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湯けむり猫のお宿はいつも雨降り  作者: 蒼山 螢
5章 きょうも雨降り
38/38

6

 やっと、普通に息ができる。そう思ったときだった。なにかの音がかすかに耳へ入ってきた。


「ねぇ……なんか聞こえない?」

「え? なに」


 後ろ? 違うかな、横かな。どこからだろう。静かにしてみてと、人差し指を立てた。


「ほら、ほら」


 孔輝も耳を澄ませているみたい。


「空耳なんじゃねーかな」

「……違うよ! 聞こえる」


 公園にいる鳥の囀りと木の葉が擦れる音の間に、聞こえる。こっちだ。なんだか導かれているような気持ちで、音を必死に拾った。

 わたしたちがいるベンチの後ろにつつじの植え込みがあり、そこから聞こえているような気がする。静かに寄って、覗いてみた。


「あ!」


 小さな段ボールが置いてあり、中になにかもこもこと動くものが。


「なんだ」

「う、わぁ……やっぱり猫だぁ」


 動くものは子猫だった。真っ白で、手のひらサイズ。


「うわ、うわ! なんで! お前どうしたの。捨てられたのか?」

「この状況だと、たぶんそうなんだろうね」

「こんな寒いのに! 死ぬだろ! 捨てたやつ罰当たればいいのに」


 孔輝は喚きながら、子猫を抱き上げた。ミューミューと鳴きながら、ダウンジャケットに爪を立てている。


「こ、これ使って!」


 わたしは鞄からハンカチを取り出した。それに子猫をくるむ。


「いつからいたのか分からないけど、鳴く元気はあるみたい。すぐ暖かいところへ連れて行かないと」

「ど、どうするの? うちじゃ飼えないよ」

「俺んちに連れていくよ。どっちにしろ、このまま放っておけない」

「お父さんに聞かないで連れて帰っていいの?」

「分かんないけど……反対されても守る。せっかく俺のところに来たんだ」


 プルプルと小刻みに震える子猫は、寒いのだろうか。鼻を撫でた孔輝の指をぺろぺろと舐めたから、空腹なのかもしれない。


「とりあえず、連れて帰ってミルクかなんかやらないと」

「じゃあ、じゃあさわたし、一緒に孔輝の家に行っていい?」

「い、良いに決まってるだろ。お前なに言ってるんだよ」

「だ、だってずっと行ってなかったから……緊張する」


 腕のなかでジタバタする子猫を撫でながら、孔輝が言う。


「こ、これからも、来たらいいし、迎えに行くし」

「迎えに来なくても行けるけど」


 色気の無いことを返してしまったと反省する。


「にぼしとか、持っていくね」

「今度、一緒に猫のおやつ買いに行くか」


 上気した頬で。横顔が、幼い頃の孔輝と重なった。


『猫を拾ったんだ。子猫で、めちゃくちゃ可愛いんだ。見においでよ!』


『可愛いねぇ。名前はなんていうの?』


 わたしのハンカチにくるまれて、幼なじみが抱いた白い子猫。すこし薄汚れているけれど、洗ってあげたらきっと美しい白猫に違いない。


ミャーミャーと一生懸命に声をあげていた。潤んだ目と、ピンク色の口、舌。済んだ瞳。一生懸命に、真っ直ぐに。


 孔輝は立ち上がり、空いているほうの手でわたしの手を握った。それを握り返す。


 幼かったわたしたちは、大きくなって、そして自分の中に生まれた気持ちに気付く。


その切なさと温かさに戸惑いながら、大人になっていく。


「名前、どうする?」


 真っ白な子猫を撫で「そうだなぁ」と、切なさと嬉しさが混ざったような笑顔の孔輝を見て、わたしは愛おしくて、涙が出た。





 了




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