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孔輝と美智。ふたりで下校したり、自転車にふたり乗りしたりするだろう。ふざけあい、途中の自動販売機でジュースを飲むだろう。休日には一緒に勉強をするだろう。いままでわたしが孔輝としてきたことを、今度は美智とするだろう。孔輝は、ふたりっきりになれば美智を可愛いと言うだろう。抱きしめたり、するだろう。
「……明日華? どうした?」
一点を見つめたままのわたしの視界に、美智の心配そうな顔が入ってきた。
「ううん……なんでもない。お会計してくるね」
「うん」
わたしは、なにを考えているのだろうか。気持ちにふたをしていたとか、そんなんじゃない。わたしは孔輝のなにものでもない。彼女じゃない。友達であり、幼なじみ。ただそれだけ。なのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。
結局、わたしはなにも買わず、美智は青いリボンのバナナクリップを買い、店を出た。アーケード商店街は、相変わらず多くのひとが行き交う。店から流れる音楽、雑踏、目の前を過ぎていく景色。ふっと、小さくため息をついた。
「明日華、具合悪いの?」
「え?」
「さっきからなんか様子が変だね。帰ろうか。買い物も終わったし」
帰ろうかと言われて、どれだけ自分が美智に心配をかけているのかと思った。別に具合が悪いわけじゃない。普段こんなに考えないから脳みそが疲れているだけだ。ごめん、美智。しっかりしろ、わたし。
「ちょっと寝不足みたい。大丈夫! おやつ食べたら復活すると思うから。ジェラード行こー!」
無理にでも笑顔でいないと、余計なことを考えてしまいそうだった。せっかく買い物に出かけてきたのだ。美智に余計な心配をかけさせたくない。楽しく過ごしたい。
「行こう」
もう一度そう言うと、美智はほっとした様子で「うん」と笑ってくれた。
こんなおかしい自分はいやだ。普通でいたい。美智にも孔輝にもサブちゃんにも、いつもの明日華でいたい。ちょっとぼんやりしているねって言われて、みんなで笑っていたいんだ。
◇
最後の授業が終わり、結んだリボンが解けるように教室の空気が放たれる。帰宅する生徒、部活へ行く生徒などみんなあちこちへ転がり出す。
わたしの席は窓際にある。2列隣の斜め前が孔輝の席。サブちゃんはもっと後ろの席だから、前を向いている状態では見えない。
いつもなら授業が終わったら真っ先に教室を出るのに、孔輝は頬杖でぼんやりと外を眺めていて、考えごとをしている様子だった。もしかしたらだたボーっとしているだけかもしれない。
「孔輝、ぼんやりして。あれ大丈夫か」
サブちゃんに声をかけられた。
「どうしたんだろうね。いつもバカみたいに明るいのに」
「なんか、飼い猫が死んだんだって」
「えっ!」
孔輝の家にいる猫は、あの時の猫だけだ。死んだなんて……なにも聞いてないから分からなかった。
「いつ?」
「3日くらい前だっけか。知らなかったか?」
首を縦に振った。あの猫が死んだことも、なにも聞かされていなかったこともショックで、心臓がドキドキした。
「可愛がってたみたいで、落ち込んでるよ。俺もあいつの家に行ったときに会ったことあるけど。真っ白の猫な。ま、動物園行ってぱーっと遊んで、気分転換になるといいよな」
わたしとサブちゃんの視線を感じて、孔輝が頭を掻きながらこっちへ来た。
「お前ら、すぐ帰る? マックとか行く?」
「おお、いいね」
「明日華も行こう」
無意識に美智の姿を探したが、いなかった。そういえば委員会へ行くと言っていたから、もう移動してしまったのだろう。
「ご、ごめん。用事があるから……」
教科書を鞄につめて帰り支度を急いだ。
「孔輝、あの猫、死んじゃったんだってね」
「ああ……」
「小学校の頃に拾ってきた猫でしょ?」
「そうだよ。だからなんか家に帰りたくなくてな、なんてねー。俺なんか大人っぽい」
ヘラヘラ笑う孔輝に胸が痛くなる。
「し、知らなかった」
「ああ、ごめんごめん」
面倒くさそうにそう言われた。態度が引っかかり、イライラしたけれど、いまここで孔輝を怒ることはできない。悲しんでいるのに、怒れない。
病気だったのだろうか。それなら教えてくれればいいのに。美智には言っていたのかな。別になんでも話して欲しいわけじゃないけれど。言う義務があるわけじゃないけれど、だとしても、そんな面倒くさそうに言うことないじゃない。
「ごめん。やっぱり帰るわ」
突然そう言って、自分の鞄を取る。苦笑いしながらわたしとサブちゃんを交互に見る。
「孔輝……」
「俺、いまちょっと変だと思うし。ひとりで帰るわ」
止める間もなく、孔輝は教室を出て行った。
「行っちゃった」
「たしかに、ちょっと変だね。よほどショックなんだろうな」
うちに猫や犬がいたことは無いけれど、悲しさは想像できる。
教えてくれればいいのにとか、美智には話してたんじゃないのかとか、わたしは自分のことばかりだ。最悪。孔輝、大丈夫かな。
「帰るか。ふたりで」
「え?」
「途中まで」
「あ、あ、うん」
最寄り駅が違うから、途中まで。いつもなら3人とか4人で帰るところだけれど、今日に限ってサブちゃんとふたりきり。
イケメンで有名な男子生徒と、うすぼんやりした女子が並んで歩くと生徒が振り返る。悲しい。サブちゃんの隣にわたしは似合わないのだろうと実感する。4人でいるとそうは思わないのだけれど、こうしてあらためて並ぶととても気になる。美智なら釣り合うかもしれない。でも、彼女は孔輝のことが好きで……。
「猫のことは置いておいて、さっきマックに誘われたとき、なんで断った?」
「え、あ」
「用事あるって嘘でしょ。そういう顔してる」
どうして分かったの三郎恐るべし。なにこのひと怖い。
「いつもと違うしね、最近」
「そ、そうかなーいつも通りだけど?」
グイグイ聞いてくるからどうしたらいいのか分からなくて、鞄を抱きかかえる腕に力が入った。
「俺のせいだよねーごめんね」
校門を出ると、サブちゃんがそう言った。
「明日華、最近様子おかしいもんね。俺のせいでしょ」
「あ……いや」
いままで孔輝に「なんか食って帰ろうぜ」なんて言われれば、ふたつ返事でつき合っていたんだから。でも、そんな少しの変化を見ているなんて。