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「またたび大福、忘れないようにしないとな」
「そうだねぇ。なんだっけ、喜久水にゃんだっけ」
そう言うと、孔輝がぷっと吹き出した。わたしもつられる。
「本屋の名前もな。ここの猫たちは本当に仙台ゆかりの猫ばかりなんだな」
「あとあれ、薬局も」
「そうだった」
紙袋に印刷された店名を思い出して、笑う。
「猫好きの俺としては、萌えて仕方がない」
孔輝はニヤニヤが止まらないらしい。気持ちは分かる。人間の真似をしている猫妖怪たちが可愛らしくて仕方がない。真似とはいえ、このようにひとつの商店街として成り立ち、それは形成された町の中に存在している。本気でやれば真似も本物になるんだな。自然と笑顔になりながら、道路を闊歩する様々な姿形の猫たちを見ていた。
『コ……キ』
「え?」
なにかが鼓膜を振るわせた。なんだろう。それとも、空耳?
「どうした?」
孔輝が心配そうにわたしを見ている。
「空耳か、耳鳴りかな……なんかちょっと変だった」
「風呂で潜ったりして、耳にお湯が入ったんじゃね?」
「……潜ってないよ」
小指を耳の穴に入れてほじってみた。耳なのか体の調子が悪いのか。こんなところであまり体調を崩したりしたくなかった。体調が悪い自覚症状は無かったけれど。
「……なんだろう、この感じ」
自分しか分からないかもしれない不思議な感じ。ここが不思議な場所なのだからその感覚は間違っていないけれど。あまり……気にしないようにしよう。眉間にしわを寄せていると、萩さんが魚正から戻ってきた。
「おふたり、お待たせ。和菓子屋さんに寄ってから会長のところへ行きましょうか」
萩さんの先導で道を進んでいくと、赤い看板の『ダルニャ薬局』があり、その向かいに『喜久水にゃん』があった。
緑色の薄汚れたノボリには「和菓子」「お茶」と書かれてあって、風にふわりと揺れている。
「和菓子屋さんの猫だったのかなぁ」
萩さんがガラス戸を開けると、取り付けられている鈴がチリリと鳴った。
「いらっしゃいませ~」
店員なのかここの家に住んでいるのか分からないけれど、和服に割烹着姿の年輩女性が優しそうな笑顔で立っている。彼女も猫の妖怪だ。だって、髭が生えている。そこ隠そうよ。どうして出ちゃったの。
「またたび大福を10個。5個ずつ、ふたつに分けて包装してください」
「ハイ。かしこまりました」
萩さんは淡々と注文し、木製のショーケースの中身をじっと見ている。
「牡丹と会長の分。せっかくだから自分たちのおやつになにか買いましょう」
ごちそうしてくれるというので、萩さんに甘えることにした。
羊羹、最中、どらやきといった和菓子が並んでいる。店名は似ていても抹茶クリーム大福などは置いていないようだった。またたび大福が人気なんだろうな。猫だから。
「あ、いちご大福がある」
「俺は、煎餅がいいかな」
「煎茶とほうじ茶も少し買って行きましょう」
結果、追加で茶葉、いちご大福と煎餅、かりんとうを購入した。店員にお礼を言い、店から出た。買ったものは手土産と一緒に孔輝が持ってくれている。
イートインコーナーのようなところがあったので、本当は店内でゆっくりお茶でも飲みながら食べたいところだけれど、先を急ぐので帰ってからのお楽しみにしよう。
「牡丹はたまに焼き菓子を作るんだけれど、茶葉を入れたクッキーが美味しいんだよ」
「また意外な特技だなぁ」
「牡丹さん、お菓子作りなんかしそうにないもんね。どっちかっていうと萩さんかな」
「はは。お菓子作りはあまりしませんねぇ」
こっちですよと萩さんがわたしたちを手招きした。
「魚屋のほうに戻ります。会長の家は商店街の先なので」
「和菓子屋の隣にパン屋もあったぞ」
「パン屋の隣が花屋、その隣が喫茶店スターニャックス」
なんかもう可愛いなぁ。
「スタニャか……」
「喫茶店にはコーヒー豆と紅茶が売っているよ。そして喫茶店の隣が本屋ブックスにゃにわ。買った本を喫茶店で読んだら優雅な休日だね」
「そうですね。萩さんは読書が似合いそう」
とはいえ、旅館が忙しいから喫茶店でゆっくりなんてこともできないんだろうな。
「前の飼い主は読書好きだったから、俺もよく読んだよ。料理本が多かったけれど」
「飼い主さん、もしかして料理好きだったんですね」
「好きというか仕事だった。料理人です。だから俺たちに出すご飯もとても美味しかったですよ」
「だからふたりとも料理がうまいんだ」
「猫たちが読書して勉強しているんだから、孔輝も漫画ばっかりじゃなく活字読んだほうがいいよ」
「失礼だな……」
先ほどの魚正まで戻ってきた。魚正の隣が酒屋、そして八百屋と続く。商店街が途切れたあたりで、道の反対側に青々とした垣根があった。平屋の古民家といった佇まいの一軒家。
「ここが、会長の家だよ」
怖いひと、いや怖い猫妖怪だったらどうしよう。オキクさんが、会長は人間嫌いではないはずだと言っていたけれど、会ってみて豹変したらどうしよう。少しだけ足が震えた。
「ごめんください」
萩さんが声をかけた。
「ちょっとまってぇ~!」
奥から聞こえてきた声に、思わず孔輝と顔を見合わせてしまった。女性のものだったから。
「会長は、女性です」
びっくりしましたか、と萩さんはニヤリと笑った。町内会長ということなら、おじさん若しくはおじいさんを想像していた。それか、おばあさん。オキクさんくらい年輩の。想像と違っている。だって、声を聞いた限りでは若い女性。
「新しいワンピースが届いたからお着替えしていたの。いいわよ、入ってちょうだい」
「おじゃまします。ああ、ポピー会長は大体いつもこんな感じだからあまり気にしないように」
「え、あ、ハイ」
彼女の名前はポピーというらしい。靴を脱ぎ、床に足を乗せるときしりと音がした。建物の感じが白銀館にちょっと似ている。首をぐるりと回して見ていると、トットッと足音が聞こえ、声の主が顔を出した。
「お待たせ~いらっしゃい。萩くん今日もいい男ね」
後光が差している眩しい美人。第一印象はそれだった。人間の姿で現れた彼女は、アンバーの大きな瞳、それと同じ色のフサフサした長い髪。肌が白く、鼻先と唇が見事にピンク色で、とても可愛らしい。すらりとした足と、おっぱいの半分以上の面積を真っ白なワンピースから出していた。
「会長、またそんな格好をして。風邪をひきますよ。」
「いいじゃないの。入って、入って。新しいワンピースなんだけど、どう? でね、ご機嫌だったからちょうどコーヒー煎れるところだったの。あら、なにそっちの小さいの。ああ、また人間が迷い込んで来たんだったわね」




