表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕が異世界常駐でゲームのデバッグをさせられた件  作者: s_stein
第一章 異世界にもVRゲームがあった
5/34

顧客のご指名だがどうする?

「さて、ちょっと頼まれてほしいことがあってだな」


 山本さんが、急にまじめな顔になって話しかけてくる。

 このモードになると、冗談は通じない。

「はあ」

「なんと、君がご指名されたのだが」


 また来たか……。


 彼のこの言葉は、僕にとってのうれしいご指名ではなく、裏がある。

「はいはい。『君しかいない、頼む』って奴ですね、火消し役として。どこの部署で火を噴いているのですか?」

 彼は、ちょっと投げやりな僕を無視して、うれしそうに笑う。

「いや、そうじゃなくて。お得意先から紹介された顧客が、ちょいと人を探していて、是非とも君に、と」


 是非とも、か……。

 急に目の前が明るくなった。


 僕はいろいろな顧客の仕事をしてきたのだが、どこから実績を買われたのだろうか。

 こんなことを顧客から言われると、もちろんうれしいし、少し鼻が高くなる。

 周りから、僕は『褒められるとすぐ調子に乗るタイプ』と言われるが、『褒められると伸びるタイプ』に訂正してほしい。


「へー、是非とも僕をって、うれしいですね。どの顧客ですか?」

「先月納品したところ」

「ああ、あそこ!」

「の」

「の?」

「紹介してくれた新しい顧客」

「へ? 新しい顧客?」

 だったら、僕を知っているはずがない。

 やっぱり、裏がある。


「なんで、新しい顧客が僕をご指名するのですか?」

「そりゃ、君の技術力を買ってくれたからさ」

 なんかおかしい。言い方を変えているだけのような気がする。


「もしかして、単に僕を売り込んだだけじゃないですか?」

「そうだよ。そしたら、是非とも君にって」

「やっぱり。……なんだぁ、喜んで損した」


 僕の実績を実際に目で見てくれて『是非とも君に』ならよいのだが、履歴書で3年ぽっちの経歴を見て『是非とも君に』では、少し重みが違う。

 先ほどの彼のうれしそうな笑い顔は、言葉の綾に騙される僕を笑っていたのだろう。

 なんとも悔しい。


「で、何をやるのですか?」

「ちゃんと動くか、試してほしいプログラムがあって」

「プログラム? Javaですか? それともC++? まさかCとか?」


「プログラムってか、バーチャルリアリティー(VR)のゲームソフト」

「ゲームソフト? 言語は何ですか?」

「知らん」


「えっ!? それで、なんで僕ができることになっているのですか?」

「いや、言語なんか知らなくていいんだ」

「……ということは、プログラムを解析しないでデバッグ?」

「そう」


「いやいや、それは無理ですよ。ソースを追っかけないでデバッグはできません。まさか、ブラックボックステスト?」

「そんなんではなくて……。いったん、今やっている仕事のことから離れてくれるかな? 頭の中がそうだと、今まで言っていたような話になってしまうから」

「はい」


 山本さんは軽く咳払いをして話を切り出す。

「普通にゲームソフトのデバッグ」

「普通がわからないんですけど。……もしかして、デバッグって言ってますが、動作確認のみですか?」

「そう」


 それから彼は、急に僕の耳元へ口を近づけて、周りに聞こえないように小声でささやく。

「今回、新しいVR用の装置を使って高度な疑似体験ができるらしい」

「へー」

 まだ耳元がくすぐったくて困っている僕だが、守秘の関係だろうから、小声で返した。


 山本さんの声は通常モードに戻った。

「ゲームソフトのデバッグって初めてだよね?」

「初めてって……、いつも仕事を持ってくるのは山本さんの方ですから、ご存じではないのですか?」

「知っている」

「あのですねぇ……」


 彼はまた嬉しそうに笑うが、同じ手には食わない。また騙されそうな雰囲気だから。

「ゲーム好きだよね?」

「ええ、まあ」

「『めっちゃ』好きだよね!?」

「はあ」

 めっちゃを強調するとは、いよいよ怪しい。


 すると、山本さんは左手で僕の右肩をポンと叩き、右手の親指を立ててウインクをする。

「じゃ、適任。決まりだな、台場(だいば)トオルくん」

「まだ何も言っていませんよ」

「でも決定事項」

「うっ……、いきなり決定された」

「君に拒否権はない」

「ひどっ」


 彼は、今度は両手で僕の両肩をポンと叩く。

「この職場でゲームができるのは君だけだ」

「山本さんだってできるじゃないですか?」

「いや。君の方がベテランだ」

「とかなんとかおっしゃってー、最初から僕はデバッグ要員にアサインされていたのですよね」

「そゆこと」

 やっぱりである。


 山本さんは腕組みをして、何か他に聞きたいことない?と目で問いかける。

 当然、僕にはまだ質問がある。

「ということは、すでにうちの会社と委任契約済みですか?」

「今日付けで契約手続き中」

「そんな話、うちの会社から聞いていませんが」

「メールしておいたんだがなぁ、君のボスに」


「いつですか?」

「今日」

「今朝とか?」

「昼前」

「ズルッ……。一時間前じゃないですか」


「一応、正規の手順は踏んでいる」

「メール1本で?」

「そうだ」


「でも僕は知りません」

「そっちの会社内の連絡遅延までは知らん」

「うちのボス、メール投げても本の積ん読状態です。言ってやってください」

「そっちのボスの教育はそっちでやってくれ」

「僕から言っても、言うことを聞いてくれません」

「それは世の上下関係の常」


「じゃあ、今やっているデバッグは後回しでいいですか?」

「駄目」

「うげげ……」

「嘘。後回しでいいよ」

 助かった。

 ん? 後回しって……結局やるんかい!


 ひどい話である。

 えっ? デバッグを後回しにすることがかって?

 そっちもそうだが、ゲームが好きだからといって、いきなりゲームソフトのデバッグ要員をやれなんてこと。

 実は、初体験なのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ