第五話 メイド喫茶、貴族、そしてメニュー
リリアの母親が奥の部屋に入ったすぐ後、リリアの母親が部屋から出てきた。
「リリアが来てくれなきゃ着替えさせられないじゃん」
「あ……」
リリアの母親の言葉に反応したのはシンフィアだった。
自分がメイド服を持ってきて欲しいと言ってしまったからだ、とでも思っているんだろう。
当のリリアはと言えば、未だに少し躊躇っている様子だった。
そんなリリアの腕を掴み、リリアの母親はリリアを部屋へと連れ去っていった。
「リリアのメイド姿、可愛いんだよ? ルーンナイトの面影なんて全くないんだから」
「あの娘はほんと、昔のお母さんにそっくりだよ」
「そ、そうなんですね」
はっきりいってリリアが昔の母親に似ているとか心底どうでもいい。
そんなことより鎧を身にまとった姿ですら可愛いと思えるリリアのメイド姿が気になって仕方ない。
落ち着こうと思っても、勝手にソワソワしてしまう。
久しぶりらしいからか、リリアの父親もソワソワしているようだ。
2人が部屋に入ってから10分ちょっと経った頃、ようやく着替えが終わったようで、母親が先に出てきた。
「いよいよメイドリリアの登場でーす!」
テンションの高い母親の声に、つい鼓動が高まる。
ゆっくりと部屋の扉が開いていき、扉の先にはメイド服に身を包みこんだリリアが立っていた。
恥ずかしいのかモジモジしていたリリアだったが、徐々に慣れてきたのか普段の表情に変わり、俺たちのもとへと歩いてきた。
「ど、どう?」
「可愛い……です…………」
普段の表情だったから恥ずかしさが無くなったのかと思っていたがまだ恥ずかしかった様で、顔を赤くしつつ質問してきた。
つい思ったままの感想を言ってしまい、つられて自分の顔も赤くなるのを感じた。
「ありがと」
「お、おう」
「何2人で変な雰囲気醸し出してんのよ」
そうは言っても仕方の無いことだと思う。
というか、ん?
ふと疑問に思ったんだが…………
「仕方ねぇだろ。それより気になったことがあるんだが」
「なに?」
「今更だがこういうの、貴族達に怒られないの? というか、実際のメイドさんってこんな格好なの?」
そう。ここはリアルメイドがいてる世界のはずなのだ。
貴族達が自分達にしか味わえないメイドという存在の優越感が無くなるとかで怒ってきそうなものだが……
真っ先に俺の質問に答えたのはシンフィアだった。
「なんだ、そういうこと。ホンモノのメイドさんってのは全くこんなんじゃ無いみたいだよ? 怒られる云々は色々あったみたいだけど」
「うん……色々あったよ…………」
リリアの顔を見る限り、なんか大変なことがあったようだ。
聞いてもいいのだろうか。
「初めはリアルなメイド服で喫茶店のような営業をしてて、巷で[貴族のような体験ができる]って有名になったんだ。だから結構繁盛したんだけどね……案の定貴族様が乗り込んできたんだよ……」
俺の考えを知ってか知らでかリリアは昔を思い出しつつ話し始めた。
「その頃はこんなフリフリじゃなくてもっとシンプルな服でね……ちょっと貴族様も感心しかけたんだけど、やっぱり気に食わなかったみたいで、潰そうとしてきたんだ」
「なにそれ初耳」
シンフィアも詳しくは知らなかったようだ。
というか、貴族ってイメージ通りなんだな。
気に食わないから潰すって…………
「でもね、街の人達、特に男性利用客の方々が猛反対してくれてね、凄い勢いだったから貴族様も圧されたんだ」
「それでそれで?」
「どうなったんだ?」
この話の流れだと、今のメイド喫茶になった過程がわからない。
気になり話を促す。
「ただ、そう簡単には行かなくて、反対してる人たちにお金を渡し始めたんだよ」
「ほぉ」
「貴族らしいな」
「そこである人がある提案を貴族様に持ちかけたの。一風変わったメイド喫茶にしてはどうかってね」
誰だそんな変わった提案する奴。
というか、ここまで俺らの世界に近いメイド喫茶を作り出すとか日本人だろ。
「その人の提案を聞いた貴族様は具体的な説明を聞いたら、納得してくれたみたいでね、今の形になったの」
いやいやいや。
なんで貴族納得したんだよ。
貴族の頭もアレなのか? ちょっとイッちゃってんだろ。
「なるほどねぇ。私がリリアと知り合った時は既にこの状況だったから、昔のこの店知らなかったなぁ」
「貴族ってどんな奴なの。ねぇ、どんな面してんの」
「遼斗って貴族様に対して凄い発言するね」
「日本には貴族なんていなかったからな。イマイチ凄みがわからん」
「とりあえず言えることは、貴族様にそんな口聞いちゃいけないからね?」
貴族ってのはそんなに権力あんのか。
面倒くさそうだし、貴族には関わらないのが吉だな。
貴族とは関わらない、絶対に。
「りょーかい。この店も色々大変だったんだな」
「ほんとに……一時はどうなるかと……」
「そういや、遼斗はバイト内容聞いとなくていいの?」
「あぁ! 確かに聞いとかなきゃ」
危うく大変なことになるかもしれなかった。
一体どんな内容なんだろうか。
「明日から、俺って何すればいいんですか?」
「とりあえず初めから厨房で働いてもらおうか。今から料理がどれほど出来るか見せてもらえるかい?」
「了解です」
両親が共働きで夜遅くに帰ってきていたため、基本的にご飯は自分で作っていた。
そのため、そこそこ料理の腕前に自信はある。
「それじゃあ他の子に厨房任せっきりだったし、そろそろ戻らなきゃだから、一緒に厨房に行こうか」
「はい!」
「私たちってどうしたら……」
「シンフィアちゃんもリリアと一緒にメイド服に着替えて、接客していって! ちゃんとバイト代は出すから!」
「えぇ!? なんで私が接客するの前提なの!?」
どうやら俺が厨房で練習する間、リリア達はメイドとして接客する事になったようだ。
リリア達の騒ぐ声を背後に、俺はリリアの父親に連れられ厨房へと入った。
「あぁそうだ。まずは厨房服に着替えてもらおう。あそこの男性スタッフ用の部屋にまだ使われてない厨房服があるから着替えてきてくれ」
「了解です」
俺がスタッフルームに入ると、すぐに目当てのものは見つかった。
名札のないロッカーが開かれ、その中に厨房服があったからだ。
すぐさま厨房服に着替え、厨房へと戻るとリリアの父親が何やら料理の準備を始めていた。
「おう! 着替え終わったか! 次はそこで手を洗ってくれ」
リリアの父親は俺に気づくと、水瓶で手を洗うよう促した。
グレーチングの上に水瓶が置かれる形になっていて、柄杓がそばに置いているのを見る限り、神社で手を清めるときと似たような感じで洗うのだろう。
神社と違うところといえば、柄杓の隣には石鹸のようなものがあるため、それでしっかり汚れを落とす所だろう。
衛生面はやっぱりちゃんとしてるもんだな。
石鹸を使いつつ柄杓を使うのには少し手こずったが、なんやかんやで直ぐに手を洗い終えた。
「よし! 手ぇ洗い終わったならこっちに来てくれ。今から、“メイドお手製愛のオムライス”の作り方を教える」
「はい! って、え?」
メイドお手製?
その商品名、詐欺になんない?
リリアの父親は俺の心を読んだかのように、俺の疑問に答えた。
「大丈夫だ心配すんな。オムライスへの愛はメイドお手製だから詐欺じゃねぇ」
「え、あ、はい……」
どんな暴論だよ。
てか、お手製の愛って何だよ。
愛の安売りかよ。
どっかの小説で愛は298円で売られてるって言ってたな……
いやいや今はそんな事考えてる場合じゃない。
しっかり作り方を聞かねば。
「まずは市販のチキンライスをこの魔道具を使って温める」
「…………はい」
「温めている間に、この小分けした卵の中身と牛乳、塩をこのボウルに入れて混ぜる」
「…………はい?」
「ここまでで分からないことでもあったか?」
いや、そうじゃなくて……
チキンライス市販なの?
小分けした卵の中身ってなに?
簡単なコップ状の容器に小分けしてるみたいだけど、普通に卵二個分くらいあるように見えるんだけど。
あと、ボウルとか、結構こっちの世界に近いんだな。
「いや、別に何でもないです」
「そうか、なら続けるぞ。さっき言ったのを混ぜ終えたら、予め火で温めておいたこの特殊な鉄板に入れる。ここからがスピードを意識しろよ?」
「はい」
油引いてないけど大丈夫なのかは気になるが、あとも大体俺の世界と同じだろうと思い、様子を見ていると予想通り作り方は同じだった。
油を引いていないくせに綺麗な出来になっている。
特殊な鉄板って言ってたし、そのおかげか?
「どうだ? 出来そうか?」
「はい。自分が作ったことあるやつとほとんど同じ作り方でしたし」
「よし、一度やってみてくれ」
「分かりました」
材料は出してくれていたため、手際よく調理し終えた。
俺がスキルを使えないのを知らないはずだが、フライパンもどきをスキルで再び温めてくれていたため、特に苦労することは無かった。
材料の見た目も名前もこっちの世界と同じってのがありがたいなぁ。
「オムライスは余裕でできそうだな! 因みに、オムライスは持っていったメイドがお客さんの要望通りの文字をケチャップで書くから、特に何も飾り付けなくていいぞ」
「了解です」
ケチャップもあるのか。
やはりこの再現度の高さ……貴族を納得させたのは日本人で間違いないだろう。
「他にも主食にはハンバーグやパスタがあるが、バイトにはオムライスだけ作っててもらう」
「大丈夫なんですか?」
「文字入れがあるからか、オムライスがダントツ人気で、俺達もほとんどオムライスしか作ってねぇみたいなもんだから大丈夫大丈夫」
さっき、メニュー見てなかったから他のメニュー詳しく知らないから少し不安だけど……
まぁでも店長がそう言うんだったらそうなんだろう。
「分かりました。他に何すればいいんですか?」
「主食以外にもデザートや飲み物があるから、まずは飲み物の配置教える。こっちだ」
リリアの父親に促されるまま厨房の奥へと行くと、業務用の冷蔵庫のようなものがあった。
というか、見た目完全にこっちの世界のソレなんだけど……
「こいつは便利な入れ物でな、中に半永久冷却魔法がかけられていて、中のモノを冷やして保存出来るんだ」
「ほぉ……なるほど」
「そんで、一段目の右側にはコーヒー、左側にはミルク。二段目の右側にはヴェルメティー、左側にはアップルジュースが入ってる」
ひとつを除いて、全て知っている飲み物で少し安心した。
問題はその知らないひとつなんだが。
「ヴェルメティーってなんですか?」
「ヴェルメティーを知らないのか? あの香りも味も素晴らしい飲み物を知らないってのか?」
「は、はい……」
なんだ?
そんなに美味いのか?
ティーっていってるし、紅茶みたいなものか。
「ほれ、いっぺん飲んでみろ」
「あ、ありがとうございます」
ヴェルメティーについて考えていると、リリアの父親がコップにヴェルメティーをいれてくれた。
お言葉に甘え頂いてみよう。
材料不明で不安だが、飲まず嫌いはダメだし、そもそも雇い主の方が出してくれてるんだ。飲むべきだろう。
ヴェルメティーを少し口もとに近づけると薔薇のような、それでいて百合のような香りがした。
確かにいい香りだ。
さてお味はどうだろうか。
「ん……うまっ!?」
「だろぉ? だがこれがまた高いんだよなぁ」
「なんでですか?」
「高レベル冒険者のパーティーでやっと倒せるような植物系モンスターから採れる葉で作る飲み物だから」
これが……モンスターから生まれた味なのか!?
なんでさっきからモンスターを使った食べ物がこんなに美味いんだよ。
モンスターから作られるもんなんて大体不味そうなイメージだったのに。
というか…………
「高いもの貰ってしまっていいんですか!?」
「いや、給料から差し引く」
「え!?」
「冗談だよ冗談。特別にプレゼントだ」
「はぁ…………」
なんて心臓に悪い冗談なんだ……
ついさっき詐欺にあったばかりだ。
本当にやめてほしい。
「そんな焦るなって。これから働く職場の店長だぞ? もっと信じろ。はっはっはっ」
「そうですね……」
なんだかこの人のそばに居るとゴリゴリ精神を削られていく気がする。
大丈夫かなぁ、俺のバイト生活。
そんな心配をしていると、オーダーが入ったようだ。
注文をとったメモが厨房に届けられた。
「お、そろそろおやつ時かな? うちで人気なのは何故かトリステントケーキじゃなくスライムゼリーなんだ。予想通り、今来たオーダーも“ドキドキ恋のスライムゼリー”だ」
「トリステントケーキとスライムゼリーってなんですか?」
「それも知らんのか。スライムゼリーについては丁度いい。作ると同時に実物を見せよう」
スライムゼリーってもしやスライムを使ってたり……
そんなことないよなぁ、うん。
いやでも、今までの流れからして可能性高いか?
「あっちのクーリングボックスにスライムの死体があるから取ってくるな」
「あ、はい」
はい、フラグ回収乙。
なんか、死体って言われると今まで以上に気になってしまうんだが……
あ、リリアの父親の様子見とくんじゃなかった。
スライムの死体が入った冷蔵庫、他にもグロテスクなナニカが入ってたぞ。
この世界が怖くなってきた。
でも、よくよく考えるとあまり関わってなかっただけで、元の世界もさほど変わらないのか。
全ての食べ物に感謝しないとな……
そんなことを考えていると、リリアの父親が少し大きめのボウルにグチョグチョしたものを入れて持ってきた。
「よいしょっと」
「これがスライムの死体ですか?」
「あぁそうだ。今から料理人ジョブ専用スキル“ミキサー”で桃と混ぜ合わせるんだ」
「ほほぉ。料理人のスキル、便利ですね」
「こうしてボウルにスライムの死体と桃を適当な比率で入れて手をかざす。それからスキル“ミキサー”を使うとこんな風に混ざっていくんだ」
ミキサーというから、すごい勢いで死体と桃とがグチョグチョに混ぜられるのかと思っていたが、穏やかに死体と桃が溶け込んでいくように混ざっていった。
元々透明度の高い水色だったスライムの死体がピンク色へと変化し、桃のいい香りが鼻腔をくすぐった。
「混ぜ終わったら、また別のスキル“リシェイプ”で形を整えていく。液体にこのスキルは効かないが、スライムのようなドロっとしたものだと、このスキルは効くんだ」
リリアの父親の手によってみるみる美味しそうなゼリーの形に変わっていく。
「さっきまでの死体からは想像のつかない見た目だ……」
「だろ?」
本当にこの世界のスキル、便利すぎだろ。
「それじゃ、ゼリーも出来たところだし、一旦ゼリーをメイドに渡してくる。トリステントケーキも後で作ってやる」
「了解しました」
リリアの父親が厨房入口付近にあるデシャップへと向かっていくのを見つつ、先程までの光景を思い出し再びスキルに憧れていると、俺の足元に何かが落ちていったのに気がついた。
見てみると、先程リリアの父親が見ていたオーダーが書かれたメモのようだった。
そして重大な欠点に気づいた。
「あ……俺、こっちの字読めねぇ」
オーダーが分からない俺はどうしたらいいのだろうか。
かと言って今更文字が読めませんとか言い出したらバイトさせてくれなくなりそうだしなぁ。
困った。
そうだ、後でリリアに相談しよう。
それがいい。
「お? どうした? 顔色が悪いぞ」
「いや、なんでもないです。大丈夫です」
「そうか? ならいいんだが」
「心配させてすみません」
「気にすんな。そんじゃトリステントケーキも作ってやらぁ」
「ありがとうございます」
とりあえず、今はこっちに集中しよう。