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湯けむり猫のお宿はいつも雨降り  作者: 蒼山 螢
1章 きょうは雨降り
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1

『父さんと空き地に遊びに行ったら、小さい鳴き声が聞こえてね。探したら、草むらに段ボールがあったんだ』


 幼なじみは頬を赤くして、元気に告げてきた。


『猫を拾ったんだ。子猫で、めちゃくちゃ可愛いんだ。見においでよ!』


幼なじみの家に来た真っ白な子猫。まだちゃんと歩けなくて、ミャーミャーと一生懸命に声をあげていた。潤んだ目と、ピンク色の口、舌。ふかふかの毛。


『可愛いねぇ。名前は?』

『ネネ』

『可愛いねぇ』


 子猫を撫で、とても嬉しそうに笑う孔輝を見て、わたしも嬉しくて笑っていた。


 笑っていたのに。


 軽々しく彼の家に行けなくなってしまったのは、いつからだろう。気にしなければいいのに、してしまう。

 幼なじみに生まれなければよかったのに。そうすればこんな思いをしなくて済むのに。 

 全部、変われないわたしのせい。


 ◇


『……わたし、孔輝くんのことが好きなんだよね』


『俺、明日華のことが好きなんだけど』



 ぼんやりしているとよく言われるわたしは、現在このふたつの発言に頭を悩ませている。

 ぼんやりしていても、瞬発力はあるほうだ。けれど、それは好きなことや好奇心に対して発動するもので、いまは全く役に立たない。悲しい。


 ところで、頭を悩ませているふたつの発言というのは、1番目が、中学時代からの友達である美智の発言。2番目が、高校から仲良くなったサブちゃんこと三朗の発言。


「明日華って常にぼんやりしてるよな」


 暮れゆく空を塞ぐ顔。孔輝の茶色い瞳がわたしを見ていた。日に焼けた顔は、サブちゃんの整った甘いルックスとは大違い。


「……うるっさい」


 放課後、お腹が空いたという孔輝につき合って、屋上でおやつを食べていたのだ。1個全部はいらないと半分にされたメロンパンを渡され、かじっていた。

 夏の暑さなんて忘れたような屋上のコンクリートは、黙ってわたしたちの様子をうかがっているようだった。時々、冷たい風が吹く。そのうち、ここに来るにはコートが必要になってくるのだろう。


 孔輝とわたしは小学校からの幼なじみ。そこへ中学から美智が加わった。女の子らしい雰囲気で溶け込むのがうまい美智は、孔輝も苦手意識を持つことなく受け入れた。わたしはそれが嬉しかった。

 そして孔輝とわたし、美智で同じ高校へ進学し、そこで孔輝が仲良くなったのがサブちゃん。全員同じクラスということもあり、いつからか4人一緒にいることが多くなった。


「連休の話だよ。ちゃんと聞いてろって。午前中から八木山動物公園に行って、そんでな、青葉山に移動してずんだシェイクを飲む。お前も飲めばいい」

「……お前っていうな。孔輝はずんだシェイクがメインなんでしょ」

「ライオンを見たいのはサブちゃんだ」

「美智は熊が見たいってよ」

「俺はトラとライオンとかがいい。キリンもいいな。ずんだシェイクを飲みながら政宗像と城下を眺めたい」


 城なんて無いだろ。会話がかみ合わない。わたしは誘導尋問が下手だ。


 動物園に行こうと盛り上がったのは孔輝とサブちゃん。それなら青葉山にのぼり青葉城址を散策、ずんだシェイクを飲みたいということになったらしい。それにわたしが担ぎ出され、だったら美智も一緒にという話になったのだ。


 美智が頬を赤らめて打ち明けてくれたことは、半分驚き、もう半分は「ああやっぱり」という思いだった。


『……わたし、孔輝くんのことが好きなんだよね』

『そ、そうなんだ』


 どう反応をしていいのか分からなかった。なんとなく気付いてはいた。孔輝を見る美智のまなざしが、その他大勢の同級生へ向けるそれと少し違っていることに。

 原因不明の喉のつかえを覚えながら、そんな美智を羨ましいと思った。恋する女の子ってこんなに輝いて見えるのか。クラスの女子でも何組の誰それがいいとか言ってるけれど、それとまた違う。一番そばにいて見ているから。大好きな親友だから、感じるのだ。


『明日華、孔輝くんと仲がいいから……でも、内緒だよ』


 沈黙の向こうに、わたしが孔輝を好きなのではないかという気持ちも読みとってしまった。


『ただの幼なじみだってば。向こうはたぶんわたしのこと男友達だと思ってるし』

『そっか』


 先手を打つとか、探りを入れたとか、美智にそんな気持ちはたぶん無い。素直に思ったことを口に出したまでだ。

 この喉のつかえはなんだ。病気だろうか。お母さんに相談してみようか。


 色白の頬をピンクに染めて、わたしに胸の内を教えてくれたのだ。そんな美智の告白を聞いたあとだもの、動物園へのお出かけに誘わないわけにはいかない。

 お人形みたいな美智。肩で切りそろえた艶のある髪がフワフワ揺れていた。がさつで、面倒だから年がら年中ポニーテールのわたしとは大違い。

 動物園行きの話をしたら、美智はとても嬉しそうにしていた。


「だからお前、聞いてるのかって」

「あ、ごめん」


 美智の可愛い顔を思い出していたのに、孔輝の暑苦しい顔が遮る。


「サブちゃんが、待ち合わせは駅でいいかって。合流してから地下鉄に乗り換え」

「ああ、うん。いいんじゃない」


 メロンパンはまだふたくちほど残っている。でも、なんだかもう食べたくない。


「待ち合わせのことは美智にも伝えておいて」

「孔輝が話してよ」


 うっかりそんなことを言ってしまい、後悔した。案の定、孔輝は首を傾げた。


「……なんで? 喧嘩でもしたのお前ら」

「ううん。なんでもない……」


 わたしは残りのメロンパンをぎゅっと潰して口に放り込んだ。空気を抜いてしまえば、かさが減ると思ったから。でも、口内の水分を全部持って行かれてしまった。小さくむせる。


「飲むか?」

「う、うん。げほげほ」

「慌てて食うからだよ。ほれ」


 孔輝が紙パックのいちご牛乳をくれた。自分が飲んでいたやつ。美智の顔がちらついて、ちょっと飲むのをためらったけれど、ここで命を落とすわけにはいかない。


「……ありがと」

「でさぁ、動物園から移動して……」


 孔輝はなにも知らないんだろうな。美智の気持ちも、わたしがサブちゃんから告白をされたことも。そして、わたしの気持ちも。



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