14-1.再見番長
第14話(第一部最終話) 再見番長
ドラゴンとの死闘から一夜明けた、次の日。
ダイセン達はルグゴッグ火山の麓にいた。ちなみにドラゴンの巣から出た彼等は、ドワーフの洞窟へと口少なに直行し、寝た。とにかく寝た。寝た時はまだ日中であったが、夜になっても全員寝続け、次の日中になるまで誰も起きなかった。それほどの死闘だったのだ。この間に不穏な輩に襲われなかったのは幸運と言えよう。
「毎度のことながら、朝が無いのがどうにも調子くるうのぉ……」
ダイセンが欠伸をした後、口をへの字に曲げる。フロンが不思議そうに眉を上げ、空を指さした。
「朝? 朝は落ちてくるじゃないか。ぽつぽつとさ」
「わしんとこじゃ朝は昇ってくるもんなんじゃ」
「想像もつかないね」
首を竦めるフロン。そんなことを話す彼等を、咎めるような視線で見る者有り。黄金の逆立った短髪を持つマルディルだ。肩には例のごとくスライムを乗せている。
「おい。お前達はいいのか。最後の別れだろう」
彼はそういうと、その切れ長の目を後ろへと逸らす。彼の視線の先。そこにはフェンリルと、フェンリルを抱きしめ離れようとしないグローリエルの姿があった。
ダイセンは腕を組み、頷く。
「今はグローリエルの時間じゃ。それに」
そして、太く笑った。
「最後じゃなんて思うとらん」
*
「よかったねぇ。今日から元の生活に戻れるねぇ、フェンちゃん」
フェンリルを抱きしめながら、グローリエルが呟く。フェンリルはそんな彼女の体へと自分の頭を擦り付けた。グローリエルはゆっくりと顔を上げると、彼の顎を優しく撫でる。
「私も寂しいよ。でも奥さんと子供が待ってるんでしょ?」
「がう……」
「うん。待ってる」
グローリエルは微笑み、一歩、二歩と下がった。彼女の白く美しい指がフェンリルの顎をつつつと這い……そして、離れた。
「もう、ええんか」
ダイセンの言葉にゆっくりと頷くグローリエル。
ダイセンは鉄下駄を打ち鳴らしながらフェンリルへ大股で歩み寄り、頭を一撫でする。
「おう。家族によろしゅう頼むぞ! 嫁さんから褒められるとえぇのぉ!」
「がう!」
「ウチも挨拶いいかい?」
後頭部で手を組みながら、フロン。ダイセンの背中から顔を出す。
「フェンころ! 色々あったけど、ま、背中を預け合った仲だ! もうダチってことでいいよな?」
「がう」
「よっしゃ! どきな、バンチョ!」
「むぅ」
喜色満面のフロンはダイセンを横へ押しのける。
そして、鍛えられた褐色の腕をフェンリルの首へと回した。
「他でもないダチのためだ。もうアンタの生活をウチんとこのオッサン共が脅かさないことを大地に誓うよ! 安心して暮らしな!」
「がうっ!」
元気な返事に満足げに頷くフロン。彼女は腕を離すと、ダイセン、グローリエル、マルディルの横へと立った。フェンリルの前に並ぶ四人。
「がうっ!」
フェンリルはそんな彼等を一度見回し、再び吠える!
ダイセン達は頷く。マルディルの肩のスライムも震える。
フェンリルも頷く! そして、振り向き、森に向かって疾走する!
その背中はあっという間に小さくなり、森の暗闇へと溶けていった。
しばらくして、マルディルが首を傾げる。
「随分、あっさりとしたものだな」
「当たり前よ!」
兄の言葉にグローリエルが胸を張る。
「またすぐ会えるって、フェンちゃん言ってたもの。どこにいても絶対に見つけ出すって!」
目を丸くするマルディル。
「グローリエル、お前まで魔獣の言葉を……!?」
顔を見合わせるグローリエルとダイセン。
そして、どちらもフッと頬を緩めた。
「絆よ」
「絆じゃな」
*
さて、残った四人である!
「それで、アンタ達。これからどうすんだい? ウチはもう帰るけど」
口火を切ったのはフロン! ダイセン達に向かって当然の質問。マルディルも頷く。
「そうだ。杖の件もある。一度村に戻るか?」
兄の言葉にグローリエルは少し考える。
杖! グローリエルが持つ、彼女にしか聞こえない言葉を話す知性ある杖! それは元々彼女の母親であるグローリヴリンが持ち主であった。なんとも秘密の多い女性である。聞くべきことも多そうではあるが……しばらくして、グローリエルが首を横に振った。
「多分、今帰ってもお母様は何も教えてくれないわ。きっと私達なりの『答え』を見つけないと」
杖の語った衝撃の内容。どういうことだと、声を大にして問い詰めたい気持ちも山々。しかし、ならば何故その答えを聞きたい。聞いて、何を、どうしたいのだ。
わからない。
そんなことでは、きっと母親は何も答えてくれない。それは旅の中で『答え』を見つけるしかないのだ。
グローリエルはそう確信していた。
「『答え』?」
首を捻るマルディル。グローリエルは苦笑する。また、わかってもらうのに苦労しそうだと、彼女は心の中でため息をついた。
「長くなるから、また後でね。とにかく、私達は他の四大竜達に会いに行かないといけないの。バンチョーを元の世界に帰すためにも!」
「帰す……その四大竜とやらに会えば、お前は自分の世界に帰れるのか?」
「うむ。あの『どらごん』がそう教えてくれたわ」
マルディルに対し大きく頷くダイセン。そんな彼の背をフロンがバシンと叩く! かなり強烈な一発だったが、流石はダイセン! ビクともしない!
「なんだ! 帰る手掛かり掴んだのかい! 良かったじゃないか!」
「がっはっはっ! 結局四大竜とやらがどこにいるのやら、わからんがのぉ!」
ダイセンは大口を開けて笑った。グローリエルも両腕を組んで唸りを上げる。
「うぅん。確かに何ていうドラゴンがその四大竜かすらも……あっ」
そうだ! と閃くグローリエル。
彼女は背負っていたバックパックから『トキの杖』を取り出した。
(フン。なんか用カ。小娘の小娘)
ムスッとしたトキの杖の声。とにかくうるさいから、「黙ってろ!」とバックパックに乱暴に頭から突っ込ませたことをちょっと根に持っているようだ。
「あなた、四大竜のこと知ってるんでしょ? 名前とかわかる?」
(ハァ……そんなことマデ失伝してんのかヨ。今時の奴等はこれダカラ)
杖の馬鹿にしたような物言いに少しだけムッとしたグローリエルだが、グッと我慢する。
「ね、教えて。お願い!」
(しょうがねぇナ。ボルカニア。グラドブル。ウィンディア。リヴァイズ。テメェ等の知っている名で言うナラ……)
*
「ボルカノドラゴン、グランドドラゴン、ウィンドドラゴン、ツインズドラゴン」
トキの杖から聞いただろう言葉を復唱するグローリエル。
すると、フロンがニンマリと笑う。
「『グランドドラゴン』。そいつなら知ってるね」
「ほんと!?」
「まぁ『名物』だし」
「名物?」
疑問顔のグローリエル。フロンは頷くと、元気よくパンと手を叩いた。
「なら、どうだいアンタ達! 一緒にウチの国……『ランヒート』に来ないか? グランドドラゴンのいる場所も近いし、他のドラゴンのことも色々調べられるよ!」
「ランヒート……ランヒート!!!」
グローリエルの目が輝く。尋常ではないほどに。
そんな彼女の様子などつゆ知らず、ダイセンは太く頷いた。
「ならば断る理由はないのぉ! 行ってみるか『らんひぃと』!」
「ドワーフの国か……」
少し顔を暗くするのはマルディル。脳裏によぎるはドワーフにこき使い倒された記憶か。
それを見たフロンが快活に笑った。
「ま、『ドラゴン・ブラッド』の件もある。超国賓対応してやるよ!」
随分と気前の良い発言だ。だが、彼女にそんなことが出来るのだろうか。
出来る。恐らく出来るだろう。
なぜならば、そう。彼女は『ランヒート』の……『王女』なのだ。
そのことを知らないマルディルは、訝し気に彼女を見つめるのであった。
*