小話12.がうがう番長3
杖くんは今まで眠っていて、何かのキッカケで急に起きたワケではアリマセン。ずっと起きてマシタ。むしろ一時も眠ってマセン。
小話12.がうがう番長3
時は遡り、マルディルの矢がボルカノドラゴンの動きを止めた時のこと!
これは、そこで行われた、正に『影の功労者』と呼ぶべきフェンリルの活躍のお話である!
*
フェンリルは地面に突き刺さった矢から分離したスライムを慌てて咥える。彼はその身で後方のグローリエルから発せられる、肌を裂くような魔力の奔流を感じ取っていた。
まずい。かなりまずい。
主殿があのまま魔法を放てば、ここにいる全ての者が滅ぶ!
彼にそう強烈に予感させるほどの代物。
ちなみに主殿とはグローリエルのことである。最早完全に忠犬だ。
「ちぃ! やらせるか!」
フェンリルはその場から素早く離れる! 例によってフェンリルの魔獣語は今回全て翻訳済みである! ご了承頂きたい!
フェンリルは考える。
我には『切り札』がある。それを使えば『自分』は生き残ることが出来る。だが、他の者は? 主を、家族殺し、仲間殺しにするわけにはいかない。それは癒えることのない傷となり、一生彼女を苦しめることになる。
フェンリルはチラとダイセン達の方を振り向いた。
あの二人ならすぐにやられることはあるまい。それに、自分の体は一つ。優先順位を決める必要がある。まずは彼女の家族、次に我が友、最後が女ドワーフだ。
フェンリルは一瞬でそう決めると、迷いを振り払うように疾走! この考えは非情なものだろうか。否。全てを救うならば、こうしたクレバーな思考は必須! 感情だけで動く者に、結果はついてこないのだ!
「スライムよ。お前の力も借りるぞ!」
「ぷる!」
スライムも力強く震えた!
*
「おわっ!」
突如勢いよく飛来してきた赤い物体に押し倒されるマルディル。
マルディルは顔を上げ、その正体を確認する。
「ぷるっ」
「ギル!」
胸の上で震えるスライム。マルディルが視線をスライムの出どころへと向けると、背を向け、唸りを上げるフェンリルの姿があった。
*
あのスライムには全ての火のエーテルを防ぐ力がある。エーテルそのものに近い魔法生物ゆえの特性。
主殿が発する魔力は明らかに火。ならば、これで彼女の家族は安心だ。
フェンリルは集中する。彼の足元から白い霧が立ち上る。
さらに集中。
彼を覆う霧が段々と、黒く……漆黒へと染まっていく!
「******!!!!」
遠くで主殿の叫びが聞こえる。
「間に合わなかったか……! 頼むぞ、友よ!」
*
フェンリルの使う霧には二種類ある。
一つは通常の『白い霧』である。これには魔力を吸収する力がある。これで食事を行う、フェンリルの必須能力でもある。広範囲に散布することも出来、目くらましとしても活用している幅の広い能力だ。ただ、対魔法の防御としては、吸収上限がそこまで高いわけではないので心許ない。ドラゴンの炎のように強烈な攻撃を受ければ、霧ごと吹き飛ばされてしまうだろう。
もう一つが今彼が纏う『黒い霧』だ。この霧の能力は、『魔力の無効化』! 発動までに時間がかかるのが難点だが、一度発動してしまえば魔法攻撃に対しては無敵となる! さらに自身の身体能力も向上するおまけつき! まさに必殺の『切り札』である!
……おそらくほぼ全ての読者諸氏が思ったことだろう。
何故、今まで『黒い霧』を使わなかったのか?
この『黒い霧』は『白い霧』に自身の魔力をありったけ注ぎ込んで魔力に対する鉄壁の盾とするものである。身体能力の向上は『黒い霧』から漏れ出た魔力が一時的に肉体を活性化させる副次効果だ。つまり、この能力を使うと……魔力がからっからになる。このからっから具合は『マジックパワー切れ』などという生易しいものではない。わかりやすく言うなら『マジックパワーのマイナス状態』になってしまうのだ。
『マイナス状態』になってしまうとどうなるか。霧の能力自体が使えなくなってしまうのである。そして、霧はフェンリルが生きるために必要な能力。こんなの『マジでヤバイ』時以外使うわけがない!
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吹き荒れる凄まじき熱風!
その暴力的な熱量をフェンリルから湧き出る黒き霧が消滅させる! 鋭い爪を岩盤に食い込ませ、荒れ狂う風に彼は耐える!
なんという圧! 友と女ドワーフは無事か!?
フェンリルは霧の向こうの二人へ真紅の眼差しを向ける。彼等はひと塊で同じ場所に身を隠していた。どうやら女ドワーフが熱風を防ぐ壁を魔法で作り出したようだ。
だが、アレでは持たない。
フェンリルは歯を食いしばり、唸る!
「持ってくれよ、我が体!」
そして、決断する漆黒の矢のように、熱風を切り裂き直進した!
*
ビキビキビキ……
ダイセンとフロンを守る岩の壁のひびが大きくなっていく。凄まじい風圧で融けるより先に壁が崩れようとしていた。
「マジックパワーも空っけつ……ここまでかい」
フロンはため息をつく。
こんなガサツなウチの最後が、まさか男に抱かれながらとはね。上等じゃないか。
ダイセンの胸の中で、彼女は諦めたように笑った。
だが!!
「まだじゃあ!!!」
フロンを離し、振り向くダイセン!
ジュウゥゥゥ!!!
そして、そして、なんと!
崩れようとする壁の脇を両手で掴み! がっちり支える! 吹き荒れる熱風へと、手を晒しながら!
彼の指から、肉の焼ける音! それは生きている者が出しちゃいけない危険な音色!
「バンチョ! アンタ、無茶だよ!」
叫ぶフロン!
血管を額に浮かし、歯を剥き出しで笑うダイセン!
「両の指ぐらいくれてやるわ! これで助かるならば儲けものよぉ!!」
しかし、風による崩れを押さえても、結局は熱で融け崩れるが壁のさだめ!
彼の抵抗は、ただの悪あがきでしかないのか!
そんなわきゃない! 救いとは、最後まで諦めぬ者にこそ……
「がるるっ!!」
漆黒の闇が、彼等の前に現れた。
*
「おおおぉぉぉ!!!」
裂帛の気合と共に、ダイセン達の頭上を飛び越し、壁の前で立ちふさがるフェンリル!
容赦ない熱風が彼を襲う! 大地に突き立てた爪が筋を引く! 黒い霧が、徐々に、徐々に、押し込まれていく!
まだだ! 主殿のために! 友のために! なにより我の帰りを待つ妻子のために!
「死ねん!! ここは、我の死場にあらず!!!」
フェンリル、咆哮! 漆黒の霧がごうと広がる!!
熱! 消す! 風! 耐える! 守る! 全てを! 救う! 未来を!!
頑張れ! フェンリル!
*
熱風が止んだ灼熱の大空洞。
フェンリルは崩れた岩場の上でお座りをしている。
最後の最後で踏ん張りきれずに、壁と二人諸共風に吹き飛ばされてしまった。情けない。
だが、それでも生き残れた。全員で。こういうのも、悪くはない。
彼の前で積み重なった岩がグラグラと揺れている。
フェンリルは気だるげに顔を上げた。
この脱力感だと、五日は『闇の外套※1』が使えないか……
真紅の眼を閉じる。
「やれやれ……しばらくは妻に養ってもらう必要があるな……」
そして、この先待つだろう最大の試練を思い、少しだけ震えた。
【がうがう番長3 終わり】
※1:闇の外套と霧の能力を指す! 所謂かっこつけだ!