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湯けむり猫のお宿はいつも雨降り  作者: 蒼山 螢
1章 きょうは雨降り
8/38

8

「下り坂って膝にこない?」


 わたしは孔輝のうしろを歩いていた。となりに美智。先頭はサブちゃん。


「明日華、お前運動不足」

「孔輝だって目立って運動してないじゃん~」

「わたしも運動不足気味かも」


 美智が話に乗っかった。


「俺は走り込みとかしてるから」

 たしかに他の3人よりは軽快に歩いている気がする。

「意識高いOLかよ」

「お前がじじいなんだよ」

「うるさいOL」

「なんだよじじい」


 孔輝とサブちゃんのやり取りを聞きながら、体力には個人差というものがあると自分に言い聞かせた。

 来るときはあんなに明るかった道が、いまは少し暗く感じる。日が傾き、さらに木々で影になっているからだ。もう少し歩けば、道路に出るはず。


「あっ」

 孔輝が声をあげた。

「なに?」

「猫がいる」

「……え?」


 前のめりに孔輝が動いた。このへんを住処にする野良猫だろうか。

「白猫だったよ」

 その声を聞いたあと、木陰で動くものが見えた。

「あっなんかいた」


 体が反応してしまい、道の端まで行く。再び林の中で動くものが見えた気がした。


『コ……』

「うん?」

 なんだろう。なにか聞こえた気がする。


「ほら」

「な、猫だよ」

「白、かな? あっまたなんか動いたっ」

「え、どこどこ」

「静かにしないと逃げるでしょ」


 靴が落ちて枯れた葉や草を踏んで前に進む。どこだろう、出ておいで。ひと目、姿を見たい。なんだかそんな気持ちに駆られる。


「おい、危ないぞ!」


 うしろからサブちゃんの声が聞こえた。


「ちょっとだけ。すぐ戻るから!」


 孔輝が言った。彼のあとから、静かにそっと、足を踏み入れる。葉っぱや落ちた枝がカサカサと鳴るけれど、この音に警戒して、もっと奥へ行ってしまわないだろうか。歩いていた道から数メートル木々の中に入っただけで、とても暗く感じる。


「あっ」

「いた?」

「あそこ……」


 前方に、白い猫が見える。ぼんやり光っていて、こっちを見ている。


『コ……ウ』

 まただ。甲高いようなかすれているような、人の声のような。

「ねぇ、なんか聞こえるよ」

『コウ、キ……』


 これは、名前を呼んでいる? 美智でもサブちゃんでもない。


「ねぇってば。誰か、呼んでる……」

「なに?」

『コウキ……』


 はっきり聞こえたかと思うと、白猫の姿がとても近くにあった。


「あっいた……」

「う、わぁあ!!」

「えっ……!」


 孔輝の叫び声が聞こえて、腕を掴まれた。体がぐんと下に引きずられ、背中が地面に打ち付けられるのを感じた。


「こう……!」

「明日華!」


 ずずずっと体が下に滑っていく。足の踏ん張りが効かない。打ち付けた背中が痛くて、呼吸がうまくできない。苦しい。目の前が真っ暗だった。

 湿った土の臭い。孔輝はどこ?



 鼻の頭になにかが当たった感触で気が付いた。濡れた葉っぱだった。少し気を失っていたのだろうか。体を起こして、まわりを見る。


「ここ、どこ……?」


 道から数メートルしか入っていなかったはずなのに、目の前に崖がある。なにこれ。あんなに晴れていたのに霧雨が降っているようだ。傘なんか持っていないのに。

 背中が痛い。そうだ、滑って、落ちた? わたしと孔輝は猫を追いかけて、足を踏み外したかなにかで……。


「こ、孔輝」


 目の前の崖を見上げる。ここから、落ちたの?


「サブちゃん! 美智!」


 見上げてそう叫んだ。どうして、すぐそこにいるはずでしょう。わたしたちが戻らないと分かれば、ちょっと入っただけなんだから、すぐ見つけて……。


「うう……」


 近くでうめき声が聞こえた。


「孔輝?」

 草と木の枝が溜まったようなところに、孔輝が埋もれていた。頬から血を流している。

「怪我してる。大丈夫?」

「ちょっと、足が」

「足?!」


 孔輝が右足をおさえた。滑った時に痛めたのだろうか。骨折してたらどうしよう。

「た、助けを呼ばなきゃ……」

 また崖を見上げる。すると、さっきとまた景色が違って見えた。


「暗くなるのが早い……」

 更に薄暗くなり、崖のてっぺんがよく見えない。


「孔輝、ここ、どこだろう……」

「……ちょっと足を滑らせただけだと思うんだけど」


 ふたりとも、そう思っている。ちょっと道から外れて、足を踏み入れただけなのに。どうして。

「呼んでも、サブちゃんと美智が気付かないみたい」

「道はすぐそこだったはずだし、第一こんな小さな山、迷ったりしないのに」

 地図で見ても、真っ直ぐ歩けばどこかへ出られるはずなのに。リュックから携帯を取り出した。メールでも電話でも、なにか連絡しないと。見つけて貰わないと……。


「……え」

「どう、した」

「電波が……」


 通じない。電波が無い。おかしい。


「そんなに、深く落ちてしまったのか」

「そういうので電波無くなるとか、ある? 意味分からないよ。それにこの崖、そんなに高くなかったと思ったんだけど……え……?」


 また見上げると、ほぼ真っ暗の状態だった。


「どうして」

「明日華」

「こ、怖い。どうしよう。サブちゃん!! 美智!!」


 恐怖が心を支配して、パニックを起こしてしまいそう。孔輝の服をつかんで、平常心を保とうと必死だった。服の下の腕も掴む。

 まるで穴みたいに、上が見えない。真っ暗で孔輝の顔もよく見えない。霧雨でしっとり濡れてしまった服が、体温をどんどん奪っていく。


「助けて!!」

「誰か!!」


 孔輝も痛みを堪えて叫んだ。でも、すぐそこにいるはずのサブちゃんと美智には届かない。気付かない、聞こえないのだろうか。


「いってぇ……」

「孔輝」


 足の痛みに体を丸める孔輝。どうしよう。わたしは彼の体をぎゅっと抱きしめた。寒いのだろう、かすかに震えている。


「誰か! 助けて、誰かぁ!」


 何度も叫んだ。上にも横にも、声の限りに。霧雨に濡れて、寒くて動けない。暗くてなにも見えないよ。ここはどこなの。誰か、助けて。




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