4-2.旅立ち番長
ちなみにグローリヴリンは200歳を超えていマス。暗黒時代を知る人物デスネ。
次の日、グローリエルの家を出たダイセン達を出迎えたものは異様な光景であった。
それは家を取り囲むエルフ、エルフ……村中のエルフ達だ。
「な、なんなの?」
その光景にグローリエルが困惑している。だが、ダイセンには自分達を取り囲むエルフ達の視線には覚えがある。
「下がっとって下さい」
ダイセンはグローリエル達を手で制した。
「フェン坊、お前もじゃ」
「ぐるるるる……」
いつの間にやら家の前にきていたフェンリルにも言う。フェンリルもこの雰囲気に充てられてか、牙を剥き出し、唸りを上げていた。
そう、エルフ達から向けられる視線の正体。それは怯え……そして、敵意だ。
「ご心配なく」
前に立とうとしたダイセンの更に前に立ったのは、グローリヴリン。この異様な雰囲気にあって、彼女の毅然さはいささかも崩れていない。そして、氷の視線をエルフの群衆に向けるのであった。
*
「これは一体何の騒ぎですか」
「わかっておるだろう、グローリヴリン」
エルフの群衆から、白銀の長髪を持つ少しばかり皺があるエルフが一歩前に出る。
「その男をこれ以上村には置けん」
「長老ともあろう方が、器量の狭い」
大きな胸を張り、嘲笑うようにグローリヴリンは言い放った。前に出てきたエルフの男、それはこの村の長老であった。
長老もグローリヴリンを睨み返す。
「村を守るのが長の務めだ。魔獣を手懐ける男を放っておくことなど出来るものか。即刻、魔獣共々ここから立ち去ってもらう」
「村を救った英雄に対する言葉とは思えません。エルフとしての恥を知りなさい」
「何と言われようと、これが村の総意だ。見よ、皆の顔を」
グローリヴリンはぐるりと辺りを見回す。皆の顔を見るためではない。一人一人に睨みを効かせるためだ。
「私達を抜いての総意? 笑わせる。ただ不可解な者が怖いだけでしょう。私達は知っている。ダイセン様は敬意を払うべき相手であると!」
「知らぬな。人族など信用する方がどうかしている。大方魔獣をけしかけたのも、その男ではないのか?」
「言うにことかいて!」
「許せない!」
グローリヴリンの憤慨と共に、怒りを露わにしたものがいる。グローリエルだ。彼女がズンズンと歩き、ダイセンの前に立つ。それに続いてマルディルもため息をつきながら前に出た。
「長老! 言っていいことと悪いことがあると、それだけ生きて分からないのですか!」
「今の言葉は、私もどうかと思いますよ」
睨みあう村人達とグローリエル一家。
緊迫。正に一触即発の様相。次の言葉次第では目を覆いたくなるような陰湿な光景が繰り広げられることになるかもしれない。誰も彼女達を責めたいわけでないのだ。彼女達の言い分に一理あることもわかっているのだ。それでも自分達の意見を押し通したい。怖いから。そういう時に行使されるのは、大多数の最大の力。数に任せた恫喝。それだけである。
前に出た三人は、それを覚悟していた。
誰が、次に一体誰が言葉を発する?
ごくり、と誰かが息を飲んだ。
「がーはっはっはっ!!」
その時、静寂を裂いたのは、太く大きな笑い声であった。
*
その大きな笑い声に一同はびっくりして、視線を一斉に向ける。その主、ダイセンへと。
「ありがたい、ありがたいのぉ」
ダイセンは笑いながら、巨体を揺らし、ずんずんとグローリエル達の前へと出た。
「昨日おうたばかりの奴に、ここまでしてくれるとは。頭が下がる思いです」
ダイセンはグローリエル達に頭を下げる。
「バンチョーさん」
「ゴウダダイセン」
「ダイセン様」
三人は毒気を抜かれたように目を丸くしていた。
「フェン坊、こっちこい」
頭を上げたダイセンがそう言うと、ダイセンの横にフェンリルが駆け寄る。エルフの群衆はざわつき、彼等を囲む円が少しばかり広がった。
ダイセンはエルフの長老と向かい合った。
「すまんです!」
そして、勢いよく頭を下げたのだった。
「!?」
「今回は友達がえろう迷惑かけた! こいつには言葉が無いけぇ、代わりにわたしが謝ります! 本当にすまんかったです! フェン坊、お前も頭を下げぃ!」
フェンリルも舌を出しながら頭を垂れる。見ようによっては謝っているようにも見えた。
「ば、バンチョーさん、あなたが頭を下げる必要なんて」
「グローリエル。ここはダイセン様に任せましょう」
「お母様……」
眉根を潜めた長老が頭を下げたダイセンを見下ろす。
「私から言えることは一つだ。ここをすぐ出ていってくれないか」
「わかっとります。元からもう出発するつもりじゃった」
頭を上げたダイセンは、昨日にグローリヴリンから貰った食糧などを詰め込んだずた袋を背負う。
「まっこと、すまんかったです。この通りじゃ」
そう言い、エルフの群衆に向かって再び頭を下げるのだった。
それを見たエルフ達はざわつきながらも徐々に解散していく。出てけと言って、その本人が出ていくと言った。ならばもうこれ以上言うことなどないのだ。しばらくして、後に残ったのはグローリエル、マルディル、グローリヴリン、フェンリル、ダイセン、そして長老だけであった。
「こんな、こんなのって」
グローリエルは唇を噛み締める。ひどすぎる。とてもじゃないが、まともではない。グローリエルは怒りに打ち震えた。
すると、どういうことか。長老が苦々しい顔で頭を下げのだ。
「すまない。謝っても謝りきれん」
「何を今さら……!」
「グローリエル」
「お母様! 止めないで!」
「長老の立場を考えろ、グローリエル。あのままでは暴動が起きかねなかった。どちらにも悪役が必要だったんだ」
「お兄様! でも」
「だからって、少し言い過ぎだとは思いますがね」
「本当にすまない」
グローリエルはしゅんと長い耳をしな垂れさせる。振り上げた拳の置き場が、見当たらない。そんなもどかしい気持ちだった。
「ぐろうりえるさん。あんさん等が分かってくれるだけで十分じゃ。村付き合いをわたしのせいで悪くする必要なんてねぇんです」
「バンチョーさん」
ダイセンは太く笑う。
グローリエルは思う。どうして、どうして彼はそんなに嬉しそうに笑えるのだ。この村を救ったのに。それをみんなにわかってもらえなかったのに。勇者だから? 英雄とはそういうものなのか? 違う。違う! きっと彼だからだ。ダイセンだからバンチョーだから笑うことができるのだ。
「行こうかい、フェン坊」
「がう」
「みなさん、世話んなりました」
ダイセンがグローリエル達に深々と頭を下げる。
「こちらこそ。申し訳ありません。そして、ありがとうございます。本当は私達がしなければならないことを」
「ゴウダダイセン。『勇者』かどうかは知らんが、お前のことは気に入ったよ。……旅の無事を祈ってるぜ」
グローリヴリンとマルディルがそれに応える。ダイセンは頭を上げると振り返り、フェンリルと共に村の出口へと向かった。
しかし、ただ一人、グローリエルだけはまだ納得がいっていなかった。
「こんな、別れ方……私は」
ダイセンの背が見えなくなっていく。いいのか、これでいいのか。
彼女は叫んだ!
「いいわけないでしょ!!!」
「!?」
グローリエルは拳を握りしめ、長老の襟首を掴みあげる!! そして、
ドグシャァ!!!!
「ぐぇぇッ!?!?」
そして、躊躇なく思い切りぶん殴った!!! 長老の頬に拳がめり込み、鼻がひしゃげ、色々な液体を噴出しながら長老は吹っ飛ぶ!!
「ヒュー」
マルディルが軽率な口笛を吹いた。ただ、それを見咎める者はいない。
グローリエルはフンと息を吐き、頬を押さえ倒れる長老の前に仁王立ちをする!
「ごめんなさい! 私、この村出ていきます! 今までお世話になりました!」
「グローリエル!」
「お母様、今度こそ止めないで! 決めたから!」
「いいえ。これを持っていきなさい」
グローリヴリンは古ぼけた杖とバックパックを持ち出す。
「どうして」
「多分、貴方ならそうすると思ってね。準備しておいたの」
そう言ってグローリヴリンはグローリエルに向かってウィンクをした。
グローリエルは杖とバックパックを受け取り、感慨深く抱きしめる。
「ありがとう、お母様……」
「ナイスパンチだったぜ、グローリエル」
「も、もう!」
からかうように笑うマルディルにグローリエルは顔を赤くする。最早長老の存在は忘れ去られていた。憐れである。
グローリヴリンは真剣な面持ちでグローリエルを見つめる。
「グローリエル。あの人と行くならば、これだけは覚えておきなさい」
グローリエルも居住まいを正す。
「自分を信じること。目に見えるステータスなどに惑わされては駄目。貴方にはそんなものでは測れない力が、きっとあるから」
「え、どういう」
グローリヴリンの言葉の意図を、グローリエルは図りかねる。ステータスは絶対的なものだ。これは常識であり、先日もグローリヴリン自身がそう言っていたはずなのに。それに『惑わされるな』?
困惑するグローリエルの頭をグローリヴリンは優しく撫でる。
「いいの。今はわからなくて。ただ覚えておくだけで」
「は、はい。覚えておきます」
グローリエルは杖とバックパックを背負う。そして、二人の家族に笑顔を向けた。
「ありがとう、お兄様、お母様。私、行ってきます!」
「えぇ。帰ったら旅の話を沢山聞かせて頂戴ね」
「行ってこい。あの勇者は危なっかしいからな。助けてやれ」
グローリエルは頷くと、踵を返して元気よく走りだした。先に行ったダイセンの背を追いかけ。
*
エルフの村。マルディルが大きくため息をつく。
「さぁて、じゃあ俺も行こうかな」
「マルディル」
「母上。危なっかしい奴に危なっかしい奴がついていっても危なっかしいだけです。やはり一人はちゃんとした者が必要かと」
「えぇ。いってらっしゃい」
ニコリとほほ笑むグローリヴリンにマルディルは肩を竦める。
「やれやれ。これもお見通しですか。もうちょっと驚いてほしかったですね」
「子供の考えることです。親がわからないとでも?」
「敵わないなぁ。それでは」
マルディルは軽く一礼すると、すぐにグローリエル達の後を追って駆けていった。
一人残ったグローリヴリンは、倒れた長老へと歩み寄る。
「大丈夫ですか、長老?」
「際どいがライフは残っているよ」
長老は酷く腫らした頬を摩りながら、起き上がった。そして、村の出口へと目をやる。実のところ、腫れが酷くて長老はまともに喋れていないのだが、わかり易さを優先して彼の言葉は翻訳済みである。ご了承頂きたい。
「ふん。そっくりだよ、グローリヴリン。血は繋がってなくとも親子だな」
「血の濃さなど」
「マルディルも行ったか」
「えぇ。私の言う通りだったでしょう?」
「……賭け事は魂が汚れる。無効だ」
「まぁ! ずる賢い!」
グローリヴリンはコロコロと笑う。それを見て長老は笑みを浮かべた。
「変わってないな。思い出すよ、お前が出ていった日を。だが、私は変わった。この村を変えようとして、果たせなかった。それでこのザマだ」
「今からでも遅くはないわ」
「……変えられるだろうか。私に」
「えぇ。気合も入ったでしょう?」
長老は腕を組み、大きな笑い声を上げた。
「確かに、その通りだ!」
ふと、彼はグローリヴリンの顔を見る。
「ところで、まだ回復魔法は使ってもらえないのか?」
「私は今の顔の方が好みですよ、長老」
すました顔でグローリヴリンは答えた。
【旅立ち番長 終わり】
【今日の最強ステータス!】
・グローリヴリン
職業:きらめきの賢母
【基礎ステータス】
ライフ(最大):31
マジックパワー(最大):100
力:16
体力:9
魔力:41
素早さ:11
【累計ステータス】
攻撃力:19
防御力:15
魔法威力:49
魔法抗力:64
素早さ:15
【代表スキル】
癒しの手:回復魔法の 効果が 上がる!
【一言】
母親として過ごす日々が、力よりも大事だった。