表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
湯けむり猫のお宿はいつも雨降り  作者: 蒼山 螢
3章 午後のかつおぶし
25/38

9

 わたしよりも背が低く、小学生の低学年ほどの体格だった。12歳で亡くなったはずだけれど、精神年齢が繁栄されるとしたら。


「飼い主の影響なら、孔輝の精神年齢も低いってことだよね」

「お前なに冷静に言ってんだよ!」

「……あんたはなによ。どうして居るの」


 ネネはわたしに顔を向けて、きゅっと細めた目で睨んできた。数秒視線が合って、逸らされた。そしてまた孔輝を抱く手に力を入れた。


「孔輝ぃ~」

 美智の顔をしたネネは孔輝に抱き着いて顔を擦り付けている。猫がそうするように。猫だと分かっていても、なんだかこう、すごく……イライラする。


「ネネ、お前、どうしてそんな姿に」

「孔輝のそばにいた女の子の姿を借りたよ」


 そばにいたという言葉が引っ掛かった。とっさに思ってしまったことは、それならばなぜわたしではないのだ、だ。

「孔輝、この顔の子が好きなんでしょう?」

「は?!」


 なぜ、わたしではないのだ。そんな自分勝手な感情が大きくなるのを食いしばって抑える。それどころではないのだ。


「ちょっと、ネネ。離れろ、冷たい」

「なんで。いやだもん」

「い、いててて。爪を立てるなって!」

「あっごめんね。悪気はないの」


 孔輝の背中に回されたネネの手は、猫のそれだった。手足のみまたは首から下を人間化させているタイプのようだ。


「……ネネ。ごめん俺、混乱してる。まず、お前は死んだはずだろ?」

 ネネの肩を掴んで、孔輝は優しく聞いた。

「……寂しかった。幸せだったから、孔輝と離れたくなかったから」

 雨に濡れた木々が風で揺れている。その音が益々不安を運んでくる。

「気配をずっと追いかけて、そして、呼んでいたの」


 わたしたちをここへ呼んだ犯人は、やはりネネだった。


「孔輝のそばに戻りたいと思っていて、ずっと泣いていたの。撫でて貰いたい。おしゃべりしたい。孔輝の膝で寝たい。辛いよ、悲しいよって」


 見ていてこちらまで胸が苦しくなるほど、悲痛な訴えだった。


「そうしたらね、目の前が真っ暗になって……目が覚めたらここにいたの。たくさん猫がいるところなのね」

「ここにいたら、寂しくないんじゃないのか?」

「街は自由に歩けるし、たくさんの猫がいて賑やかで、でも孔輝がいない。孔輝の家族もいない。だから、だめだよ。寂しいよ」


 ネネの白い毛から水が滴っている。


「ねぇ、ここに一緒にいよう。ずっと、ずっと」

「ネネ……!」


 その時、物音と声がした。


「孔輝くーん、明日華ちゃーん」

「牡丹さんだ……あっ、わたしビール追加頼まれてたんだ」


 孔輝とふたりで宿のほうを振り返る。戻らないといけない。


「教えないと。ネネが見つかったって」

「そうだな。あれ……ネネは?」


 ここにいたはずのワンピースの女の子が消えている。


「あれっ」

「ネネ!」


 あたりを見回すわたしたちのところへ、牡丹さんが駆け寄ってきた。

「ここにいたのか……どうした! ずぶ濡れじゃないか」


 傘をさして出てきて、わたしたちを入れてくれた。目に心配の色が浮かぶ。

「ネネが、ここへ来ました。いたんだけど……」


 暗闇にひそんでいるのか、遠くへ行ってしまったのか。目を凝らしても闇の中は人間の目では見渡せない。


「会えたのか。それはよかったじゃないか」

「よかったような、よくないような」

「風邪をひくぞ。とりあえず、中へ戻ろう」


 わたしも孔輝もびしょ濡れで、体が冷えてしまっていた。宿に戻りながら、もう一度振り返った。悲しく強い思いを伝えてきたネネの姿は、やはりどこにも見当たらなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ