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湯けむり猫のお宿はいつも雨降り  作者: 蒼山 螢
5章 きょうも雨降り
34/38

2

 ◇


「明日華。ご飯食べちゃいなさい。遅刻するわよ」


お母さんの声がする。今朝は緊張からか目覚まし時計より早く目覚めた。今日は、登校すると決めている日。早く起きていたのに、準備に時間をかけていたらあっという間に時間が過ぎてしまったのだ。ベッドの上でグズグズしていたのもいけなかった。

リビングに行くと、お父さんが新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。今朝は、わたしが大好きなチーズ入りオムレツ。それを見て急に空腹を感じる。


「学校、ひとりで行けるか」


お父さんが静かに聞いてくる。


「大丈夫だよ」

「そうか」

「心配かけて、ごめんなさい。大丈夫」


そう言うと、お父さんが変な顔をした。


「なによ」

「お前、ちょっと変わったな」


お父さんはそう言うと、わたしの頭をグイグイと撫でて、席を立った。ああもう、髪が乱れるじゃないか。変わったな。褒められたのかな。なんていうか、たくさん色んなことがあったから、変わらないと嘘だと思う。


「お母さん、送っていこうか?」


お母さんまで、なんだかソワソワして様子でエプロンを外す。


「大丈夫だって、お母さんまで。安心してよ。美智もサブちゃんも、孔輝もいるもの」

「そう……そうね。お友達、いるもんね」


お父さんもお母さんも、心配性だなぁ。山で行方不明になるという、盛大に心配をかけたくせにどの口がと言われそうだけれども。

大丈夫。少しドキドキするけれど。

朝食を食べ終わり、鏡の前でまた制服と髪型を整える。うん。大丈夫。鞄を持つと、携帯が振動した。孔輝だった。


『おはよ。学校来るんだろ』


答えを送ると、すぐに返事が来た。


『俺も。じゃあ、学校で』


これでまた、少しほっとした気持ちになった。美智もサブちゃんも、昨日連絡をくれたし。みんなに繋がる携帯をお守りみたいにして、制服のポケットに入れ、靴を履いた。


「行って来ます」


張り詰めた気持ちで登校すると、クラスメイトは努めていつも通りにしてくれているようで、それがとても伝わってきた。優しくて、ほんの少し気持ち悪い。気持ち悪いのは、やはりちょっと居心地が悪いからだ。騒動はまだ記憶に新しいから、仕方がない。ひとの噂も75日と分かっていても。


 美智とサブちゃんもいつも通り。それが唯一の救いに感じる。本当に、彼らがいなかったらわたしは塩をかけられたナメクジのようにしぼんでいなくなっていたと思う。


 孔輝も、いつも通りだった。あまり周辺のことを気にしていないように感じる。

クラスメイトと笑い合う孔輝のことを盗み見ながら、頬が熱くなるのを感じて、自分の太股を殴ってみた。


 うわのそらで聞いていた授業が終わり、終業のベルが鳴る。放課後へ飛び出す生徒たちに混ざって、サブちゃんと孔輝が教室を出ようとしている。それを追いかけた。


「サブちゃん」


 呼び止める声に振り向く、サブちゃんと孔輝。


「あの、あたしサブちゃんに話があるんだけど、いいかな」

「あ、じゃあ、ちょっと残ってく?」

「ああ。孔輝、ちょっと待っててくれない?」

「すぐ終わるから」

「いいよ、ゆっくり話してきて。俺、ここにいるから」


 そう言って、持ってきたのか、誰かに借りたのか、鞄から漫画本を取りだした。なにも詮索しない孔輝は、わたしとサブちゃんに手を振って、自分の席に戻った。


「屋上でティータイムなんかどう?」


 サブちゃんは振り向くなり、そう言ってにっこり笑った。まわりからはふたりの会話を伺おうとしているのか、女子が何人か視線を送ってくる。


「うん。人気がないほうがいい」

「そうだよね」


 教室から出て「こっちから行こう」と促される。


 途中、他クラスの友達と挨拶を交わすサブちゃんの3歩後ろを追いかけた。職員室の前を通って、いちばん端にある階段をのぼった。


「こっち側から出ると、あまりひとが来ないんだよね」


「そうなんだね。屋上にはあまり来ないから、分からなかった」


「よくここに呼び出されるから、どうしてだろうって思って、何度かひとりで来てみたんだよ。なるほど職員室の前を通って特殊教室のあいだを通るから、生徒があまり来ない」


「よく、呼び出される?」


 ああ、愚問だなと、言ってから後悔する。呼び出すのは女子で、要件は告白。ここはよく使われる場所なのだろう。

 そういう話に疎いわたしは、おそらく女子のあいだでは言われている話題もよく知らない。


「明日華の話ってなに?」


 告白の場所に関心があるわけじゃないし、その用事じゃない。孔輝を待たせているから、あまり長話はできない。


「あー、うん。その、サブちゃんが、あの……」

「俺?」

「ありがたい、気持ちの、ことなんだけど」

「なぁに?」


 耳に手を当てて、ニヤニヤしている。なんの話か分かっているくせに、サブちゃんはわざとそうしている。はっきり言わなきゃ。ふんわりしていても誰も喜ばないしむしろ傷つけるだけだ。


「わたし、好きなひとが、いる」

「うん。知っていたよ」


 そう、彼はわたしの気持ちを知っている。それなのに、好きだと言ってくれている。

 傾いてきた太陽が、学校屋上を撫でるように照らしている。オレンジ色に染まったコンクリートに、ふたりの影が張り付いていた。


「だ、だから。サブちゃんとはつき合えない。つき合えません」

「なんで2回言うの。傷付くんだけど」

「あっ……ごめん!!」


 スカートを握りしめる手に汗が滲む。


「まぁ、いいかぁ」

「分かってたことだしね。ただ、万が一ってあるじゃん。気が変わるかもしれないし、明日華とあいつが修正不可能な喧嘩をするかもしれない。あいつが明日華にすごく最低なことをするかもしれないし」


 サブちゃんは、あえて「あいつ」と呼んでいるようだ。



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