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僕が異世界常駐でゲームのデバッグをさせられた件  作者: s_stein
第一章 異世界にもVRゲームがあった
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異世界ゲートの予感

 一時間後。

 山本さんと向かった先は、ゲームソフトを開発している、とある会社。

 彼から横文字の会社名を聞いて、移動中にスマートフォンで調べてみた。

 ここで顧客に対する悪口は言いたくないが、このプアなホームページ、なんですかこれ。


 業務内容は、ゲーム関係の単語の羅列。

 従業員数は非公開。取引先も非公開。

 正直、すごく怪しいし、もしかしたらダミー会社かも、とまで思ったほどだ。

 代表者の名前は外国人。会社名も横文字だし、外資系なのか?

 結局、事前に知りたい情報がほとんど仕入れられなかった。


 僕の会社がここの何を孫請けで受注しているのかはわからないが、デバッグを行うということは、少なくても試験工程を受注しているのだろう。


 よくわからないのは無理もない。

 僕たちは上から言われたとおりに作業をするだけなので、こちらの会社の契約のことまではわからないのだ。


 孫請け、曾孫(ひまご)請け、玄孫(やしゃご)請けすらわからない。

 時には、顧客が誰かもわからないことまである。

 今回、そういう意味では、間近に顧客の顔を見ることができる希少(レア)な機会だ。


 地下鉄を乗り継いで、ひやっとするホームから階段を駆け上がり、むっとする地上へと飛び出す。

 夏本番が近い。ぎらぎらする太陽はもうすぐだ。

 こういうときの外回りはなるべく避けたいので、もし超能力を一つ与えてくれるなら、瞬間移動を所望したい。


 人通りの多い路地をしばらく歩き、壁が薄汚れているビルの左を曲がる。

 すると、人が全くいない、車も走っていない寂しい裏通りが視界に飛び込んできた。


 それだけではない。


 耳がキーンとする。

 さらに手足がしびれて、首筋も背筋もゾッとする。

 今、鳥肌まで立ってきた。この暑さなのに。


 どうしたのだろう。

 行きたくない病?


 いや、この感覚、そんなのじゃない。何かおかしい。


 雑踏の多い都会の真ん中で、人通りが全くない裏通りに遭遇すると、たまに『このまま歩いて行くと異世界のゲートが開いて迷い込んでしまう。だから誰もいないのかも』なんて思ってしまう。

 形容しがたい不安が心の中から湧き上がってきて、足が止まることさえある。


 もちろん、決まってこれは、ただの杞憂に終わるのだが。

 足を踏み入れても、ピンピンして帰ってくる。

 たまたま人が歩いていないだけで、異世界がそこにあるなんて夢物語なのだ。


 でも、今は違う。


 耳や手足、首筋や背筋にまで異変が起きるのは初めてだ。

 僕の第六感が警戒を呼びかけている。

 ネコがシャーっと叫んで牙をむき、全身の毛をそばだてるような感じ。


 なぜ?


 もしかして、今度こそ本物の異世界へのゲート?


「おい、何している?」

 山本さんの声に僕はビクッとして我に返った。

 彼は、後ろで足音がしないので振り返ると、曲がり角で立ちすくむ僕がいることに気づいたのだろう。


 すでに10メートルは離されている。

「あ、すみません」

 僕は足早に歩きながら彼との距離を詰めた。


 山本さんは眉をひそめる。

「何かボーッとしていたみたいだが」

「すみません」

 ここで、今自分の身に起きているおかしな現象を説明した方がいいのだろうか。

 でも、背中をバンバン叩かれて笑われるだけだよな。『元気出せ』って。


「もしかして、ここ、昔来たことがある?」

「いえ、ちょっと考え事を」

「ゲームか」

「いいえ、そこまで不謹慎ではありません」


 彼はホッとしたようだ。

「心配事があれば遠慮なく言えよ」

「は、はい」


 先ほどの曲がり角から100メートルくらい先に、裏通りの行き止まりがあるのだが、そこでドアをこちらに向けているペンシルビルが、僕を見ているような気がする。


 建物がである。


 まさか。


 でも、ビルの方から視線を感じる。ビル全体の視線が。


 耳鳴りは治まるどころか、スピーカーのボリュームを上げたかのように音が大きくなった。


 僕は震えながら歩みを進めるが、足がおぼつかない。

 途中、人はおろか、ネコもカラスも一切の生き物に遭遇しなかった。もしかしたら、アリすらも歩いていなかったのかも。

 全ての生き物が死に絶えた場所。異世界に吸い込まれた結果か。


 山本さんは「ここだ」とペンシルビルのドアを指さす。

 僕は、彼が後ろを向いているときだけ耳をふさいでいた。


 ついに来てしまった。


 僕の心の中で「引き返せ」と声がする。

 しかし、社会人の責任感がそれをかろうじて封じ込め、僕は彼の後ろにコバンザメのようにくっつきながらドアの中へ入った。

 僕だけ横から(さら)われるような気がしたからだ。


 怖い怖い……。


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