョロキョロ見回した後、ため息をついて呆れたような視線をダイセンに送るだけだった。
「まぁた、私を驚かそうとして。もう。次からは引っ掛かりませんからね!」
「おい、違う! アレ! あれじゃぞ!?」
ダイセンは必死に空を指さす。
「だから、何もないじゃないですか」
グローリエルはチラっと空を見て、視線を戻す。ダイセンの指先がへにゃりと力なく折れ曲がった。
「どういうことじゃ……?」
「ダイセン様」
凛とした声が響く。先を行く、グローリエルの母、グローリヴリンからであった。彼女はダイセンの目を真っすぐに見据えている。
「おっかさん」
「貴方の混乱は尤もです。ですが、今は私どもの家に来ていただけませんか? そこで色々とお話をさせて頂きますので」
「? お母様、どういうことです?」
「それも一緒にね。グローリエル」
グローリヴリンは振り返り、また先を歩いてゆく。
グローリエルとダイセンは困惑顔を見合わせた。
*
グローリエル達の家。
質素な食事を済ませた四人は、白い机を囲み座っている。椅子も白く、作りは華奢そうであるが、不思議とダイセンのような巨漢が座ってもビクともしていない様子であった。
「むぅぅ!? どういう意味じゃ!? ここは外国ということですかい!?」
ダイセンは一人、腕を組み、顔をしかめつつしきりに首を傾げている。マリディル(グローリエルの兄)とグローリエルはと言えば、驚愕で開いた口が塞がらないといった様子であった。
「アル・バレン・フィア……異なる世界の住人というのか」
「グラードではない別の世界。そんなものがあるなんて、信じられない」
「むぅぅ!?」
渦中の人物であるというのにも関わらず、一人話についていけないダイセンは助けを求めるようにグローリヴリンを見る。彼女は微笑み、もう一度語りだした。
「ダイセン様。日中と夜を分けるものは何ですか?」
「決まっとる。お日さんが出てたら昼! お月さんが出てたら夜じゃ!」
「オヒサン、オツキサン。そのようなものはこの世に存在しません」
「からかっとる、ようには見えんですのぉ……」
ダイセンの言葉にグローリヴリンが頷く。
「グラードでは『陽の精霊』と『陰の精霊』が一日を支配しているのです。陽の精霊が強いときは日中。陰の精霊が強くなると夜。陽の精霊から陰の精霊へと支配力が移り変わっている途中があの空模様ということです。」
「セイレイどうのこうのってのは何か例え話ですかい?」
「精霊は存在します。これも『この世界』の常識です。だけど、ダイセン様。貴方にとってはきっとそうではないのでしょう」
「うむむ。確かにわからん。何ゆうてるのかさっぱりじゃ」
「どれもこれも、貴方がここではない『遥かなる隔たり』を超えた別世界、グラードとは別の理を持つ世界の人族だからです」
グローリヴリンの言葉を何とか咀嚼しようとしているのか、ダイセンは腕を組み難しい表情で小さく唸る。
少しだけ間を置いて、グローリヴリンは続けた。
「精霊の存在の有無。魔法の存在の有無。種族の違いの相違。そしてなにより、この世における絶対的理であるステータスを持たないこと。これらは全て貴方が別の世界からきた存在であることを示しているのです。別の世界とは貴方が考えるような『遠くの異国』ではなく、貴方の『世界』と『グラード』は全くの別物、ということです」
「別物のぉ。あと、その『すていたす』? そりゃ、なんじゃ?」
「自分の能力を数値化したものだ。誰だって生まれた時から見ることができる。ゴウダダイセン以外はな」
マルディルが口を挟む。
「私の『力』のステータスは『28』。対して妹は『8』だ。つまり純粋な力勝負だと、妹は絶対に私には勝てない。例え仮に妹の『力』が『27』でもな。そういうことだ」
「そげなこと、やってみなけりゃわからんじゃろう」
「わかるんだよ。それだけステータスは絶対的なものなんだ」
「相手の強さがやる前にわかっちまうゆうことですかい? 喧嘩のしがいがないのぉ」
「ゴウダダイセンにしては理解がいいな」
「マルディル!」
「も、申し訳ありません。母上」
「頭を下げる相手が違います」
氷のような視線に見咎められたマルディルは慌ててダイセンへと頭を下げた。
「……すまなかった」
「わたしゃ馬鹿なのはわかってますけぇ、気にせんでもいいですよ」
「本当に申し訳ありません」
グローリヴリンも頭を下げた。
ダイセンは目を閉じ、腕を組んでまま、またも唸り声を上げる。
そんな様子をグローリエルが心配そうに見ていた。突然、本人すら訳が分からぬまま自分の常識が全く通用しない、誰も知らない世界に飛ばされる。それがどれだけ不安なことか、恐ろしいことか。彼女には想像もつかなかった。
だが、ダイセン。そんな心配をよそに、彼は大口を開けて大きく笑い飛ばした!
「がっはっはっ! 面白いのぉ! 巷は不思議でいっぱいじゃあ!」
「ば、バンチョーさん?」
「心配無用です、ぐろうりえるさん。別物の世界とはのぉ。道理で地元では見んような珍奇な獣がいるわけじゃ! 腹に落ちたわ!」
ひとしきり笑い終えたダイセンは頬を掻く。
「しかし困ったのぉ。ここは日の本じゃと思っとったけぇ、適当に歩いてりゃ帰れる思うとりましたが、どうやらそうもいかんようです。どうすりゃ自分のトコ帰れるんじゃ、これ?」
「わかりません」
グローリヴリンは首を振る。
「分かることは、貴方がこの『グラード』に現れたのは『神』の御業ということ」
「『神』!? まさか!?」
マルディルが声を荒げる。グローリヴリンは静かに頷いた。
「えぇ。それほどの力が無ければ、別世界の者を喚びよせるなどできるはずが無い……ダイセン様の驚異的な力も、きっとその時に『神』から与えられたギフトでしょう」
「おっかさんでもわかりませんですか。神さんの仕業なら神頼みでもしてみるかのぉ! がっはっはっ!」
笑うダイセン。何故、こうも絶望的な状況で笑うことが出来るのか、グローリエルにはわからなかった。同時に歯がゆさも感じる。自分ではこの大恩人に対して何も出来ることはないのだ、と。話のスケールに対しての自分自身のちっぽけさが辛かった。
グローリヴリンが白く細く長い、美しい指を額に当てる。
「ただ……そう。ダイセン様がグラードに『転移』した時に、何か神からの啓示……説明がありませんでしたか? そうでなくてはあまりにも無意味……きっと手掛かりはそこにあるはずです」
「『てんい』?」
「あっ」とグローリエルは思う。転移のタイミング。それに関しては心当たりがあった。
「た、多分、それって私と出会う直前のことですよ! バンチョーさん、いきなり現れましたもん!」
グローリエルは勢いよく立ち上がる。
「思い出して下さい。あの時、何があったんですか?」
*
「あの時、何があったんですか?」
グローリエルに聞かれ、ダイセンは考え込む。彼女と出会う前のこと。
グローリヴリンの説明で、ダイセンは自分の身に常識では考えられないようなとんでもないことが起きていることは理解することができた。つまり、いくら荒唐無稽な話でも、鼻で笑うような真似はできない。そう、例えばアレ……夢だと思っていたアレが現実だとすれば。
「しんと……」
ダイセンは呟いた。
「『しんと』ってのを知っとりますかい?」
*