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「下り坂って膝にこない?」
わたしは孔輝のうしろを歩いていた。となりに美智。先頭はサブちゃん。
「明日華、お前運動不足」
「孔輝だって目立って運動してないじゃん~」
「わたしも運動不足気味かも」
美智が話に乗っかった。
「俺は走り込みとかしてるから」
たしかに他の3人よりは軽快に歩いている気がする。
「意識高いOLかよ」
「お前がじじいなんだよ」
「うるさいOL」
「なんだよじじい」
孔輝とサブちゃんのやり取りを聞きながら、体力には個人差というものがあると自分に言い聞かせた。
来るときはあんなに明るかった道が、いまは少し暗く感じる。日が傾き、さらに木々で影になっているからだ。もう少し歩けば、道路に出るはず。
「あっ」
孔輝が声をあげた。
「なに?」
「猫がいる」
「……え?」
前のめりに孔輝が動いた。このへんを住処にする野良猫だろうか。
「白猫だったよ」
その声を聞いたあと、木陰で動くものが見えた。
「あっなんかいた」
体が反応してしまい、道の端まで行く。再び林の中で動くものが見えた気がした。
『コ……』
「うん?」
なんだろう。なにか聞こえた気がする。
「ほら」
「な、猫だよ」
「白、かな? あっまたなんか動いたっ」
「え、どこどこ」
「静かにしないと逃げるでしょ」
靴が落ちて枯れた葉や草を踏んで前に進む。どこだろう、出ておいで。ひと目、姿を見たい。なんだかそんな気持ちに駆られる。
「おい、危ないぞ!」
うしろからサブちゃんの声が聞こえた。
「ちょっとだけ。すぐ戻るから!」
孔輝が言った。彼のあとから、静かにそっと、足を踏み入れる。葉っぱや落ちた枝がカサカサと鳴るけれど、この音に警戒して、もっと奥へ行ってしまわないだろうか。歩いていた道から数メートル木々の中に入っただけで、とても暗く感じる。
「あっ」
「いた?」
「あそこ……」
前方に、白い猫が見える。ぼんやり光っていて、こっちを見ている。
『コ……ウ』
まただ。甲高いようなかすれているような、人の声のような。
「ねぇ、なんか聞こえるよ」
『コウ、キ……』
これは、名前を呼んでいる? 美智でもサブちゃんでもない。
「ねぇってば。誰か、呼んでる……」
「なに?」
『コウキ……』
はっきり聞こえたかと思うと、白猫の姿がとても近くにあった。
「あっいた……」
「う、わぁあ!!」
「えっ……!」
孔輝の叫び声が聞こえて、腕を掴まれた。体がぐんと下に引きずられ、背中が地面に打ち付けられるのを感じた。
「こう……!」
「明日華!」
ずずずっと体が下に滑っていく。足の踏ん張りが効かない。打ち付けた背中が痛くて、呼吸がうまくできない。苦しい。目の前が真っ暗だった。
湿った土の臭い。孔輝はどこ?
鼻の頭になにかが当たった感触で気が付いた。濡れた葉っぱだった。少し気を失っていたのだろうか。体を起こして、まわりを見る。
「ここ、どこ……?」
道から数メートルしか入っていなかったはずなのに、目の前に崖がある。なにこれ。あんなに晴れていたのに霧雨が降っているようだ。傘なんか持っていないのに。
背中が痛い。そうだ、滑って、落ちた? わたしと孔輝は猫を追いかけて、足を踏み外したかなにかで……。
「こ、孔輝」
目の前の崖を見上げる。ここから、落ちたの?
「サブちゃん! 美智!」
見上げてそう叫んだ。どうして、すぐそこにいるはずでしょう。わたしたちが戻らないと分かれば、ちょっと入っただけなんだから、すぐ見つけて……。
「うう……」
近くでうめき声が聞こえた。
「孔輝?」
草と木の枝が溜まったようなところに、孔輝が埋もれていた。頬から血を流している。
「怪我してる。大丈夫?」
「ちょっと、足が」
「足?!」
孔輝が右足をおさえた。滑った時に痛めたのだろうか。骨折してたらどうしよう。
「た、助けを呼ばなきゃ……」
また崖を見上げる。すると、さっきとまた景色が違って見えた。
「暗くなるのが早い……」
更に薄暗くなり、崖のてっぺんがよく見えない。
「孔輝、ここ、どこだろう……」
「……ちょっと足を滑らせただけだと思うんだけど」
ふたりとも、そう思っている。ちょっと道から外れて、足を踏み入れただけなのに。どうして。
「呼んでも、サブちゃんと美智が気付かないみたい」
「道はすぐそこだったはずだし、第一こんな小さな山、迷ったりしないのに」
地図で見ても、真っ直ぐ歩けばどこかへ出られるはずなのに。リュックから携帯を取り出した。メールでも電話でも、なにか連絡しないと。見つけて貰わないと……。
「……え」
「どう、した」
「電波が……」
通じない。電波が無い。おかしい。
「そんなに、深く落ちてしまったのか」
「そういうので電波無くなるとか、ある? 意味分からないよ。それにこの崖、そんなに高くなかったと思ったんだけど……え……?」
また見上げると、ほぼ真っ暗の状態だった。
「どうして」
「明日華」
「こ、怖い。どうしよう。サブちゃん!! 美智!!」
恐怖が心を支配して、パニックを起こしてしまいそう。孔輝の服をつかんで、平常心を保とうと必死だった。服の下の腕も掴む。
まるで穴みたいに、上が見えない。真っ暗で孔輝の顔もよく見えない。霧雨でしっとり濡れてしまった服が、体温をどんどん奪っていく。
「助けて!!」
「誰か!!」
孔輝も痛みを堪えて叫んだ。でも、すぐそこにいるはずのサブちゃんと美智には届かない。気付かない、聞こえないのだろうか。
「いってぇ……」
「孔輝」
足の痛みに体を丸める孔輝。どうしよう。わたしは彼の体をぎゅっと抱きしめた。寒いのだろう、かすかに震えている。
「誰か! 助けて、誰かぁ!」
何度も叫んだ。上にも横にも、声の限りに。霧雨に濡れて、寒くて動けない。暗くてなにも見えないよ。ここはどこなの。誰か、助けて。