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やっと、普通に息ができる。そう思ったときだった。なにかの音がかすかに耳へ入ってきた。
「ねぇ……なんか聞こえない?」
「え? なに」
後ろ? 違うかな、横かな。どこからだろう。静かにしてみてと、人差し指を立てた。
「ほら、ほら」
孔輝も耳を澄ませているみたい。
「空耳なんじゃねーかな」
「……違うよ! 聞こえる」
公園にいる鳥の囀りと木の葉が擦れる音の間に、聞こえる。こっちだ。なんだか導かれているような気持ちで、音を必死に拾った。
わたしたちがいるベンチの後ろにつつじの植え込みがあり、そこから聞こえているような気がする。静かに寄って、覗いてみた。
「あ!」
小さな段ボールが置いてあり、中になにかもこもこと動くものが。
「なんだ」
「う、わぁ……やっぱり猫だぁ」
動くものは子猫だった。真っ白で、手のひらサイズ。
「うわ、うわ! なんで! お前どうしたの。捨てられたのか?」
「この状況だと、たぶんそうなんだろうね」
「こんな寒いのに! 死ぬだろ! 捨てたやつ罰当たればいいのに」
孔輝は喚きながら、子猫を抱き上げた。ミューミューと鳴きながら、ダウンジャケットに爪を立てている。
「こ、これ使って!」
わたしは鞄からハンカチを取り出した。それに子猫をくるむ。
「いつからいたのか分からないけど、鳴く元気はあるみたい。すぐ暖かいところへ連れて行かないと」
「ど、どうするの? うちじゃ飼えないよ」
「俺んちに連れていくよ。どっちにしろ、このまま放っておけない」
「お父さんに聞かないで連れて帰っていいの?」
「分かんないけど……反対されても守る。せっかく俺のところに来たんだ」
プルプルと小刻みに震える子猫は、寒いのだろうか。鼻を撫でた孔輝の指をぺろぺろと舐めたから、空腹なのかもしれない。
「とりあえず、連れて帰ってミルクかなんかやらないと」
「じゃあ、じゃあさわたし、一緒に孔輝の家に行っていい?」
「い、良いに決まってるだろ。お前なに言ってるんだよ」
「だ、だってずっと行ってなかったから……緊張する」
腕のなかでジタバタする子猫を撫でながら、孔輝が言う。
「こ、これからも、来たらいいし、迎えに行くし」
「迎えに来なくても行けるけど」
色気の無いことを返してしまったと反省する。
「にぼしとか、持っていくね」
「今度、一緒に猫のおやつ買いに行くか」
上気した頬で。横顔が、幼い頃の孔輝と重なった。
『猫を拾ったんだ。子猫で、めちゃくちゃ可愛いんだ。見においでよ!』
『可愛いねぇ。名前はなんていうの?』
わたしのハンカチにくるまれて、幼なじみが抱いた白い子猫。すこし薄汚れているけれど、洗ってあげたらきっと美しい白猫に違いない。
ミャーミャーと一生懸命に声をあげていた。潤んだ目と、ピンク色の口、舌。済んだ瞳。一生懸命に、真っ直ぐに。
孔輝は立ち上がり、空いているほうの手でわたしの手を握った。それを握り返す。
幼かったわたしたちは、大きくなって、そして自分の中に生まれた気持ちに気付く。
その切なさと温かさに戸惑いながら、大人になっていく。
「名前、どうする?」
真っ白な子猫を撫で「そうだなぁ」と、切なさと嬉しさが混ざったような笑顔の孔輝を見て、わたしは愛おしくて、涙が出た。
了