小話8.王女様番長
ダイセンとグローリエルはフェンリルとのお別れを次の日にする予定を立ててマス。最後の夜にグローリエルも寂しさ爆発! フェンリルにたっぷり甘えてまシタネ。
小話8 王女様番長
『ドラゴン・ブラッド』。それは力あるドラゴンの住処にあると言われる伝説の魔鉱石。この火山に住む『ボルカノドラゴン』、その巣にアタックをしかけよう。それがフロンからの提案だった。
グローリエルは両手をぶんぶんと顔の前で大げさに振る。
「な、なんでそんな危険なことしなきゃいけないですか! 駄目駄目! 絶対! 駄目です!」
「別に『やせっぱち』にゃ聞いてないよ」
不機嫌そうにフロンは口をすぼめる。対して、興味深そうに顎を手で摩るのはダイセン。
「むぅ。お宝探しですかい。楽しそうじゃが、わたしも遊んでいられる身分じゃないですけぇ。それにグローリエルは『ぱーてぃー』じゃ。彼女がやらんいうなら、やるわけにはいかんです」
「バンチョー……」
「チッチッチッ! 別に遊びに誘ってるわけじゃないのさ」
フロンはあぐらをかくと、得意げに指を振った。
「これはアンタ達にも利のある、というかアンタ達のための提案だよ」
「私達?」
「あぁ。このルグゴッグ火山の一件は、まだ終わっちゃいないんだ」
「むぅ? どういうことですかい?」
腕を組み、唸るダイセン。フロンはダイセンとグローリエルの顔を順番に見る。
「ウチとの勝負で賭けたのは『ルグゴッグ火山を出て行く』ことだけだ。しばらくすりゃ、ランヒートからまた大勢おっさん共がここにやってくるはずさ」
「えぇ!? そんな! ずるい!!」
「がっはっはっ! こりゃ一本取られたのぉ!」
「わ、笑ってる場合じゃないですよ!」
「ぐるるる」
フェンリルも顔を上げ、真紅の瞳でフロンを睨みつける。フロンは慌てる様子もなく、両掌を彼らに向けた。
「おっと。過ぎちまったことを掘り返すのは止そうじゃないか。ウチとしても心苦しく思ってるんだぜ?」
「ふん! 嘘ばっかり!」
「それで、『どらごんぶらぶら』とやらがどう関係してくんじゃ?」
ダイセンの言葉に、フロンはパチンと指を弾く。
「そう! そこで『ドラゴン・ブラッド』さ! そいつに内包される魔力は並みの魔鉱石うん百年分! ルグゴッグ火山の山堀り代わりにするにゃ十分だ。それがありゃ、少なくともウチの目の黄金が失われない間はここの開発を止めるように取り計らってやることは出来る」
「取り計らうって……あなた、そんなこと出来るの?」
「おや? まだ言ってなかったかい?」
訝しむグローリエルに対し、フロンは咳払いをし、得意満面の笑みで自分の胸に手を置いた。
「我が名はフロン! ランヒート国王『フレキ』の娘であり、王女なり! どうだ! 驚け驚け! かっかっかっ!」
*
グローリエルとダイセンは唖然とする。今まで彼女からは気品のかけらも感じなかったが、そう言われてみれば……いや、やはり感じなかった。
「う、嘘でしょ、ですよね!?」
グローリエルは混乱し言葉遣いがおかしくなっている。
ダイセンは眉を潜め、頭を掻いた。
「王女さんが、なしてこんなとこにいるんじゃ」
フロンは満足げに頷く。
「ま、家庭が現場主義でね。アンタ、王女の胸倉掴んで、顔を傷物にしたんだよ? どう責任取るつもりだい?」
そして、彼女はダイセンの胸へといたずら小僧のような笑みを浮かべながら、人差し指を突き付けた。彼女の頬には白い粘着テープが貼られている。ダイセンとの闘いでついた小さな傷の治療跡であった。
「それは……すまんです。何度でも頭を下げるしか方法を知らんけぇ、申し訳なし」
ダイセンは両手を床に付き、深々と頭を下げた。実はこのことについては、彼は何度となく謝っているのだ。婦女子の胸に手をかけたばかりか、顔にまで傷をつけたこと。全てがわざとでは無いとはいえ、彼にとってはかなりの不覚であった。
フロンは慌てたように両手を突き出した。
「あぁ、あぁ、頭上げな! 気にしてないって言ってるだろ! ったく、冗談通じない男だねぇ、ほんと」
「むぅ。そう言ってくれると助かります」
「お、王女様、本日はお日柄もよく……」
「アンタはアンタで態度変わりすぎだよ」
カチカチに緊張するグローリエルに、フロンはため息をついた。
「ま、ウチのことは気軽に『フロン』でいいよ。王女っていってもこんなんだしね! あんまりかしこまられても気持ち悪くてしゃーない! アンタもアンタも、その妙ちくりんな喋り方はやめな」
二人の顔を順にみるフロン。ダイセンは太く頷き、グローリエルはほっと胸を撫でおろした。
「そう? じゃあ、そうする」
「……なかなかいいタマしてるじゃないか」
フロンは頬のテープを掻く。そして、一度深呼吸をして、再び真剣な眼差しをダイセン達へと向けた。
「で、どうする? 『ドラゴン・ブラッド』……やるかい?」
グローリエルはおっかなびっくりといった様子で唾を飲みこむ。
「うぅぅ。探すだけですよ。ドラゴンなんて、絶! 対! 敵わないんですから」
「『どらごん』のぉ」
ドラゴン。そう言われてダイセンがパッと思いつくのはとあるプロ野球球団であるが、文脈からしてそれは無いと即時判断し、頭の中から追い出した。
彼はざらりと顎を摩る。
「そげに強いんか?」
「このグラードで最強の生き物と言えば、まず上がる名前です!」
ダイセンの脳裏によぎるは、元の世界での野生動物との命をかけた修行の日々! 強敵だった隻眼の大ヒグマは今も元気で過ごしているだろうか。元の世界に戻ったら49対49で引き分けたまま終わってしまった力競べに決着をつけるのもいいかもしれない。
ダイセンの口角がなつかしさに緩む。
「ほんなら、いっちょ稽古でもつけてもらいたいのぉ」
「いや、本当駄目ですからね!?」
「かっかっかっ! いい度胸だ!」
唖然とするグローリエルに笑うフロン。ダイセンは両腕を組んだまま、フェンリルの方へと顔を向けた。
「フェン坊、ぬしゃどうする? もう家族の元に帰ってもえぇんじゃぞ」
「がう!」
聞くなとばかりにフェンリルが吠える。
その時、パチーンと子気味の良い音が洞窟に響いた。フロンが手を叩いたのだ。
「よっしゃ! 決まりだね! 過去は忘れて仲良く行こうじゃないか!」
*
夜が更ける中、カンテラの光が照らす洞窟内に、話声が響いている。
「ゴウダダイセン? それがどうしてバンチョになんだい?」
「さぁ? どうしてです? 実は私も気になってたんですよ」
「むぅ。番長ゆうんは……皆から認められた頭役……説明すんの恥ずいわ。まぁ、わしが元の世界でやっとった職みたいなもんじゃ」
「元の世界?」
「あぁ、それはですね……」
話声はだんだんと小さくなっていき、そして聞こえなくなった。
長い一日が、ようやく終わる。また次の、長い一日に向けて。
【王女様番長 終わり】