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湯けむり猫のお宿はいつも雨降り  作者: 蒼山 螢
1章 きょうは雨降り
4/38

4

 孔輝と美智。ふたりで下校したり、自転車にふたり乗りしたりするだろう。ふざけあい、途中の自動販売機でジュースを飲むだろう。休日には一緒に勉強をするだろう。いままでわたしが孔輝としてきたことを、今度は美智とするだろう。孔輝は、ふたりっきりになれば美智を可愛いと言うだろう。抱きしめたり、するだろう。


「……明日華? どうした?」


 一点を見つめたままのわたしの視界に、美智の心配そうな顔が入ってきた。


「ううん……なんでもない。お会計してくるね」

「うん」


 わたしは、なにを考えているのだろうか。気持ちにふたをしていたとか、そんなんじゃない。わたしは孔輝のなにものでもない。彼女じゃない。友達であり、幼なじみ。ただそれだけ。なのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。


 結局、わたしはなにも買わず、美智は青いリボンのバナナクリップを買い、店を出た。アーケード商店街は、相変わらず多くのひとが行き交う。店から流れる音楽、雑踏、目の前を過ぎていく景色。ふっと、小さくため息をついた。


「明日華、具合悪いの?」

「え?」

「さっきからなんか様子が変だね。帰ろうか。買い物も終わったし」


 帰ろうかと言われて、どれだけ自分が美智に心配をかけているのかと思った。別に具合が悪いわけじゃない。普段こんなに考えないから脳みそが疲れているだけだ。ごめん、美智。しっかりしろ、わたし。


「ちょっと寝不足みたい。大丈夫! おやつ食べたら復活すると思うから。ジェラード行こー!」


 無理にでも笑顔でいないと、余計なことを考えてしまいそうだった。せっかく買い物に出かけてきたのだ。美智に余計な心配をかけさせたくない。楽しく過ごしたい。


「行こう」


 もう一度そう言うと、美智はほっとした様子で「うん」と笑ってくれた。


 こんなおかしい自分はいやだ。普通でいたい。美智にも孔輝にもサブちゃんにも、いつもの明日華でいたい。ちょっとぼんやりしているねって言われて、みんなで笑っていたいんだ。


 ◇


 最後の授業が終わり、結んだリボンが解けるように教室の空気が放たれる。帰宅する生徒、部活へ行く生徒などみんなあちこちへ転がり出す。


 わたしの席は窓際にある。2列隣の斜め前が孔輝の席。サブちゃんはもっと後ろの席だから、前を向いている状態では見えない。

いつもなら授業が終わったら真っ先に教室を出るのに、孔輝は頬杖でぼんやりと外を眺めていて、考えごとをしている様子だった。もしかしたらだたボーっとしているだけかもしれない。


「孔輝、ぼんやりして。あれ大丈夫か」


 サブちゃんに声をかけられた。


「どうしたんだろうね。いつもバカみたいに明るいのに」

「なんか、飼い猫が死んだんだって」

「えっ!」


 孔輝の家にいる猫は、あの時の猫だけだ。死んだなんて……なにも聞いてないから分からなかった。


「いつ?」

「3日くらい前だっけか。知らなかったか?」


 首を縦に振った。あの猫が死んだことも、なにも聞かされていなかったこともショックで、心臓がドキドキした。


「可愛がってたみたいで、落ち込んでるよ。俺もあいつの家に行ったときに会ったことあるけど。真っ白の猫な。ま、動物園行ってぱーっと遊んで、気分転換になるといいよな」


 わたしとサブちゃんの視線を感じて、孔輝が頭を掻きながらこっちへ来た。


「お前ら、すぐ帰る? マックとか行く?」

「おお、いいね」

「明日華も行こう」


 無意識に美智の姿を探したが、いなかった。そういえば委員会へ行くと言っていたから、もう移動してしまったのだろう。


「ご、ごめん。用事があるから……」


 教科書を鞄につめて帰り支度を急いだ。


「孔輝、あの猫、死んじゃったんだってね」

「ああ……」

「小学校の頃に拾ってきた猫でしょ?」

「そうだよ。だからなんか家に帰りたくなくてな、なんてねー。俺なんか大人っぽい」


 ヘラヘラ笑う孔輝に胸が痛くなる。


「し、知らなかった」

「ああ、ごめんごめん」


 面倒くさそうにそう言われた。態度が引っかかり、イライラしたけれど、いまここで孔輝を怒ることはできない。悲しんでいるのに、怒れない。

 病気だったのだろうか。それなら教えてくれればいいのに。美智には言っていたのかな。別になんでも話して欲しいわけじゃないけれど。言う義務があるわけじゃないけれど、だとしても、そんな面倒くさそうに言うことないじゃない。


「ごめん。やっぱり帰るわ」


 突然そう言って、自分の鞄を取る。苦笑いしながらわたしとサブちゃんを交互に見る。


「孔輝……」

「俺、いまちょっと変だと思うし。ひとりで帰るわ」


 止める間もなく、孔輝は教室を出て行った。


「行っちゃった」

「たしかに、ちょっと変だね。よほどショックなんだろうな」


 うちに猫や犬がいたことは無いけれど、悲しさは想像できる。


 教えてくれればいいのにとか、美智には話してたんじゃないのかとか、わたしは自分のことばかりだ。最悪。孔輝、大丈夫かな。


「帰るか。ふたりで」

「え?」

「途中まで」

「あ、あ、うん」


 最寄り駅が違うから、途中まで。いつもなら3人とか4人で帰るところだけれど、今日に限ってサブちゃんとふたりきり。


 イケメンで有名な男子生徒と、うすぼんやりした女子が並んで歩くと生徒が振り返る。悲しい。サブちゃんの隣にわたしは似合わないのだろうと実感する。4人でいるとそうは思わないのだけれど、こうしてあらためて並ぶととても気になる。美智なら釣り合うかもしれない。でも、彼女は孔輝のことが好きで……。


「猫のことは置いておいて、さっきマックに誘われたとき、なんで断った?」

「え、あ」

「用事あるって嘘でしょ。そういう顔してる」


 どうして分かったの三郎恐るべし。なにこのひと怖い。


「いつもと違うしね、最近」

「そ、そうかなーいつも通りだけど?」


 グイグイ聞いてくるからどうしたらいいのか分からなくて、鞄を抱きかかえる腕に力が入った。



「俺のせいだよねーごめんね」


 校門を出ると、サブちゃんがそう言った。


「明日華、最近様子おかしいもんね。俺のせいでしょ」

「あ……いや」


 いままで孔輝に「なんか食って帰ろうぜ」なんて言われれば、ふたつ返事でつき合っていたんだから。でも、そんな少しの変化を見ているなんて。



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