七 これで行くぜ!
ラジオから流れる軽やかなクリスマスソングが、トミーの勝利宣言に聞こえた。こんな動揺を抱え込んでいて、今日のライブが成功するだろうか。みんなの気持ちをステージに向けさせるにはどうすればいい?
「沙樹さんのことを発表するときに、トミーさんの挑戦状もお客さんに話せればなあ」
武彦のつぶやきに、メンバーの視線が集中した。そのことに武彦はたじろぐ。ルックスのよさと口数の少なさでファンはクールな姿を想像しているが、実際は口べたでコミュニケーションを取るのが苦手だ。音楽だけでなく芝居の世界まで足を踏み入れている人物が、人に注目されるのが苦手だといっても、誰も信じないだろう。
「あ、あの……ごめん。おれ変なこと言ったみたいで……」
長身の武彦が、ひとまわり小さくなるようにうつむいた。
「いや、変じゃない。思い切った行動を取るのもいいな」
「弘樹に一票。ぼくも一か八かやってみるのに賛成」
直貴は勢いよく手を挙げた。
「ふたりとも無茶言うなよ。そんなことして何になるんだ? ファンが喜ぶか?」
「喜ぶかどうかは別として、話題性はばっちりだぜ。西田さんのことを発表するって決めた時点で、女性ファンが減るのは計算の上だろ。時間ギリギリまでステージをこなして、いよいよとなったら事情を話す。そしてワタルは途中で抜け出す。これでどうだ」
哲哉がひとりひとりの顔を見ると、それぞれが力強く頷く。ワタルを除いて。
「お客さんはどうするんだ。ステージに立ったら親の死に目にもあえないような世界だろ。一体全体何を考えてるんだ?」
メンバーの気持ちはうれしいが、無謀なことはできない。沙樹のことを発表するだけでもかなりの調整が必要だった。リーダーが感情に流されてはいけない。それが自分のことならなおさら冷静な判断をしなくてはならない。
「西田さんがいなくなるかもしれないんだぜ」
「沙樹が選んだ道なら、おれが口出しできることじゃない……」
決めるのは沙樹で、自分ではないことくらい解っている。
「スタートはただの嫉妬だよね。そんな自分を素直に認められなくて、あんなこと言うからいけないんだよ。沙樹ちゃんかわいそうに」
直貴に指摘されなくても、自分の愚かさは身にしみている。
「この話はこれで終わりだ。それにこんな状況だ。沙樹のことを発表するのもやめておくよ」
「何言ってんだ? これ以上西田さんに無理をさせるつもりなのか?」
「とにかく事態が変わったんだ。発表は別の機会にする」
哲哉はもっと文句をつけたそうだが、ワタルは背を向けて無視した。
メンバーに不満が残っているのは解っていた。だがこれ以上議論を重ねても得るものはない。一番悔しい思いをしているのはワタル自身なのだ。
「どうせ話すんなら、行くか行かないか、ファンに決めてもらうっていうのは……やっぱり無理か……」
武彦がまたぽつりと言った。
「なんだって?」
哲哉が叫び声を上げると、みんなの視線が武彦に集中する。
「あの……ただの思いつきだから……ごめん」
武彦はまたうつむいた。哲哉が大きく頭を振る。
「謝らなくていいぜ、武彦。それだ。そうしよう、いや、そうするっ」
「哲哉、その話は終わったって言っ……」
「だ、め、だ。終わってなんかねえよ」
哲哉の目は完全に据わっている。自分で「一歩間違えたら極道の哲アニキになってたかもしれない」というくらい迫力がある。ワタルは一瞬怯んでしまい、哲哉につけ入る隙を与えてしまった。
「今決めた。ワタルがどんなに抵抗しても、武彦の案で行くぜ」
「哲哉がどう言おうと、沙樹のことは一切しゃべらないからな」
「甘いなワタル。おれを誰だと思ってる? ボーカルだぜ。マイク持っているから、いつだって自由にしゃべれるんだぜ」
「自由にって、いったい何を考えて……」
「武彦と哲哉に一票。ぼくもファンに決めてもらったらいいと思う。てか、多分みんな温かく送り出してくれるって」
直貴がうれしそうに片手を挙げる。ワタルは、立場を明確にしていない弘樹を振り返った。
「すまない。おれも哲哉の側に立つよ」
弘樹は軽く頭を下げ、哲哉の隣に立った。
こうと決めたら最後まで突っ走るメンバーだ。だからこそ、ここまで昇ることができた。だが今回は、一歩間違うと大きな傷を残すことになる。
「アンコールの途中でおれが合図する。そしたら直貴、BGMつけてくれよ。曲は……そうだな、クリスマスらしいスタンダードナンバーで頼む」
「まかせといて。胸がきゅんきゅんするような演奏してみせるよ」
「西田さんとの馴初めとかはおれが上手いこと話すよ。ワタルには任せられねえ。悪あがきして話さず終いにしちまうからな。弘樹と武彦はタイミングを見計らって、ワタルの両側に立ってくれ。逃亡防止だ」
哲哉が中心になって、告白タイムの計画を立て始めた。ここまで結託されてしまっては、止めることもできない。
「そうだ。ワタルが抜けたあとは、ギター頼むぜ」
哲哉は、黙って様子を見守っていたハヤトの肩を叩いた。
「ぼくが、ですか?」
「ああ。あいつよりかっこよく弾いて、この機会に顔と名前を売っておけよ」
哲哉のエールに答えるように、ハヤトは元気よく、ハイッと返事をした。
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