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わたしよりも背が低く、小学生の低学年ほどの体格だった。12歳で亡くなったはずだけれど、精神年齢が繁栄されるとしたら。
「飼い主の影響なら、孔輝の精神年齢も低いってことだよね」
「お前なに冷静に言ってんだよ!」
「……あんたはなによ。どうして居るの」
ネネはわたしに顔を向けて、きゅっと細めた目で睨んできた。数秒視線が合って、逸らされた。そしてまた孔輝を抱く手に力を入れた。
「孔輝ぃ~」
美智の顔をしたネネは孔輝に抱き着いて顔を擦り付けている。猫がそうするように。猫だと分かっていても、なんだかこう、すごく……イライラする。
「ネネ、お前、どうしてそんな姿に」
「孔輝のそばにいた女の子の姿を借りたよ」
そばにいたという言葉が引っ掛かった。とっさに思ってしまったことは、それならばなぜわたしではないのだ、だ。
「孔輝、この顔の子が好きなんでしょう?」
「は?!」
なぜ、わたしではないのだ。そんな自分勝手な感情が大きくなるのを食いしばって抑える。それどころではないのだ。
「ちょっと、ネネ。離れろ、冷たい」
「なんで。いやだもん」
「い、いててて。爪を立てるなって!」
「あっごめんね。悪気はないの」
孔輝の背中に回されたネネの手は、猫のそれだった。手足のみまたは首から下を人間化させているタイプのようだ。
「……ネネ。ごめん俺、混乱してる。まず、お前は死んだはずだろ?」
ネネの肩を掴んで、孔輝は優しく聞いた。
「……寂しかった。幸せだったから、孔輝と離れたくなかったから」
雨に濡れた木々が風で揺れている。その音が益々不安を運んでくる。
「気配をずっと追いかけて、そして、呼んでいたの」
わたしたちをここへ呼んだ犯人は、やはりネネだった。
「孔輝のそばに戻りたいと思っていて、ずっと泣いていたの。撫でて貰いたい。おしゃべりしたい。孔輝の膝で寝たい。辛いよ、悲しいよって」
見ていてこちらまで胸が苦しくなるほど、悲痛な訴えだった。
「そうしたらね、目の前が真っ暗になって……目が覚めたらここにいたの。たくさん猫がいるところなのね」
「ここにいたら、寂しくないんじゃないのか?」
「街は自由に歩けるし、たくさんの猫がいて賑やかで、でも孔輝がいない。孔輝の家族もいない。だから、だめだよ。寂しいよ」
ネネの白い毛から水が滴っている。
「ねぇ、ここに一緒にいよう。ずっと、ずっと」
「ネネ……!」
その時、物音と声がした。
「孔輝くーん、明日華ちゃーん」
「牡丹さんだ……あっ、わたしビール追加頼まれてたんだ」
孔輝とふたりで宿のほうを振り返る。戻らないといけない。
「教えないと。ネネが見つかったって」
「そうだな。あれ……ネネは?」
ここにいたはずのワンピースの女の子が消えている。
「あれっ」
「ネネ!」
あたりを見回すわたしたちのところへ、牡丹さんが駆け寄ってきた。
「ここにいたのか……どうした! ずぶ濡れじゃないか」
傘をさして出てきて、わたしたちを入れてくれた。目に心配の色が浮かぶ。
「ネネが、ここへ来ました。いたんだけど……」
暗闇にひそんでいるのか、遠くへ行ってしまったのか。目を凝らしても闇の中は人間の目では見渡せない。
「会えたのか。それはよかったじゃないか」
「よかったような、よくないような」
「風邪をひくぞ。とりあえず、中へ戻ろう」
わたしも孔輝もびしょ濡れで、体が冷えてしまっていた。宿に戻りながら、もう一度振り返った。悲しく強い思いを伝えてきたネネの姿は、やはりどこにも見当たらなかった。




