小話2.バウリンガル番長
実はフェンリルは見た目の割りに好戦的ではアリマセン。
霧の能力使って逃げるのが得意デス。
小話2 バウリンガル番長
フェンリルと会話しているかのようなダイセンに対して、グローリエルの兄、マルディルが目を丸くする。
「ゴウダダイセン! 魔獣の言葉がわかるのか!?」
グローリエルも同じく頷いた。
「そう! バンチョーさん。どうしてこのフェンリルが住処を追われたって……」
ダイセンは腕を組み、太く笑う。
「当たり前じゃ! 体と体で語り合ったからのぉ。もうツーカーよ。なぁ、フェン坊」
「がう!」
フェンリルが答えるように吠えた。
マルディルとグローリエルは顔を見合わせる。エルフは森に住み、森と心を通わせると言われている。それは森に住む動物との意思疎通を可能にするスキル『コミュ:アニマル』をエルフは必ず持っているからだ。
だが、『魔獣』。これとはこのスキルをいくら鍛えたところで意思疎通が出来ないのだ。(通常の動物と魔獣の境界は非常に曖昧だが、このスキルが通用するかどうかが一つの分水嶺である)
それをまるで意味のわからない理屈で、目の前の男はいとも簡単にやってのけてしまった。困惑する以外にどうすればいいというのだ。
……いや、一つだけある。だが、それは好ましい反応ではない。
「まさか、『魔族』!?」
「なんじゃと!?」
マルディルが飛びのき、ダイセンに対して長弓を構える!
それは嫌疑! そう、『魔獣』と意思疎通が出来るスキルを持つのは高位の『魔族』のみ! そして、『魔族』とは強い力と欲望と邪悪な心を持ち、それゆえ他種族とは敵対関係にある、忌むべき種族なのだ!
「待って、待ってお兄様!」
二人の間にグローリエルが割って入る!
「どけ! グローリエル! 条件は揃っている!」
「どかない! この人が魔族なわけがない!」
言い争う二人! 緊迫した雰囲気!
「わしゃ、こんなナリじゃがゾクじゃねぇぞ! むしろゾクは嫌いじゃ! 見た目で判断してもらっちゃ困るのぉ!!」
ダイセンも憤慨! ……なにやら勘違いをしている様子である。
「不明な点が多すぎる! その男は危険だ!」
「お兄様の馬鹿! アホ! 馬面! なんでわからないの!」
「わしゃゾクじゃねぇ!」
三者三様で主張をし合い、まるで収拾がつかない! フェンリルは欠伸をして丸まって寝る! 終わったら起こせとでも言わんばかり! 更に騒ぎを聞きつけてか、村の人々がなんだなんだと、家から出てきはじめる。そして、目の前にいる三人の光景に驚いたり、霧が晴れていることに喜んだり、フェンリルに対して悲鳴を上げて逃げたりするのだった。泣き叫ぶ子供もいる! 混沌。正に混沌の坩堝。あぁ、どうすれば。誰かこの状況を打破する者はいないのか!?
「静まりなさい!」
その時、凛と響く声が辺りに響いた。その声はざわつく群衆にもよく通り、一斉に静まり返った。一体誰の声か。その主へと皆の視線が注がれる。
「マルディル。貴方は恥を知りなさい。グローリエル。貴方は感情で喋るのをやめなさい」
それは、エルフ兄妹の母親、グローリヴリンであった。母親に鋭い目つきで睨まれた兄妹二人は、しゅんととがった耳をしな垂れさせる。
グローリヴリンは大きくため息をつくと、ダイセンに向かってニコリとほほ笑んだ。
「そして、ダイセン様。まずはお礼を。村の危機を救って頂き、ありがとうございます」
「お……おう」
頬を染め、照れるダイセン。人の親とはいえ、やはり女性に名前で呼ばれるのは恥ずかしいか。
「今日はもう夜の帳が落ちようというもの。出発は明日にして、今日は我が家に泊まっていってはいかがでしょう? これでお礼になるとは思いませんが、誠心誠意のお持て成しをさせて頂きますので」
「いや、礼なぞ」
「泊まっていって、いただけますね?」
グローリヴリンの眼差しが寒気を発するほどの冷酷な光を帯びる。ダイセンはその迫力に唾を飲みこみ「はい……」と言う他無かった。
グローリヴリンは集まった群衆へと目を向ける。
「皆さん。もうフェンリルの脅威は去りました。ここにいる者は我らが友の一人に他なりません。決して騒がず、みだりに刺激を与えることのないようお願いします」
「がる」
寝たまま唸るフェンリル。群衆の皆はざわめき困惑したように顔を見合わせたが、とりあえず危険は無さそうなことが理解できたのか、その表情は少し明るかった。
「さぁ、ダイセン様。こちらへ」
グローリヴリンはそう言うや、優美に歩みだす。マルディル、ちょっと遅れて残った二人がそれに慌てて続くのだった。フェンリルは今の場所が気に入ったのか、すやすや寝息を立てて動こうともしない。
グローリヴリンはまるで地面を滑っているかのように、その歩みにブレがない。腕を組み、ダイセンは感心したように、そんな彼女の背を見た。
「ぐろうりえるさん。おっかさん、すごいのぉ」
「えぇ。普段は優しいんですけど……」
「なかなかの傑物じゃあ。ホレボレするわい」
「ほ、ほれ!? なん、え!? だ、駄目です! 母親なんですよ!?」
「がっはっはっ! 惚れこむのに母親だのは関係ないけぇ!」
「駄目駄目! 絶対! 駄目です!」
ブンブン首を振るグローリエルに笑うダイセン。ふと彼は違和感を覚え、空を見上げる。そして、目をこすった。見間違いかと思ったからだ。
まるで、夜が空を塗りつぶしていくような、その光景を。
【バウリンガル番長 終わり】