10-1.ドラゴン番長
『固有スキル』は種族や職業特有のスキルですネ。作中に出てきたのだと『コミュ:アニマル』や『シャドウ・ウォーク』なんかデス。
第10話 ドラゴン番長
ルグゴッグ火山。まるでカタツムリの殻のように渦巻くような形状のこの火山。山間や山頂へと続く道中には自然が作り出した洞穴がいくつか存在する。フロンを初めとしたドワーフ達が鉱石を採掘していた場所も、元々はそういったものの一つであろう。
今ダイセン達が向かう先にある洞窟。それは山が縦に大きく裂けたかのようなおどろどろしい巨大な穴。身長2mは超えるダイセンを3人ほど縦に並べても悠々通せてしまうほどの高さがある。そして、奥行きはどうなっているのか、入口からでは全容どころか一端すら掴むことはできない。
「くるる」
先頭を行くレッド・キャップがダイセン達の方を振り向き、唸った。緊張した面持ちのグローリエルがゴクリと喉を鳴らす。
「ここが、ボルカノドラゴンの巣に繋がっているそうです」
「いよいよだね」
黄金の瞳をぎらつかせ、頷くフロン。だが、いつも強気な彼女でも余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)というわけにはいかないようだ。強張った顔をダイセンへと向ける。
「バンチョ。そのうるさい履物は脱ぎな」
「合点」
ダイセン、特に文句も言わず従う。彼は裸足になると、鉄下駄を紐でくくり、その広い背に背負った。
尖った石がごろごろしている火山で裸足はいかがなものかと彼を心配するものはこの場にはいない。事実、尖った石などでどうこうなる彼の足裏ではない。
「くるるぅ」
「コル。コル」
レッド・キャップと話すグローリエル。
「今なら別の所でマグマ風呂を浴びてる時間かも、だって」
「つまり……」
「好機じゃな」
「がう!」
三人と一匹、巨大な洞窟の前に並び立つ。
「行くかぁ!」
ダイセンが踏み出す! その一歩、迷いなき正に益荒男! 進む先にあるは宝か、破滅か。そのどちらだろうと、彼はきっと後悔しない。
*
ダイセン達はじりじりと熱く、薄ら暗い巨大洞窟を進む。ちなみにレッド・キャップの先導はもう無い。火山の動物達にとってもドラゴンの巣穴は危険極まりない場所であり、おいそれと近づこうとはしないのだ。報酬の干し肉二切れを咥えてそそくさと帰ってしまった。
注意深く神経を張り詰めながらしばらく進むと、彼等の視線の先が赤く照らし出される。
どうやら明るく広い場所へ繋がっているようだ。
その出入口で三人と一匹は注意深く中の様子を探った。
鋭利な牙の並ぶ口から舌を出し、苦しそうに息をしているフェンリルを、心配そうにグローリエルが撫でる。
「この暑さ、エルフでもきついですよ。フェンちゃん辛そう」
「がう……」
赤髪の逆立ち具合が心なしか元気のないフロンが肩を竦めた。
「確かに。これじゃドラゴンの前に熱さにやられちまうね」
「『どらごん』けぇ」
ケバだった学帽のツバを撫でダイセンが唸る。広い。そして、熱い。足裏が、肌が、吸う空気さえ、熱い。汗が蒸発どころか、皮膚が焦げ付ほどに。
「こげな所に住むたぁ、確かにどえらい奴じゃ」
そこは、大空洞。ダイセン達のいる出入り口から大きな広間を挟み、反対ではボコボコと泡立ちながらうねるマグマが流れ、この空洞全域を赤々と照らし出している。
これが、ボルカノドラゴンの巣。正に灼熱地獄。
フロンがクイっと首を捻る。
「さっさと終わらせちまおう。ドラゴンが居ない間に、ね」
全員頷く。ボルカノドラゴンの姿は、そこには無かった。
*
ボコッ……ボゴッ……
うなるマグマではそこかしこから気泡が上がり、破裂し、しぶきを飛ばす。
ボコッ……ボコッ……
一部の気泡が、ダイセン達に向かってゆっくりと動いていることに、まだ誰も気づいていない。
*
少し距離を取りながら広間を慎重に進む三人と一匹。
「あ! アレじゃないですか! ドラゴンの寝床!」
グローリエルが古びた杖の先を右方向に向ける。マグマの川から少し離れた壁に不自然な窪みがあるのが伺える。壁に掘った窪みを利用しているというドラゴンの寝床。それらしいものは他にはない。まず間違いないだろう。
フロンが頷く。
「いい調子だね。どうだい? 周りの様子は?」
周囲を警戒するはダイセンとフェンリル。ダイセンは口をへの字にし、腕を組んだ。
「どうにも熱気にやられてフェン坊の鼻が利いてないようじゃ。長居は禁物じゃぞ」
「がう……」
申し訳なさそうフェンリル。ダイセンは慰めるようにフェンリルの頭を撫でた。
「うぅ……ドラゴンさぁん……お願いだから出ないで下さいねぇ……」
グローリエルがそんなことを呟いた、その時!!
ボコボコボコッ!!
マグマの川で大きな気泡が弾ける!!
この異変に耳聡く反応したのは、フェンリルのみ! 顔をそちらへと向け、唸りを上げる!
「止まりゃ!!」
それに気づき、ダイセンが叫ぶ!
次の瞬間!
バッシャァァァン!!
橙の粒子巻き上げながらマグマの川を飛び出し、天井へとへばりつく巨大な影!!
「ひゃあ!」
「あ、ありゃ、まさか」
突然のことに驚き悲鳴を上げ、尻もちをつく、グローリエル!
フロンも天井を見上げたまま、固まって動けない!
巨大な影が大きく身震い! すると! 影にこびりついていたマグマの塊が四方八方へ飛散する! なんという危険な灼熱の雨! まともにくらえば、大怪我では済まない!
「どっせぇ!!」
ダイセンは長ランを脱ぐと、グローリエルとフロンの前に立ちそれを力強く大きく振り回す! 長ランにより打ち払われる灼熱の雨! 長ランは……なんと無傷! 一体何で出来ているのだ!?
二人を守ったダイセンだが、表情は厳しい。
「逃げ道ん塞がれたわ」
その一言にはじかれたように反対側を見るフロン。出入口は飛散したマグマの一部が歪に塞ぎ、シュウシュウと音を立てながら固まっているところだった。影の狙いはダイセン達ではない。初めからこれだったのだ!
ひゅうぅぅぅ、ズドォォォォォン!!!
天井に張り付いていた影が、ダイセン達の前に落下する。
「グルルルルル……」
チリ、チリ、と火花が舞う。
揺らめく視界に光るは四つの輝き。
そのグリーンの輝きはゆっくりと上昇し、止まった。
それは巨大な壁と見紛うほどであった。
ダイセンは見上げる。自分の身長の2倍以上あろう場所にある、その『瞳』を。
伊吹と共に赤く赤熱する筋が光る、鱗に覆われた皮膚。
逞しい四つ足には、それぞれに凶悪な太く鋭い爪。
うねるヒレつき尻尾は圧倒的に強靭。
背中のヒレは刺々しい。
太く長い首にのる、四本の直線的な角を持つ凶暴な顔つき。
凶悪な牙が並ぶ大きな口からは炎が漏れ出ている。
ボルカノドラゴン……
四つの瞳がダイセン達を見下ろしている。
誰も、息が出来ない。
圧倒的な、(ドラゴンはゆっくりと体を反転させ)、存在感。
恐怖を超え、神々しささえ感じる、(ドラゴンは強靭な尻尾を振るった)、造形。
グラード最強の生物。
目の前のドッギャアァァァァァン!!!!
ダイセンが姿を消した。
スガァァァン!!
土煙を上げ、遠くの岩壁が崩落する。ダイセンが巨大な尻尾の薙ぎ払いでぶっ飛び、岩壁へと叩きつけられたのだ、と他の者が気付くまで、しばらく時間がかかった。
「バンチョー?」
グローリエルが震えながら呟く。見えるのは岩に埋もれた二本の脚だけ。
グラード最強の生物。
目の前の存在は、正にそう言うに相応しかった。
*