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湯けむり猫のお宿はいつも雨降り  作者: 蒼山 螢
3章 午後のかつおぶし
22/38

6

 ふたりは、というか一方的に会長がぺちゃくちゃと喋っているわけなんだが、萩さんと家の中に入っていく。わたしと孔輝もあとに続いた。


「会長、ご相談がありまして」

「ちょっと座っていてね。コーヒー持ってくるから。あなたたちも待っててね」


 突然来た人間に不信感も抱かずお茶を出してくれるなんて、驚きだ。白いワンピースにコーヒーのシミを作らないといいなと心配してしまう。

 こういう女性、外国の映画で見たことがある。服装センスをもっとなんとかすれば優雅に見えるのに。露出が多いと思う。飼い主があんな感じだったのだろうか。


「血統証付きの長毛種ってところだな。毛がフサフサで良いご飯を貰っている感じの」

「やっぱりそう思う?」

「メインクーンとかノルウェージャンフォレストキャットとか」


 わたしにはその名前の猫がどんな容姿なのかいまいち分からないけれど、孔輝が言うのならそうなのだろう。たしかに外国のフサフサの長毛猫っぽい。そんなことを思っていると、コーヒーのふくよかな香りがしてきて、トレーにカップを乗せてポピー会長が戻ってきた。


「猫がコーヒーを淹れてくれた……」

「スタニャのドリップ。ミルクもあるわよ」

「おかまいなく。着換えの最中に申し訳ありません」

「なに寂しいこと言うのよ。萩ったらすぐそうやって他人行儀なんだから……ゆっくりしていってよ」


ゴロニャンと聞こえてきそうだった。

 このやり取りは一体。猫だと思っていても16歳には刺激が強すぎる気がするし、ポピー会長の格好は目のやり場に困る。萩さんが淡々としているのはもう慣れているからだろう。


 会長は、白いカップを3人の前に並べ、砂糖とミルクも置いてくれた。

「会長に、お土産があります」


 萩さんは表情を変えずに孔輝から紙袋を受け取り、会長へ差し出した。


「まぁ嬉またたび大福ね。あとは……醤油漬け! これ大好物なのよ」

「そう喜んでいただけると、嬉しいです」

「ありがとう。だから萩って大好きよ。これでまた食べ過ぎちゃうわ」


 ホクホクとした表情で舌をチロリと出したポピー会長の表情はとても可愛らしかった。大好きよとさらりと言ってのけたことに、ドキリとした。


「で? 相談ってなによ」


 ポピー会長はカップのコーヒーを舐めながら、雑談はここまでといった風に話題を変えた。


「最近、町で変わったことはありませんか?」

「そうね。すぐ答えられることとしては、目の前に人間の子供がふたりいること。小耳に挟んではいたけれど」

「さすが会長」

「こ、子供」

「わたしたちから見れば、子供だわ」


 長生きをしているから、たしかにそうかもしれない。かすかに湯気が上がるカップのコーヒーを口に含んだらとても苦く感じた。そっと、砂糖とミルクを取り、カップに入れてかき混ぜる。


「この町に人間が迷い込むことは時々あるからあまり気にしてはいないんだけれど。ちょっと様子が違うみたい」


 会長の話に、萩さんが頷いた。


「相談とは、彼らのことなんです」


 ポピー会長は細い指でカップを口に運び、優雅にひとくち飲むと、わたしと孔輝を交互に見た。


「どうやら、あなたたちは呼ばれて来たみたいね」

「わ、分かるんですか」

「呼んだ主も、この町にいる」

「本当ですか!」


 ぼやけていた焦点がすっと近付いたような気がした。


「少し前から町の空気がね、変わったものね。萩、あなたも気付いていたはず」

「なんとなくは。最初は髭の調子が悪いのかと思っていました。ポピー会長はさすが能力が高い」

「まぁ、勘だけど」

「かん……」

「会長は俺たちよりずっと年上だし能力も高い。プラス、勘だけで生きているようなところがありますからね」

「萩、それ褒めてる?」


 会長は頬を膨らませた。


「その、空気が変わったって、どういうことですか?」


 カップの持ち手に指をかけたまま、孔輝が聞いた。


「いつもの平和な雰囲気じゃないってことよ。猫は変化を嫌う。静かでいつも通りが好きなの。なにか良くないものが入ってきた……そんなところかしら」


 ポピー会長は、猫がそうするみたいに空間をじっと見つめた。数秒ののち、わたしたちに視線を戻す。


「ところであなたたち、体はなんともなさそうね」

「それ、宿泊客の雪男さんにも言われました」

「ここへ来るときに、俺が少し捻挫をしたくらい。それももうほとんど痛まない」


 孔輝が足をさすった。貼り薬と温泉で治ってきたことは本当に安心している。この程度で済んだことも。


「あなたたちをここへ呼んだのは、猫。元は猫というか。飼い猫がいた? 死んだんでしょう。だとしたらいくつ?」

「はい。俺のうちにいました……少し前に死にました。12歳だったかな」

「じゃあその子ね。はい決定」

「会長……」

「名前は?」

「ネネ」


 名前を聞いて「女かぁ」と口をへの字にした。尋問みたいに答えさせていく会長は、強引だとも思う。でも、頼るしかない。


「猫町に迷い込む人間は、神社の壁に落書きをしたとか、仏像を盗んだとか、あとはそうね、猫にいたずらをしたとか。それが引き金になってクソでクズみたいなのが来てしまうわけなんだけどね。そいつらは大体放置されるから、どうなったかなんて知ったこっちゃないんだけど。でも、あなたたちみたいに呼ばれるのは話が違う。人間をここへ呼び寄せるなんて、元来、住む世界が違うんだから良いことじゃないの。タブーよ。来るときの負担がその捻挫程度で済んだのは、呼んだ子に行ってるってことよ」


 一気にしゃべり過ぎたのか、ポピー会長は少し息を切らした。


「ゆっくり話していいですよ、会長」

「分かってるわよ。でも導き出されることをいま言わないと忘れてしまいそうなんだもの」


 なんてせっかちなんだ。


「負担が行ってる、とは?」


 会長が呼吸を整えるのを待ち、萩さんが質問した。


「さぁ……想像が付かない。ただ、不穏な空気はまだあるから、消滅はしていないわ」


 雪男さんが言っていたことと同じだ。


「悪い子になってしまったんだわね、その子」

「悪いって……」


 萩さんが引き継いで話してくれる。


「牡丹とも言っていたんだけれど、おそらく、逆らいたかった。死にたくなかった。猫は寿命を悟るものだけれど、受け入れられなかったのでしょう。孔輝くんが大好きだった。離れたくない。死ぬのは恨めしい。寂しい、孔輝くんに会いたい……それが募って膨らんで、悪い方に作用してしまったのだと思います。」

「そして、呼ばれた」

「そういうことです」


 ぽろりと言ったことに、萩さんが答えてくれた。

 呼ばれた。やっぱりそうなのか。ばらばらに聞かされていたことが、ここで話をしたことでまとまった。確信に変わりつつある。ネネが見つかれば。

寂しくて、呼んでしまった。タブーを犯してまで。会えると思って。


「あ」

「ど、うした」


 孔輝が驚いている。そうか、どうやらわたしが持っているピースがある。思い出した。


「あのさ、わたし耳鳴りがするって言っていたじゃない?」

「商店街で」

「そう。それもそうだし、ここに迷い込んだとき、あの林の奥に行ってしまったときよ。声が聞こえた。声だよ。そうだ。思い出した」

「……そんなこと、言っていたか?」

「会話を覚えてないのも無理はないと思う。わたしも忘れていたし、孔輝にはその声、聞こえていないようだったしね」


 そして、それはさっき商店街にいたときも聞こえたのだ。



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