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湯けむり猫のお宿はいつも雨降り  作者: 蒼山 螢
5章 きょうも雨降り
36/38

4

 日が落ちる時間が早く、木枯らしが吹く季節になった。わたしと孔輝の遭難騒ぎも落ち着き、なにも言われなくなった。近所のおばちゃんに「女の子なんだから気ぃつけさい」と言われるくらいか。


 孔輝とサブちゃん、美智とわたし。ずっと4人だったわたしたちは、いまでも4人。クラスも同じ、顔ぶれは変わらない。変わったのは、わたしの中のことだ。美智と孔輝の顔色をあまりうかがわなくなったこと


 冬休みに入り、お正月のお雑煮を食べ飽きた頃、孔輝から電話が来た。


「なにしてる?」

「なんも。お雑煮を食べ飽きた」

「俺も。もう餅はいい」

 孔輝は家にいるのだろうか。電話口は静かだ。

「ちょっと、会わない?」

「え?」


 孔輝の誘いが直接的で、ドキドキしてしまう。誰かの家に行くからとかなにか食べに行くからお前も来いよとか、そんなことばかりだったから……。


「都合悪いなら、いいけど」

「ううん。大丈夫」


 待ち合わせ場所と時間を設定して、電話を切った。

 部屋着でボサボサ頭のままだったから、顔を洗って髪に櫛を通して、ああ、なにを着ていこう……。

 キッチンでお母さんがお昼ご飯の片付けをしていた。


「出かけるから。孔輝と……美智も一緒」

 ふたりきりだと心配かけるかもしれない。実際一緒になるか分からないけれど、美智の名前も出すことにした。ごめん、美智。


「遅くならないようにしなさいよ」


 遭難事件があってから、両親は少しピリピリしている。わたしへの感情だからすごく感じる。出かけることに敏感になっていて、どこへ行くのか、帰り時間や誰と一緒なのか、きちんと言ってからじゃないと気持ちよく送り出してくれなくなった。信頼を取り戻すために、少しの間は大人しくしていないといけない。


仕方ないよね。心配かけたし。ため息をつきながら部屋着を脱いで、着替えを始めた。


「行って来ます」


 夕飯前には戻ると伝えて、家を出た。自転車を出して、空を見上げて白い息を吐く。両端に雪が残る道路、冷たく済んだ空気。なぜだか、孔輝に早く会いたいと思う。


 公園で待ち合わせなんて、寒いのになぁ。


 1月の、キンキンに冷えた空気のなかを自転車で走り抜ける。孔輝の家とわたしの家のちょうど中間あたりに位置する公園へは自転車で15分くらい。手袋をしてくるのを忘れてしまった。戻るのも面倒だし、かじかむのを我慢して、自転車を漕いだ。

 待ち合わせ場所は、春は花見ができるような公園だ。遊具があるわけではなく、ジョギングや犬の散歩をする人がちらほらいた。寒いのにがんばるなぁ。


 ちいさな駐輪場へ自転車を停める。動物の象がまわりにあるベンチまで足早に向かった。孔輝はまだ来ていない様子だった。

 天気が良い。空気が美味しい。猫町も同じ天候だろうか。萩と牡丹の兄弟は澄んだ空気を嗅いで、仕事を始めているだろう。料理の下ごしらえ、風呂場の掃除。台所から裏庭へ出て水を汲む。薪割りもしなくちゃ。そして、客を迎えているのだろう。ときどき日向ぼっこをして、そのまま昼寝をしちゃうんだろう。


「なにをニヤニヤしているんだよ」

 突然、声が降ってきて、驚いていると頬に温かいものが当てられた。孔輝が、温かいココアを持ってきてくれたのだ。ありがたい。


「ほあーあったけー」

「ごめん。遅刻した」

「大丈夫。いま来たところだよ」


 孔輝は反対側の公園入口から入ってきたようだ。少し息を切らしている。隣に腰をおろして、呼吸を整えている。


「冬休みの課題、終わったか?」

「まだだよ。孔輝は?」

「明日、サブちゃんと追い込み」

「へぇ」


 いつもそつなくこなして成績も良いサブちゃんも、課題消化ペースは速くないみたい。もらったペットボトルのココアに口をつけると甘くて温かい液体が喉とお腹を温めてくれた。孔気はお茶を飲んでいる。吐きだした息がどこまでも白かった。


「美智にな。告白された」

「うおう」


 予想外のことを切り出されたので、変な声を出してしまう。


「え、美智? ああ、そう」

「なにお前、知っていたんじゃないの? あれだけべったり一緒にいるくせに」

「だからって、知っているとは限らないよ」


 孔輝は探るように目を細めてこっちを見た。いや、だって、こういうときは知らないふりするのがいいと思うんだけれど。


「嘘、つくなよ」

「ついてないよ。それで? どうするの」

「どうもなにも。告白されて、それだけ」

「つ、つき合うとか?」

「断った」


 残念なような、ほっとしたような。なんともいえない気持ちが胸に広がる。もしふたりがつき合うことになっていたら、わたしはどうしただろうか。


「知っていて、なんとも思わなかったのか」

「なんともって。だから知らないって」

「俺のこと、避けていたし様子もおかしかったし……まぁ、いいけど。もう、はぐらかすなよ。分かっているんだろ? 俺の気持ち」


 絞り出すようにそう言うと、


「孔輝こそ、わたしの気持ち分かっているでしょ?」

「気持ちっていうか、サブちゃんに告白されたことは、な。知っている」

「なっ」


 再びの予想外弾丸が打ち込まれた。ちょっと……防弾チョッキが破れそう。



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