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二 沙樹とDJトミー

 トミーは最近人気の出てきたDJだ。ラジオのパーソナリティーはもちろん、クラブでDJを週に数回こなし、ラップ系ミュージシャンとライブも行う。音楽業界では名の知れた実力派だ。

 ワタルはトミーの番組に何度もゲストで呼ばれたことがあり、知らない仲ではない。彼の、本場アメリカで培ってきた音楽的センスは、ワタルたちがなかなか真似できるものではなかった。その地に住み、その場の空気に囲まれて育ったからこそ身につくものがある。ずっと日本で暮らしてきたワタルたちには無理なことだ。そういった意味でもワタルは、トミーをアーティストとして尊敬している。

 だがそれと沙樹の件とはまったく別だ。

 トミーと沙樹が出会ったのは今年の春だ。沙樹の勤めるFMシーサイド・ステーションで、トミーが週に一度番組を担当することになったのがきっかけだった。アメリカ生まれの帰国子女でネイティブなみの英語力を持つトミーと、英文学科卒業の沙樹は、語学の話題で気があった。そして「多くの人に音楽を届けたい。ミュージシャンの紡ぎ出す夢を届ける手伝いがしたい」という沙樹の目標がトミーと同じだったことで、ふたりは急接近するようになった。

「友也がね、週に一回番組のあとに英語を教えてくれることになったの」

 英検一級合格を目指している沙樹にとって、トミーはいい先生なのだろう。忙しくて週に一度も会えないワタルは、内心面白くない。

 だが沙樹の行動を制限する権利がワタルにはない。やめてくれという言葉は自分が嫉妬にかられているようで、どうしても口にできなかった。

 そうこうしているうちに沙樹が合格したものだから、ふたりの距離はますます縮まっていた。

 ワタルの穏やかでない気持ちを知らずに、沙樹はしょっちゅうトミーの話題を口にする。聞かされた番組中のエピソードは数知れず。ふたりきりで会える貴重な時間にも関わらず、いつもトミーが一緒にいるような気がして落ち着かない。「ただの友達だよ」と沙樹は、恋愛感情はないと断言している。

 だが相手も同じとは限らない。

 トミーの番組でゲストに呼ばれたときのことだ。出番を待っている間、ワタルは沙樹とトミーの様子を何気なく見ていた。仕事をするふたりは阿吽の呼吸で、第三者が入る隙がなかった。オープニング直後には、トミーが顔を上げたとたん、タイミングよく音楽を入れる。目で合図しただけで解るのか、沙樹は的確にDJブースのトミーに、音楽の解説やリクエストカードを手渡している。番組中に出てきた疑問点は、指示される前に調査し、すぐに結果を出していた。

 以心伝心と呼べるようなコンビだった。

 自分と沙樹が同じ仕事を手掛けたとしても、そこまでできる自信はない。

 しかしそれはあくまで仕事でのことだ。それだけなら息の合う仕事相手として自分を納得させられただろう。渋々ながらも目を瞑ることができる。

 だがあろうことか、沙樹を見るトミーの瞳にワタルは情熱を読み取った。曲の合間、打ち合わせの最中、ほんのわずかな時間があれば、トミーは沙樹を見つめている。少し洞察力のあるものが見たら気づいてもおかしくないくらいに、熱い視線を送り続けていた。隠すことなく気持ちを出せるのがうらやましく、そして不安だった。あの視線でずっと見つめられたら、沙樹の気持ちがトミーに傾いてもおかしくない。そんな予感がワタルの胸をかすめた。

 バンドリーダーは常に自分を冷静に保ち、一時の感情に流されるようではいけない。そのために日頃から落ち着いていようと心がけているのだが、沙樹が絡むとときとして崩れてしまう。冷静になれないなら、沙樹と顔をあわせる仕事は避けたい。

 そう願っていても、ミュージシャンとFMラジオの社員では、完全に切り離すことが難しい。それだからなおさら、線引きをしておきたかった。

「社内恋愛やバンド内恋愛でないのが、せめてもの救いだな」

 バスルームを出たワタルは、ベッドに横たわった。まぶたの裏に、沙樹とトミーのデートシーンが浮かんでは消える。今夜はなかなか眠れそうにない。

 距離が恨めしかった。夢でもいいから会いたい。抱きしめて、柔らかい肌の温もりを感じたかった。


  ☆  ☆  ☆



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