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湯けむり猫のお宿はいつも雨降り  作者: 蒼山 螢
2章 朝にまたたび
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1

「ん……」


 匂いが鼻を刺激している。覚醒が進むうちになんの匂いなのか判明でき、目を開けるとぼんやり板目が見えた。あ、天井かこれ。頭を動かして横を見ると、襖がある。襖? 家に襖なんかあったっけ。押入かな。思い出せない。自分が生活していた空間なのに、頭でも打ったかな。なんとなく動くようになった思考回路で考えて、ゆっくり瞬きをした。そして、自分が畳の上に敷かれた布団に寝ていることに気付く。そして、このいい匂いは……味噌汁だ。


「うう……」


 条件反射でお腹が鳴ってしまう。わたしはベッドで寝ている。それなのに、畳に布団? ちょっと待て、どういうこと。落ち着け、落ち着け。


「は」


 反対側を見ると、掛布団を半分はいで、孔輝がいびきをかいていた。


「こ、ここはどこ」


 まずはそれだ。記憶を整理しよう。思い出せる? 大丈夫よ明日華、あなたならできるはず。


 青葉城跡で、わたしと孔輝は猫を追いかけて道からはずれ、山の中に入っていった。サブちゃん、美智から離れた。そして、足を踏み外し滑落。気がつくと崖下にいたふたり。あんなところに崖があるなんて思っていなかった。助けを呼んでも誰にも届かなくて。孔輝は怪我をしてしまったし。そして……叫び疲れて眠ってしまったのだろう。そうとしか考えられない。


 まぁ、たしか霧雨が降っていたし、濡れて寒かった。助けを呼び疲れて眠ってしまったとしよう。それなら目覚めてお布団の中にいるわけがない。死ぬときは畳の上でと思っていても、そう都合良くいくわけがない。おまけに味噌汁の香り。


 どういうことだ。ここはどこだ。青葉山で迷ったのだから、青葉山のどこかなのだと思う。

 誰かがわたしたちに気付き、救出してくれたのだろうか。でも、どうやら病院じゃない。民家……?

 のそのそと布団から出ると、体に違和感を感じた。見ると、着ていた服ではなく、そのかわりに浴衣を着せられている。ブラもパンツも無い。


「うお! なんで! 服は!」


 一瞬にして羞恥で顔が赤くなる。どうして?寝ている間に脱いだの? まわりを見回しても脱ぎ散らかしたような形跡はないし、そもそも着ていた服が見当たらない。ひとりパニックになっていると、孔輝のいびきが聞こえてきた。


「ぐぉう……」

「なんなの、こんな時によく寝てられるわ」


 吐き捨てるように言うと、コンコンとノックが聞こえた。驚いて、息を飲む。返事もせずにノックされた襖を見ていた。


「お目覚めですか?」


 男性の優しい声が聞こえてきた。この家のひとだろうか。あとこの味噌汁を作っているのもこのひとか。


「開けてもよろしいでしょうか」

「……はい」


 うまく声が出なかったが、相手には聞こえたようで、すっと細く襖が開いた。


「……は」


 顔を出した着物姿の人物は、正座をしてわたしたちを見た。目があって、息を飲む。

 銀髪で青い目をした男性だった。歳は……ぱっと見た感じ20代前半といったところだろうか。目がキラキラというかギラギラというか、形容しがたい光を宿していた。20代前半の見た目ではあるけれど、なんだろう、若くも歳を取っているようにも見える。


「朝食のご用意ができましたよ。起きられますか……おっと」


 男性の足元から、真っ白な猫がすっと部屋に入ってきた。


「えっ」


 すすっとわたしに近付いてきて、膝の前で止まった。


「……可愛い」


 真っ白な体は艶々の毛で覆われて、ふかふかしていそうだった。触りたい。でも、急に触れたらきっと驚くだろう。人差し指を立てて鼻先に出してみる。ピンクの鼻がひくひくと動いて匂いを嗅いでいる。そのあとくるりと背を向け、男性のほうを見て「ニャ」と小さく鳴いた。


「ハギ、食事へのご案内お願いできる?」


 ハギという名前なのかこの猫。ご案内って、猫がそんなことをできるの?


「ニャーン」

「返事……」


 まるで人間の言葉が分かっているみたい。この猫は人間の言葉を理解しているように感じた。こちらにはニャーンの意味がわからないけれど、きっと返事なのだと思う。


「あっ」


 後ろから驚きの声が聞こえた。その声を聞いたか聞かないか、白猫ハギが部屋を出て行ってしまった。案内を頼まれたのに、行っちゃったよ。


「孔輝、起きてたの」

「おう。さっきの白猫。俺たちが追いかけていたやつかな」

「……さあ。分からない」


 ふたりでコソコソ話していると、男性がすっと前に進んだ。


「おはようございます。そっちの男の子、足の具合は?」

「あっえっと……いてて」

「骨は折れてないみたいだから安心して。あとで貼り薬を新しくしてあげます」

「あ、ありがとうざいます」


 布団をめくると、わたしと同じ浴衣を着せられて、足には包帯が巻かれている。顔には絆創膏。手当てをしてくれたのだ。孔輝は、自分の服が浴衣に変わっていることに気付き、目を丸くしてわたしを見た。


「なぁ、ここどこ……服は」

「知らないよ。わたしもさっき目覚めたばかりで」


 どこか知っていたら、服を返して貰って帰らなくちゃ。山に迷い込んでから、どれくらい時間が経ったのだろう。部屋の障子窓の向こうの木々が少しの光を受けて揺れている気がする。


「ん? 光……?」

 違和感しかない。

「……そういえば、おはようございますって言いましたね……」


 部屋を出ていこうとする男性に声をかけた。


「あの、すみませんわたしたち、一晩ここで?」


 布団の上に正座をする。おはようと言った。ということは、いまは朝だ。


「そうですよ。我々が見つけて、ここに運んできました」


 気を失ったわたしたちを、救ってくれたのか。誰にも見つからなかったら、死んでいたかもしれない。


「ここは旅館『白銀館』です。小さな宿ですが」


 旅館、だと。


「お蕎麦と山の幸、あと露天風呂が自慢ですよ。捻挫や打ち身、腰痛にもいいので、彼の怪我にもいいでしょう。のちほどご案内します」


 ふふふと彼は笑った。

 わたしと孔輝はなにも言わずただ聞いていた。そんな様子を感じ取り、男性は「あ」と声を漏らし、にっこり微笑んだ。


「これは失礼しました」


 彼は再びわたしたちの前に正座をする。


「ボタンと申します。この宿の者です」

「ボタン……」

「押しボタンじゃなくて花のほうの牡丹です。さっきのハギは、花の萩。兄です。細々と兄弟で小さな宿を営んでいます」


 なに、言ってるのか。さっきの兄とはどういうことだ。めまいがする。


「兄って、ね、猫……」

「そうですよ。猫だから」


 牡丹さんはにっこり笑った。猫が兄ってどういうこと。このひと、ちょっとおかしいのかな。慕っていた兄に先立たれて飼い猫に同じ名前をつけて暮らしているとか……。作った笑顔が引きつってしまう。


「おふたりにも、お名前をうかがってもいいですか?」


 とりあえず、なんだかよく分からないけれど名前を名乗らなければ。そして少しの時間でもいい関係を築かなければ。助けて貰ったのだから。


「わたし、明日華です」

「俺は孔輝」


 名前だけの自己紹介をして、なんとなくふたりで姿勢を正した。その姿を見て、牡丹さんはふふっとほほ笑んだ。悪いひとではなさそうなんだけれど。ただ、猫を兄だというのは受け入れられない。


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