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仙台駅では、事前に指定しておいた場所で、先に来ていたサブちゃんと合流した。デニムにTシャツ、その上にシャツを羽織っていた。よく見ればシャツは薄いピンクに黒いドット柄。こんなの似合うのはサブちゃんしかいないと思った。目が合ったけれど、なんだか恥ずかしくて逸らしてしまった。
仙台駅には先週も来た。今日は先週より混雑している気がする。やはり連休が関係しているのだろうと思う。家族連れや観光客などで賑わっている。お土産屋のショーケースには銘菓や特産物が置かれ、店員の元気な声が飛び交っていた。
少し待っていると、混み合うひとの間から美智がパタパタと駆けてきた。
「ごめん! 待った?」
息を切らす美智。足下はスニーカー、動きやすそうな生地のワンピースから、すらりとした足が出ている。
「遅刻してないから大丈夫。俺はちょっと早く来ちゃっただけ」
息を切らす美智を見て、サブちゃんが言った。それを聞いて安心した美智は笑顔になった。すっと移動した視線は、孔輝を見ていた。ハーフアップにした髪には、先週買ったクリップ。青色をしたたっぷりのリボンが揺れている。眩しいくらいに、似合っていた。
合流後、地下鉄に乗って八木山動物公園へ移動した。駅から続々とひとが出てくる。その波に乗り、わたし達も前に進んだ。動物園のゲートが見えてくる。懐かしいような、でも新しいスポットに来たような、不思議な気分。ここもやはり、家族連れやカップルなどで賑っていた。
「やっぱり混んでるね」
みんなでチケットを購入し、そわそわしながら入場ゲートを通った。
小さい頃、親と来たときと景色がずいぶん変わっている。駅が出来て、周辺が整備されている印象だった。
「お、早速カバいたカバ!」
「でっかいよな」
孔輝とサブちゃんは頬を赤くして興奮している。
「帰り、お土産見ようね。明日華」
「もちろん」
みんなとここへ来て、楽しい。でも、心の隅々までそう思えるかというと、違った。少し前まではこうじゃなかった。余計なことを考えず、知らなくてよくて、ただ楽しかった。
そのままでいたかった。でも、そうはいかない。わたしだけが変わらないままでいたいと思っていても、まわりが変わっていく。大人になっていく。
「懐かしいな」
隣にいた孔輝が、ボディバッグを前から後ろにくるりと回して言った。後ろには美智。反対側にはサブちゃんがいる。
「孔輝、最後に来たのいつ?」
「小学生だな。記憶に自信ないけど」
質問したのはわたしだけれど、その回答を熱心に聞いているのは美智だった。
「美智は?」
「わたしも小学生かなぁ」
「美智と会ってたりしてな、ここで」
「そうかもねぇ~」
うふふと笑って、美智は孔輝を見上げた。
「そういえば、俺と明日華、小学校のときの遠足で迷子になったよな」
孔輝がわたしに話を振る。せっかく美智との会話を繋ごうと思ったのに、どうしてこっちに来るの。
「そうだっけ? 忘れたわ」
そっけなく言って、孔輝と美智を追い越した。
忘れてなどいない。小学校3年生のとき、遠足で行った広い公園で、孔輝が野良猫を見つけた。一緒に夢中で追いかけて、クラスのみんなからもどんどん離れて、そして戻れなくなった。
ふたりがいなくなったと大騒ぎになったと、あとから聞いた。わたしと孔輝は探しに来た先生達にしこたま怒られた。どうして戻れなくなったのだろうと泣きながら先生に訴えたら「その野良猫はきっとあなた達をからかったのね。きっと化け猫よ」と言った。それで怖くて余計泣いてしまったのだ。
キリンがあまりにのんびりしていたので、つい足を止める。
「明日華」
低い声で呼ばれて、振り向く。
「サブちゃん」
「大変だな、明日華も」
「……なんのこと」
「美智のこと見ていればわかるよ」
イライラしていた。美智の輝きにも、なにもかも分かった風なサブちゃんも。なにも知らない孔輝にも。
「分かるって、なにが?」
「……あれ、孔輝のこと好きなんだろ」
「……」
ずばり言われて、サブちゃんを二度見してしまった。よく分かるな。サブちゃんは、自分のことよりもまわりを見ているのかもしれない。
「なんで分かったのって顔してるな。この間からそんな顔ばかりしてる」
「あ、うーんと」
見透かすような視線を投げてきて笑うと、目の前にいるキリンを見上げた。
「気になるんだろ」
「……わたしは関係ないよ」
むくれてそう言うわたしは、4人のなかで一番わがままで子供みたいだと思った。
「そう?」
大きな手でぽんぽんとわたしの頭を叩いて、サブちゃんは孔輝と美智のところへ戻っていった。
サブちゃんは大人だ。きっと、彼だけがこのグループの全てを把握している気がする。考えを理解することはできないけど。だって複雑だから。
口を尖らせていると、キリンと目が合った。「ブサイクだな」と言われている気がした。
のんびりしている動物たちを見ていると、なにをそんなにイライラしているのと思われている気がしてくる。もうちょっと大らかに暮らせばいいのにと。
動物公園は1時間から2時間で1周できる。お土産が売っていたり食事をするところもあるので、昼食を食べて夕方までいることもできる。子供の頃にここへ連れてきて貰い、そうして過ごした覚えがある。
アメリカンドックやソフトクリームを買ってもらえるのは嬉しかった。帰りまであっという間で、園から出たくなくて。懐かしいな。
「そばとかラーメンののぼりあって腹減るわ。昼メシに食べたくなるよな」
孔輝の声だった。分かっていたけれど、振り向かなかった。
「……美智は? 置いてきたの?」
「トイレ行ってるよ」
昼食のことを聞いたのに、美智の名前を出したことに、少し怒ったようだった。孔輝は、怒るとすぐ分かる。声の調子が変わるから。
「なんかお前さ、最近、俺のこと避けてねぇ?」
「避けてないよ」
「避けてるだろ。なんだよ、俺なにか悪いことした?」
孔輝はなにも悪くない。イライラしているのはわたしのほう。せっかくこんなに天気がよくて、楽しい場所に仲のいい友達と来ているのに。
きっと険しい表情をしているのだろうと、孔輝の顔を見ることができなかった。隣で、地面をスニーカーでザリザリとこする音が聞こえる。その間にまた「なぁ」と呼ばれた。
「さっき、サブちゃん……なにか言われたか?」
今度はサブちゃんか。
「なにも、言ってないよ」
「……そうか」
なにを話していても、孔輝には関係ない。わたしがサブちゃんから告白をされたことも、たぶん知らないのだから。
「……なんか、やっぱおかしいよ。お前」
「孔輝に言われたくない」
どうして。こんなこと言いたいんじゃないのに。
「あー……なぁ、サブちゃ~ん。美智は帰ってきたの」
いたたまれなくなったのか、孔輝は少し離れたところで動物を見ていたサブちゃんのところへ行った。
「まだだね。ここで待ってればくるよ。動くとはぐれるし」
会話が聞こえる。わたしは、柵をじりじりとそばへ寄っていった。その様子を、サブちゃんに気付かれる。
「俺、朝メシ食べてこれなかったから、腹減ってきたわぁ」
孔輝がそう言って、お腹をおさえた。駅の売店でおにぎりでも食べればよかったのに。わたしが乗り遅れそうだったから、そんな余裕なかったのかもしれないけれど。
「なんだ、言えばいいのに」
ゾウ舎の向こうに、売店が見える。お昼にはまだ早い時間だ。
「あー……わたし、買ってこようか。ここで待ってて。美智も来るし」
孔輝の視線がまたわたしを捉える。こんなことをいうのもおかしく映るだろうか。そう考えると胸が苦しくなった。
「俺が行って来るよ」
行こうとするわたしをサブちゃんが制する。
「いやいや、朝メシ食べてこなくて腹が減ってるの俺だし」
孔輝が言うのを無視して、売店を指さした。
「わたしもちょっと小腹空いたから。なにか買ってくるね」
フライドポテトなら、美智と分け合えるだろう。
少しだけ、数分でいい。ひとりになりたかった。頭を冷やすという意味で。これでは、孔輝にもサブちゃんにも、美智にも迷惑をかける。
ひとのあいだを縫いながら、売店を目指した。