第四話 バイト始めました
「そんなクソみたいな話知るか!」
「約束は約束でしょ?」
「俺が常識知らずってことを知っててやっただろ、この性悪女!」
「そんなに私魅力的?」
「そっちの意味じゃねぇよ!」
俺は今、ギルド内で詐欺師と揉めていた。
他人の目なんて気にするか。
このクソ女は俺が常識知らずなのをいいことに、クソみたいな大金を払う約束をさせたのだ。
「リリアもリリアだよ!」
「え、だ、だってシンフィアが……」
「リリアに当たんないでよ。私が請求してんだから」
「なしだなし! 別に書類があるわけじゃあるまいし」
俺の発言を聞いたシンフィアは短パンのポケットから一枚の紙を出し、それを見せてきた。
なになに?
って読みたくても異世界文字分かんねぇよ!
「なんて書いてんのか分かんねぇよ」
「あ、そっか。読んであげる。私、弘城 遼斗はシンフィアに1デーラ支払うことを約束します」
「俺のサインがないし無駄だろそんな書類」
てか何変なもん作ってんだよ。
「それがね、ここにアンタの拇印があるんだよねぇ」
「は?」
俺そんな紙見たことねぇぞ。
まさか、俺が寝てる間にとか…………
流石にそんなことしねぇよなぁ。
「よく見てここ」
「これ俺の拇印なの?」
「うん」
指を確認するが赤くなってはいない。
寝てる間に勝手にやられたとしても、指が赤くなるから分かるはずだ。
そもそも朱肉やこんな書類、街の外だったあそこじゃ書けないはずだし、門番の反応的に1度街に戻った気配もなかった。
つまりこいつは嘘をついてんだな。
「はっ、どこにそんな証拠があんだよ」
「ならそこの朱肉借りて自分のと違うか確認してみたら?」
「やってやんよ」
受付に置かれていた朱肉と紙を借りて、俺は自分の拇印と書類の拇印を見比べた。
てか、拇印ってそんなに効力あるのか?
拇印を見比べたことなんてないからわかんにくいんだが。
すると横から聞いていた受付嬢が身を乗り出しある提案をしてきた。
「同じかどうか機械で判定しましょうか?」
「あ、よろしくお願いします」
俺はすぐさま受付嬢に書類と俺の拇印を渡した。
シンフィアがニヤニヤしているが、どうせ俺の心配を煽るための演技だろう。
ちょっと経った後、受付嬢が戻ってきた。
「判定の結果、同じでした」
「はぁ? 絶対その機械壊れてるだろ」
「そう仰ると思っていたので3台全てで判定してみましたが全て結果は同じでした」
シンフィアの方を見ると、勝ち誇ったようなドヤ顔をしてやがる。
こいつどうやったんだ。
「ってことで、その書類は本物。あなたは私に1デーラ払うってことね」
「どうやったんだよこの詐欺師!」
「あんたが押したんでしょ?」
そんなこと言うなら目を合わせて言えよ。
妙に変な言い方するなよ。
わざとらしい。
嘘が下手とかじゃなくただ俺のことを煽ってやがる。
「ね、ねぇシンフィア。流石に可哀想になってきたから、これからこの3人で臨時パーティー組んで、1デーラ分働いてもらうってのは?」
俺に冒険者をしろと?
ステータスもわかんないし、戦ったこともないし、レベルアップとかもない俺に?
てか俺、装備もなんもないぞ?
せめて、借金額を減らす提案をしてくれよ。
「こんな奴が冒険者出来ると思ってるの?」
シンフィアも俺と同じことを思ったようで、そんなことを言った。
なんだかこいつに言われると腹立つな。
1回くらい冒険者に挑戦するのもありか?
死にそうになったら逃げりゃいいし、この2人がついてたら大丈夫な気がする。
「言ってくれんじゃねぇか。俺はその案乗った」
「アンタ本気で言ってんの? すぐ死にそう」
「そ、そこは私達でカバーしてあげよ、ね?」
「えー。気が乗らないなぁ」
「この案じゃなきゃ俺金返さねぇから」
俺の発言を引き金に、渋々ながらもシンフィアもこの案に乗ることになった。
だが、ここで問題がひとつ。
さっきも思ったが。
「俺装備一切ないの、どうしよ」
「それは…………」
「とりあえず装備を固めるまではどっかでバイトしたら? それから私たちと臨時パーティー組めばいいじゃん」
なるほど。
シンフィアが本気で俺に1デーラ払わせようとしてることがわかった。
1デーラがイマイチわからんが、高いのはわかる。
正直いって払いたくないが、この約束のおかげで見た目はいい2人とパーティーを組めるなら嬉しいことだろう…………多分。
「よし、そうするわ」
「オススメのバイト先あるから教えてあげる!」
「リリア、何でそんなとこ知ってんの?」
「気にしない気にしなーい」
リリアのオススメならまだ信用できそうだ。
ありがたく紹介してもらおう。
少し不安があるのは確かだが……
「思い立ったが吉日! 早速バイト先に行こう!」
「え、いきなり行っても大丈夫なのか!?」
「平気平気!」
やっぱり不安になってきた。
というかちょっと待て。
「分かった。バイト先に向かおう。てことでとりあえずギルド出るぞ」
「急にやる気出してどうしたの? そんなに私達と早く冒険したいの? やらしー」
こいつほんとシバいてやりたい。
だがそうじゃない。
俺は忘れてないし、流されないぞ。
そんな気持ちでギルドを出ると同時。
「どうやって拇印を押したのか、早く聞きたかった。これがアンタが早く冒険者ギルドを出ようとした理由でしょ?」
「分かってたのかよ」
「これでも私、高レベル盗賊職なんでね」
それとこれと何が関係あるんだ。
そんなことより。
「分かってるなら早く教えろよ」
「企業秘密。と言いたいとこだけど教えてあげる。まず、あんたが寝てる間に潜伏スキルを使い、門番にバレないように街に入り、探知スキルで朱肉、紙、ペンを探します」
おい門番。警備ガバガバじゃねぇか。
「次に、見つけた朱肉、紙、ペンを窃盗スキルで拝借します」
使ってるスキル窃盗だぞ窃盗。
犯罪だろ。
「紙で書類を作成し、再び潜伏スキルを使い、門番にバレないように街を出ます。その後、変装スキルを使って、指紋部分のみ遼斗と同じものにします」
なんだと……
変装スキルなんてものがあるのか。
俺の元へ戻ってきてる所からして、見ながらとかじゃないと使用出来ないのだろう。
だか、指紋を完全一致させる程、精巧なものなのか!
スキルはどこまで可能なんだ。一体どれほどの数のスキルがあるのだろうか。
「朱肉を変装スキルを適用している指につけ、書類完成。3度目となる潜伏スキルで同様に街へ侵入。借りていたペンと朱肉を返し、手をしっかり洗ってから、4度目の潜伏スキルでこっちに戻る。これで分かった?」
「さてはお前、この手の常習犯だな?」
どれだけ俺が寝ていたかハッキリは分からないが、起きた時、まだまだ日は上に昇っていなかった。
これだけの流れを短時間で思いつき実行する。
そんなことが出来るのは詐欺の常習犯だからだろう。
「そんなことないよ? 最近、変装スキルのレベルがMAXの3になったからさ、指紋試してみたかったんだよ。ダメ元だよダメ元」
スキルの力がいかに凄いかは、俺も既に何度か目にしたから分かる。
俺でも分かることを、スキルを使える本人が分からないはずがない。
つまり…………
「ダメ元とか絶対嘘だろ。失敗しないと分かっててやっただろ」
「あは、バレた?」
煽っているのか、わざわざ舌を出しているとこを見ると腹が立つ。
やっぱり俺、シンフィアとは合わねぇな。
こいつとパーティー組むのが心配だ。
そんな事を俺が考えていると後ろからおずおずと声がかけられた。
「ね、ねぇ。そろそろバイト先に行こ?」
リリアの声により、これからの予定に意識がいった…………なんてことはなく。
「そうだよ、リリア。お前なんでこの詐欺師を止めなかった」
「変装スキルのレベル3がどれだけ凄いのか見てみたくてつい……」
リリアはシンフィアが犯行に及んでいた間、黙って見てたって事になる。
つまり共犯者だ。
俺がバイトの話で流されると思うなよ?
「だ、だから悪いと思って臨時パーティーの提案やバイト先の提示をしたつもりなんだけど……」
「そうだったのか。バイトについてやたらとテンション高かったから思わず裏があると思ってしまったよ」
「そそそ、そんなこと、ないよ?」
つまり裏があると。
実にわかりやすいな。
ここはあえて、この手で行こう。
「やっぱり自分でバイト先見つけよっかなぁ」
「えぇ!? 絶対私のオススメがいいって! 絶対に!」
「なんでそこまで推すんだよ。俺が絶対バイトさせてもらえる保証がどこにある」
「そ、それは……ええと…………」
保証がないのにあんなに推してたのか?
やっぱりリリアのオススメ先はやめておくべきか。
「保証がないなら、裏があるかもしれないとこになんか行くかよ。他を当たる」
「保証はある……んだけど……」
保証があるなら何でさっき言うのを渋ったんだ。
「何でそんなにおどおどしてるんだ?」
「ええと…なんとなく……?」
意味が分からん。
なんだよ、なんとなくって。
「何隠してんだ? 言わなきゃ行かねえぞ?」
「だって……恥ずかしいんだもん」
何でバイトする俺じゃなくてリリアが恥ずかしいんだ?
ますます分からなくなってきた。
一体どういうことなのだろう?
「俺がじゃなくてお前がか?」
「うん」
「あーなるほど! リリアの言ってるバイト先が分かった!」
さっきまで黙って何かを考え込んでいたシンフィアが急に口を開いた。
今の俺たちの会話で分かったのか。
「リリアの薦めるバイト先に行くことを私からもオススメするよ」
「何でだよ」
「面白いものが見れると思うよ。リリアは出来るだけアンタをそこに連れていきたいだろうし、ちょっとくらい何か要求出来ると思うよ」
「絶対見せないからね!」
シンフィアの言葉にリリアが顔を真っ赤にして大声を出した。
何を見せないというのだろう。
シンフィアには詐欺にひっかけられたが、今のシンフィアの目には確かなナニカをうかがえた。
今回は俺の味方のようだ。
「何の事かは分からないが、その何かを見せてくれたら行ってやるよ」
「えぇー笑わない?」
「何の事か分からないから絶対とは言えないけどまぁ約束するよ」
「うぅ……わかった。見せるよ」
「やったね」
何故シンフィアが喜んでいるのだろう。
というか、俺がバイト先を教えてもらう立場なはずなのにおかしな状況になったなぁ。
俺が有利な立場だから別にいいんだが。
そんなこんなで、リリアが薦めるバイト先へ行くこととなった。
しばらく街を歩くと、周りの店とは少し雰囲気の異なった飲食店に着いた。
「ここ……なんだけど…………」
「ここってまさか」
「メイド喫茶兼リリアのお家でーす」
着いた先はメイド喫茶だった。
しかも……
「リリアの家……だと……!?」
「そ、もともとリリアはここで手伝いしてたんだよ。ね、リリア」
「う、うん」
つまり、シンフィアの言っていた面白いものってのは……
「てことで、リリアは約束通りにメイド服着なきゃね」
「うぅぅ」
リリアのメイド姿か。
確かにこれは俺得な展開だ。
というか、何故自分の嫌がる事までして俺をここでバイトさせたいのだろうか。
俺が疑問に思っていると、リリアが開き直ったように声を張り上げた。
「親の為ならメイド姿くらい見られても平気だし!」
「おぉーリリアさっすがー」
「なるほど、合点がいった」
「早く入ろ!」
リリアは覚悟が変わる前にとっとと見せたいようだ。
何やかんやで昔はここで働いていたらしいし、少しは耐性が付いているのだろう。
それにしてもメイド喫茶の娘がなんでルーンナイトなんてやってんだ?
とりあえず3人で店に入ると。
「「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」」
元気な声で迎えられた。
出迎えてくれたメイド達の中の一人が、リリアを見てハッとしたような顔になった。
と思ったら、すぐさま厨房らしき所へと駆け込んでいった。
俺達はといえば、俺とリリアはむず痒さを感じて俯き気味なのに対し、シンフィアは慣れているかの如く笑顔で対応していた。
「おいっなんでこいつこんな慣れてんだよ」
「私が働いてた頃よく来てたからだと思うよ」
「聞こえてるんだけど」
俺とリリアは小声で話していたがどうやら無意味だったようだ。
というか、この2人は昔からの仲なのか。
俺達は案内された席へとついた。
メイドさんが水を出してくれたと同時に、シンフィアがそのメイドさんにハンドサインを出した。
するとそのメイドさんは何も言わずに一礼だけして去っていった。
「何年くらい前までここで働いてたんだ?」
「4年くらい前」
「子供なのに親が無理やり働かせてたんだよねー可愛い可愛いってずっと言ってたの覚えてるわ」
「ちょっ、ちょっとやめてよー」
ん? リリアもシンフィアも今何歳なんだ?
「あのー2人とも今何歳?」
「私が19。シンフィアが18だね」
「と言っても誕生日迎えたからリリアは19なだけで私も今年で19だよ」
なんだと……!?
2人が俺より1つ上だったなんて。
それより、今から4年前って事は…………
「お前15、いや、14の時からメイド喫茶で働いてたのか!?」
「正確には12の時からここで働かされてたね」
「恥ずかしい……」
12って…………
家の手伝い扱いなんだろうけど法律的に大丈夫なのか?
そもそも思春期の娘にメイド服着せる親ってどうなんだ。
「まぁ仕方ないよね。天然ドジっ子リリアちゃんのご両親なんだもん」
「あぁ、なんとなく意味がわかったわ」
つまり、両親も天然、リリアも天然。
おまけにリリアはドジっ子だから、しっかりひとり立ちできるよう、良かれと思って両親はここで働かせた。
そんなところか。
「でも法律的に大丈夫なのか?」
「10歳からは働けるよ?」
「10!?」
「10からメイド服着させられてたけど、働かなくてよかっただけマシだった……」
この国、すげぇな。
ん? そもそも学校とかない感じか?
「勉学とかはどうなってるんだ?」
「貴族とか、金持ちはガッツリ勉強してるとこ多いかな。大体の家は自分達の仕事に関することしか教えないからね」
なるほど。
そんな話をしていると、出迎えてくれた時に去っていったメイドさんが料理人のような大人2人を連れてきた。
「どうもお久しぶりです、リリアのお父さんとお母さん」
「愛しの娘よ! おかえりなさい!」
「ただいま」
「元気にしてたか? ん? この男はなんだ!?」
「ど、どうも」
リリアの両親、キャラ濃いな。
見た目はリリアと同じブロンドヘアの蒼目。
高身長の美男美女だ。
そのくせに言葉がなんか残念な気が……
「あのね! 最近知り合ったんだけど、バイト先もお金も宿もない、色々ない可哀想な人なの」
「おい、喧嘩売ってんのか?」
「だからね、ここでバイトどうかなぁって思って! 信用はある人だよ!」
「無視か、無視すんのか」
親の前だからとか知るか。
売られた喧嘩は買うのが礼儀。
リリアに掴みかかろうとしたその時。
「なるほど。新しいバイトの子か。この男とか言ってすまなかったな」
「え、あ、はい」
「あらあら、ここで働いてくれるの?」
「いいんですか?」
「厨房の方、人手不足だから助かるよ」
リリアの両親まで俺の言動を無視して話を続けてきた。
娘に手を出そうとしている男の人を前にしてスルーする両親に驚き、俺はフリーズしかけた。
ほんと、何この家族。
「これが通常運転だから気にしたら負けだよ」
「マジか」
戸惑う俺にシンフィアが教えてくれた。
ここで働くのやっぱり不安すぎるんだが。
そう思っていると、逃がすかとばかりにリリアの父親は俺の手を掴み言ってきた。
「リリアが紹介するって事は信用できる! 採用だ! 明日から来てくれ。昼飯は俺達が用意してやるから安心しな」
「は、はぁ」
迫力のせいで思わず返事しちゃったよ。
でも昼ご飯が出るのか……
あ、時給聞いてないんだけど。
「あの、時給いくらですか?」
「時給800チールだ」
そうだった。
ここでの金銭感覚わかんねぇんだった。
疑問が顔に出ていたのだろう。
シンフィアが丁寧に教えてくれた。
「他のバイトと大して変わらないよ。1匹分のゴブリン肉で400チールくらいで考えると考えやすいんじゃない?」
これは丁寧と言えるのだろうか。
ゴブリンの強さがイマイチ分からないんだけど。
まぁでも結構いい感じな気がする。
自分の直感を信じよう。
「あ、明日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
「よろしく頼んだぞ。名前だけ先に聞こう」
「弘城 遼斗です」
「遼斗だな。分かった」
「ってことで店出よっか!」
「「ちょっと待て」」
話が決まると同時に店を出ようとしたリリアを俺とシンフィアがすぐさま止めた。
リリアのメイド姿を見せてもらう約束、忘れてないからな?
そう目でリリアに訴えかけると、諦めたように座り直した。
「リリアのお母さん。リリアが遼斗くんを連れてくる時に、メイド姿を見せる約束してるんで、メイド服持ってきてもらえますか?」
「あら、いいわよ」
そう言うと、リリアの母親はすぐさま店の奥の部屋へと入っていった。
今からリリアのメイド姿が見れるようだ。